Blinker time
2019.04.25
小話というより、もはや、職権乱用シリーズと言ったほうが適当な気がしてきた(笑)
命名者は、Dさま。
ありがたす……そして、勝手に拝借、失礼ー!
しかしまー、彼は思い通りにならないなぁ。
女の子からってのをシリーズの定番にしたかったんだけど、まとまりませんでした。
失敬!
「お前さー、もうちょっと髪伸びる前に来れないの?」
「来れないから、今日来たんだろ?」
「ったく。いくら俺の腕があるったって、男が伸びると全体的にもさっとすんだから、もーちょっと早く来いよ」
さらに続けてぶつくさ言っていたが、スルーで終了。
そもそも、一昨日電話したときは何も言ってなかったじゃないか。
しょうがないだろ? 俺だって忙しい。
ーーのもあるが、どちらかというと、面倒くさいのが正しい。
ちょくちょく美容院に来ることがでも、こうして自宅から実家方面まで車を走らせるのでもなく、単に、さほど興味がないゆえ。
俺が髪を切ろうと伸ばそうと、気にしてくれるやつなんて皆無。
というか、男が髪型を変えたところで、誰も反応しないだろう。
まあさすがに、月曜出勤したら同僚がゴリゴリのバリカンライン入れてたら言及するだろうけどな。
あとは、いっそスキンヘッドとか。
高校時代は、体育祭の色が決まった翌日その色に髪を染めた連中がぞろぞろいたが、さすがにやったことはない。
そういえば、当時からツルんでるヤツもそういうのはしなかったな。
馬鹿騒ぎが好きで、そっち系の連中としょっちゅういろんなことをしでかしてきたのに、乗らないときは乗らない。
根本的に、そういうところが真面目なんだと、そういえば知り合いも言ってたっけか。
……真面目なんて言葉、アイツからは相当縁遠いと思うけど。
「今日はお天気よくて、絶好のドライブ日和ですね」
鏡ごしに声をかけてきたのは、すっかり顔なじみになったスタッフの子。
車が好きということを知ってくれているので、目の前に置かれるのはほぼ車関係の雑誌。
……ああ、そういえばこの子がスタッフになったころから、ときどき雑誌読むようにはなったな。
置かれたうちの1冊に、先日発表された往年スポーツカーの後継機のコンセプトカーが写っており、つい手が伸びた。
「あー、確かにそうだね。ここに来るまでも空いてたし、海沿いは気持ちよかったよ」
「わぁ、いいなぁー! 晴れた日の海沿いドライブなんて、すてきですね」
「じゃあ今度乗ってみる?」
「っ……え」
だからつい、からかいたくなるんだけど。
普段の雑談でも思っていたけど、ころころ表情を変えるところが見ていて楽しい。
目を丸くしたのがわかり、だからこそ何も言わず見つめてみる。
困ってるのはわかるんだけど、どちらかというと『なんて答えればいいんだろう』みたいな顔。
肩より少し下の髪が揺れ、サイドが頰にかかる。
そういう顔すると、俺みたいなのがーー。
「はい終了ー。お前何しにきたの? うちは出会い系じゃないからダメです」
「ただの世間話だろ? そんな、保護者みたいな顔しなくても」
「保護者だし。うちのスタッフだし。お前にはまだ早いし!」
「なんだそれ」
彼は普段、もっとも空いている時間帯を指定してくる。
それがこの、日曜の12時。
もちろん週によって混み具合は違うらしいが、自分が普段くるのは大抵この時間帯。
前回来たときも、客はもちろんスタッフの姿も少なかったが、今日はさらにそうだな。
観葉植物で隔たれている窓際の列には、俺ともうひとりしか座っていない。
「コイツ、すぐこーやって声かけるから。ダメだよ? ついてっちゃ」
「あはは」
「失礼だぞ。誰かれ構わず声かけてるわけじゃない」
「もーいーからお前は黙っとけ!」
苦笑しながら彼女が下がり、かわいげの一切ない彼がハサミを手にする。
いつも思うが、カットに迷いがないのはすごいなと思う反面、ひょっとしていい加減にカットしてるんじゃないかという思いもある。
まあ別にいいんだけど。
短くなって、しばらく持つならそれがベスト。
時間もものすごく早いし、楽でいい。
「で? 今日も短くなりゃいいんだろ?」
「切り始めてから聞くなよ」
「それもそーか」
シャキシャキと響く音を止めずに言われ、思わず小さく噴き出した。
「お湯、熱くないですか?」
