「あれ?」
庭園の景色を堪能していた彼女が、何かに気付いた。
……やっと気付いたか。
何も知らずに首をかしげている姿を見ながら、笑みが浮かぶ。
「何かあった?」
「え? あの……ここにドアが……」
荷物を下ろしてからポケットの中身をテーブルに出し、どっかりと座椅子に腰かける。
……お楽しみ、ってね。
せっかく、あれこれと工夫がされてるプランなんだから、何も知らない彼女にはそれなりに驚いてもらおう。
相変わらず、彼女の反応が好きな俺は高みの見物モードへ突入。
「っ……!」
ドアが開いた音がした――……途端。
彼女は、ノブを握ったままで立ち尽くした。
本日2度目。
きっと、これほど驚くようなことは、この先あまりないんじゃないだろうか。
「すごい……っ」
ドアの先にあった、もの。
それは――……。
「お風呂……!?」
そう。
見紛うことなき、石造りの露天風呂だった。
もちろん、源泉かけ流し。
お陰で、ドアが開いた瞬間ここまで水の音が響いてくる。
「すごい! 祐恭さん、お風呂がありますよ!?」
「すごいだろ」
「えっ、えっ……!? 知ってたんですか?」
「当然。なんせ、俺が予約したんだからね」
座り込んだままのんびりとくつろいでいたら、ぱたぱたと彼女が嬉しそうな顔で戻ってきた。
……そうそう。それだよ、それ。
そんな顔が、見たかったんだ。
今にも勢いあまって泣き出しそうな彼女を見ることができて、なんだかもういろいろ一気に満たされた気分だ。
岩風呂のような造りで、角度や立地的にも外からは見えない仕様。
部屋の中にも風呂はあるのだが、せっかくの温泉地に来て、しかも露天風呂が備え付けてあるのに……それを無碍にする理由はないよな。
「あとで入ろうね」
「もちろんっ!」
……ほぅ。
今日は珍しく、何も否定しないじゃないか。
俺が『入ろう』と誘うときは、大抵『一緒に』を前提で言っているのだが。
……わかってるのかな。
感嘆を漏らしながら風呂を見に行った彼女へ視線を向けるものの……やっぱり、わかってないかもしれない。
ま、問答無用で入れるけど。
彼女にバレないよう笑みを浮かべてから、意思表示のためにもこっそりうなずいておく。
「……さて。どうする? これから」
「んー……。そうですね」
ようやく戻って来た彼女を見ると、対面に腰かけながら、早速茶菓子に手を伸ばした。
ホントに甘い物が好きだな。
「ん?」
「あの……ですね」
「うん」
食べるんだとばかり思っていた温泉饅頭を手に取ったかと思うと、ふいに視線を上げて口を開いた。
「お土産、買いに行きませんか?」
「土産?」
「うん。ほら、今度……ご実家に、行きますし」
「あー……。そうだね」
別に、買って行く場所もないといえばないんだが……すっかり忘れてた。
そういえば、今度のお盆に彼女を連れて行く約束をしたんだったな。
てっきり……というより、すっかり記憶から抜け落ちていたので、彼女に言われてようやく思い出す。
「……別に、気を遣わなくていいのに」
「そうもいかないですよっ! だって……初めて、だもん」
少しだけ不安そうに。
だけど、少し……楽しみにしているように。
そんな彼女を見ていたら、なんだか胸を鷲掴みにでもされた気分になった。
「わかった。それじゃ、駅前歩こうか」
「はいっ」
嬉しそうに笑みを見せた彼女を促して部屋を出ると、やはり、先ほどと変わらぬ静かな廊下が待っていた。
……デカい宿だけに、結構ザワついてるんじゃないかと思っていたんだが、これならば安心かもな。
案外癒されて帰れそうだ。
エレベーターに乗り込んでフロントから外へ出ると、先ほどよりかはひんやりとした空気をまず感じた。
「……結構涼しいですね」
「だね」
日も落ち、暗くなっている、道。
だが、さすがに栄えているだけあって、人通りもあるし、何よりも外灯が多くあった。
宿のすぐ前にある、あじさい橋。
ここは、駅前の道からもばっちり見えていて、ある意味の名物になっているかもしれない。
しかしながら、これまでは一度もこの駅前散策はしたことはなかった。
……まぁ、男だけでツルんで歩いても、大して面白くないから当然だけど。
「にぎやかですね」
「まぁ、1番栄えてるって言っても、過言じゃないだろうしね」
行き違う人も多くおり、それぞれが手に袋を持っていた。
やっぱり、観光といえば土産通りなのか。
何か面白い物が見つかるのを期待して彼女の手を取ると、嬉しそうな笑みをくれた。
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