「大丈夫」
時計を見ていなかったが、15分かかったか、かかってないかじゃないか。ひょっとして。
そんな、ものすごく早いカットを終えた彼は、時間より少し早く来たらしい次の客へと移っていった。
席を移り、シャンプー台へ。
そういえば、いつのころからか髪を洗ってくれるのは彼女が担当になっていた。
別に指名したわけでもなければ、彼が告げたわけでもない。
……いや、そういえば途中から彼が言ったんだっけか。
『そいつ練習台と思って洗ってみな』って。
「かゆいところはないですか?」
「うん。それも平気」
シャンプー台で、大抵聞かれるセオリーの言葉。
別に気になる場所もなければ温度も問題ないから、通り一遍の返事しかしないが、実際、違う言葉を言う人間はどれくらいいるのか。
パーセンテージで表したら、そこそこ面白い統計が取れるんじゃないか。
などと、余計なことは思いつくが、もちろん口にはしない。
そんなこと言ったが最後、『じゃあうちの息子の自由研究にするから手伝え』と言われそうだしな。
「ドライブはよく行きます?」
「え? いや、どうかな。どっちかっていうと、休みは家でダラダラしてるほうが多いよ」
「そうなんですか? てっきり、お出かけされることが多いんだと思ってました」
「あんまり、自分から好んで外出するほうじゃないかな。誰かに誘われて、仕方なく出かけることのほうがあるかも」
目元には薄いガーゼがかけられているため、自然と目を閉じたままの会話。
それでも、彼女の声のトーンから表情が想像できる。
「ただ、車が好きなヤツが周りに多いから、遠出ってなると本当に遠くまで行くこともあるね。先月は、新潟まで行ったよ」
「え! 新潟ですか?」
「うん。といっても、群馬との県境程度だから、3時間かからないかな」
関越はいつも混む。
それでも、早朝だったのと普通の土曜日だったためか、交通量は『いつも』よりかは少なかったんだろう。
赤城SAに売ってる菓子がどうしても食べたいと言い出したヤツが、買ってすぐ食したのには呆れた。
そういや、食べる前にしっかり写真撮ってSNSに上げてたな。
そういうところは、マメだと思う。
「この時期、何か有名なんですか?」
「さあ……これといって目的があったわけじゃないからね。結局その日も、帰りは途中まで山道ルートだったし」
単純に、車を運転するのが楽しい。
好きな曲をかけて、好き勝手に乗るのがいい。
ああ、そういう意味では趣味がドライブと言って間違いないのかもしれない。
「乗れてたら、きっと楽しいだろうなぁって……」
「ん?」
きゅ、とシャワーの音がやんだせいか、ぽつりとした台詞が耳に届く
普段とは違う、尻切れの言葉。
「っあ……!」
思わずガーゼを外すと、予想以上の近さで彼女が目を丸くした。
「車に?」
「ぅ……あの……えっとですね」
「うん」
タオルを両手で握りながら、彼女が視線を逸らす。
そういう表情だったのか。
ほんのりと頰が染まって見えるのは、気のせいかはたまた俺の心持ちか。
「……えっと……ドライブ、行ってみたいなぁって」
「どこに?」
「え!? そうですね……うーん……目的のない、ドライブメインはだめですか?」
ああやっぱり、表情がころころ変わるのは見てて楽しい。
懸命にあれこれ考えてるのがわかるから、好感が持てる。
悪くない対応だと思うけど、でも残念。
できることなら、逆じゃなくてたとえ鏡ごしでも正面から見たかった。
「ひょっとして、誘ってくれてる?」
「う……すみません、車も持ってないのに」
「なるほど。じゃあ、俺の車で行こうか」
「え! ホントにですか?」
「冗談だった?」
「えぇ!? そんなこっ……! そ、んなことないです」
きゅう、と両手でタオルを握った彼女が、慌てたように首を振った。
さらりと髪が流れ、つい視線が引っ張られる。
そのうち言ってみるかと思ってたのに、まさかそっちから言ってくれるとはね。
思わぬ計算違い。
だが、だからこそお陰でいろいろなものが省かれた。
「じゃあ、席に戻ったらまず連絡先教えて」
ある意味、セオリー通りのセリフを口にすると、笑った彼女は『こちらこそお願いします』と丁寧な返事をくれた。
命名者は、Dさま。
ありがたす……そして、勝手に拝借、失礼ー!
しかしまー、彼は思い通りにならないなぁ。
女の子からってのをシリーズの定番にしたかったんだけど、まとまりませんでした。
失敬!
「お前さー、もうちょっと髪伸びる前に来れないの?」
「来れないから、今日来たんだろ?」
「ったく。いくら俺の腕があるったって、男が伸びると全体的にもさっとすんだから、もーちょっと早く来いよ」
さらに続けてぶつくさ言っていたが、スルーで終了。
そもそも、一昨日電話したときは何も言ってなかったじゃないか。
しょうがないだろ? 俺だって忙しい。
ーーのもあるが、どちらかというと、面倒くさいのが正しい。
ちょくちょく美容院に来ることがでも、こうして自宅から実家方面まで車を走らせるのでもなく、単に、さほど興味がないゆえ。
俺が髪を切ろうと伸ばそうと、気にしてくれるやつなんて皆無。
というか、男が髪型を変えたところで、誰も反応しないだろう。
まあさすがに、月曜出勤したら同僚がゴリゴリのバリカンライン入れてたら言及するだろうけどな。
あとは、いっそスキンヘッドとか。
高校時代は、体育祭の色が決まった翌日その色に髪を染めた連中がぞろぞろいたが、さすがにやったことはない。
そういえば、当時からツルんでるヤツもそういうのはしなかったな。
馬鹿騒ぎが好きで、そっち系の連中としょっちゅういろんなことをしでかしてきたのに、乗らないときは乗らない。
根本的に、そういうところが真面目なんだと、そういえば知り合いも言ってたっけか。
……真面目なんて言葉、アイツからは相当縁遠いと思うけど。
「今日はお天気よくて、絶好のドライブ日和ですね」
鏡ごしに声をかけてきたのは、すっかり顔なじみになったスタッフの子。
車が好きということを知ってくれているので、目の前に置かれるのはほぼ車関係の雑誌。
……ああ、そういえばこの子がスタッフになったころから、ときどき雑誌読むようにはなったな。
置かれたうちの1冊に、先日発表された往年スポーツカーの後継機のコンセプトカーが写っており、つい手が伸びた。
「あー、確かにそうだね。ここに来るまでも空いてたし、海沿いは気持ちよかったよ」
「わぁ、いいなぁー! 晴れた日の海沿いドライブなんて、すてきですね」
「じゃあ今度乗ってみる?」
「っ……え」
だからつい、からかいたくなるんだけど。
普段の雑談でも思っていたけど、ころころ表情を変えるところが見ていて楽しい。
目を丸くしたのがわかり、だからこそ何も言わず見つめてみる。
困ってるのはわかるんだけど、どちらかというと『なんて答えればいいんだろう』みたいな顔。
肩より少し下の髪が揺れ、サイドが頰にかかる。
そういう顔すると、俺みたいなのがーー。
「はい終了ー。お前何しにきたの? うちは出会い系じゃないからダメです」
「ただの世間話だろ? そんな、保護者みたいな顔しなくても」
「保護者だし。うちのスタッフだし。お前にはまだ早いし!」
「なんだそれ」
彼は普段、もっとも空いている時間帯を指定してくる。
それがこの、日曜の12時。
もちろん週によって混み具合は違うらしいが、自分が普段くるのは大抵この時間帯。
前回来たときも、客はもちろんスタッフの姿も少なかったが、今日はさらにそうだな。
観葉植物で隔たれている窓際の列には、俺ともうひとりしか座っていない。
「コイツ、すぐこーやって声かけるから。ダメだよ? ついてっちゃ」
「あはは」
「失礼だぞ。誰かれ構わず声かけてるわけじゃない」
「もーいーからお前は黙っとけ!」
苦笑しながら彼女が下がり、かわいげの一切ない彼がハサミを手にする。
いつも思うが、カットに迷いがないのはすごいなと思う反面、ひょっとしていい加減にカットしてるんじゃないかという思いもある。
まあ別にいいんだけど。
短くなって、しばらく持つならそれがベスト。
時間もものすごく早いし、楽でいい。
「で? 今日も短くなりゃいいんだろ?」
「切り始めてから聞くなよ」
「それもそーか」
シャキシャキと響く音を止めずに言われ、思わず小さく噴き出した。
「お湯、熱くないですか?」
「大丈夫」
時計を見ていなかったが、15分かかったか、かかってないかじゃないか。ひょっとして。
そんな、ものすごく早いカットを終えた彼は、時間より少し早く来たらしい次の客へと移っていった。
席を移り、シャンプー台へ。
そういえば、いつのころからか髪を洗ってくれるのは彼女が担当になっていた。
別に指名したわけでもなければ、彼が告げたわけでもない。
……いや、そういえば途中から彼が言ったんだっけか。
『そいつ練習台と思って洗ってみな』って。
「かゆいところはないですか?」
「うん。それも平気」
シャンプー台で、大抵聞かれるセオリーの言葉。
別に気になる場所もなければ温度も問題ないから、通り一遍の返事しかしないが、実際、違う言葉を言う人間はどれくらいいるのか。
パーセンテージで表したら、そこそこ面白い統計が取れるんじゃないか。
などと、余計なことは思いつくが、もちろん口にはしない。
そんなこと言ったが最後、『じゃあうちの息子の自由研究にするから手伝え』と言われそうだしな。
「ドライブはよく行きます?」
「え? いや、どうかな。どっちかっていうと、休みは家でダラダラしてるほうが多いよ」
「そうなんですか? てっきり、お出かけされることが多いんだと思ってました」
「あんまり、自分から好んで外出するほうじゃないかな。誰かに誘われて、仕方なく出かけることのほうがあるかも」
目元には薄いガーゼがかけられているため、自然と目を閉じたままの会話。
それでも、彼女の声のトーンから表情が想像できる。
「ただ、車が好きなヤツが周りに多いから、遠出ってなると本当に遠くまで行くこともあるね。先月は、新潟まで行ったよ」
「え! 新潟ですか?」
「うん。といっても、群馬との県境程度だから、3時間かからないかな」
関越はいつも混む。
それでも、早朝だったのと普通の土曜日だったためか、交通量は『いつも』よりかは少なかったんだろう。
赤城SAに売ってる菓子がどうしても食べたいと言い出したヤツが、買ってすぐ食したのには呆れた。
そういや、食べる前にしっかり写真撮ってSNSに上げてたな。
そういうところは、マメだと思う。
「この時期、何か有名なんですか?」
「さあ……これといって目的があったわけじゃないからね。結局その日も、帰りは途中まで山道ルートだったし」
単純に、車を運転するのが楽しい。
好きな曲をかけて、好き勝手に乗るのがいい。
ああ、そういう意味では趣味がドライブと言って間違いないのかもしれない。
「乗れてたら、きっと楽しいだろうなぁって……」
「ん?」
きゅ、とシャワーの音がやんだせいか、ぽつりとした台詞が耳に届く
普段とは違う、尻切れの言葉。
「っあ……!」
思わずガーゼを外すと、予想以上の近さで彼女が目を丸くした。
「車に?」
「ぅ……あの……えっとですね」
「うん」
タオルを両手で握りながら、彼女が視線を逸らす。
そういう表情だったのか。
ほんのりと頰が染まって見えるのは、気のせいかはたまた俺の心持ちか。
「……えっと……ドライブ、行ってみたいなぁって」
「どこに?」
「え!? そうですね……うーん……目的のない、ドライブメインはだめですか?」
ああやっぱり、表情がころころ変わるのは見てて楽しい。
懸命にあれこれ考えてるのがわかるから、好感が持てる。
悪くない対応だと思うけど、でも残念。
できることなら、逆じゃなくてたとえ鏡ごしでも正面から見たかった。
「ひょっとして、誘ってくれてる?」
「う……すみません、車も持ってないのに」
「なるほど。じゃあ、俺の車で行こうか」
「え! ホントにですか?」
「冗談だった?」
「えぇ!? そんなこっ……! そ、んなことないです」
きゅう、と両手でタオルを握った彼女が、慌てたように首を振った。
さらりと髪が流れ、つい視線が引っ張られる。
そのうち言ってみるかと思ってたのに、まさかそっちから言ってくれるとはね。
思わぬ計算違い。
だが、だからこそお陰でいろいろなものが省かれた。
「じゃあ、席に戻ったらまず連絡先教えて」
ある意味、セオリー通りのセリフを口にすると、笑った彼女は『こちらこそお願いします』と丁寧な返事をくれた。