お家でエンジョイできること?
2020.04.07
そんなこんなで、小話ふたつめ。
今日がもしかしたらここ最近のラスト勤務になるかもですが、いってきまーす。
「外出自粛……」
何度もテレビに流れる文字を見ながら、思わず口にする。
カラオケもだめ、テーマパークもだめ、ダメじゃないけど外食も自粛、そしてそしてショッピングモールも同じく。
うぅ。お買い物行きたかった。
映画も見たかった。
カラオケだって約束してた。
高校のときの同級生みんなで、テーマパーク行くはずだったのに。
「はー……」
大々的に政府が出した“緊急事態宣言”なるもののおかげで、大学は当面休みになった。
家にいるようになって、すでに1ヶ月以上が経っている。
そして、またまた追加の休校宣言。
はーー……。
外へ出たいなぁ。
ていうか、大学が休みなのに遊びに行けない状態じゃ、何もすることがない。
……ってもちろん、勉強すればいいんだけど。
これでも一応は課題が出てるし、レポートもあるからやってはいる。
でも、ストレスはたまるんだもん。外行きたいなぁ。
ていうか——。
「……祐恭さんに会いたいなぁ」
リビングのソファへもたれながら、ぽつりと本音が漏れた。
一番会いたい人は、彼だ。
電話もしてるし、メッセージは毎日のようにやりとりしている。
でも、直接会えてない。
万が一があったら困るし、お仕事上大きな支障をきたすことになるからと、私のほうから少し離れます宣言をした。
だけど……だけど。
「はー……」
「羽織、紅茶でも飲む?」
「あ、欲しい」
「ちょっと待ってね」
リビングのテーブルへ伏していたら、葉月が声をかけてくれた。
ほどなくして、ベリーのような甘い香りがここまで漂ってくる。
あ、頬がゆるんだ。
いい匂いって、ほんと癒されるなぁ。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
マグカップを受け取り、さっそくひとくち。
香りはとっても甘いけれど、味はさっぱり。
うん、おいしい。
私がいれるのと違って全然渋くないから、やっぱりいれる人によって味が変わるんだなぁと素直に思う。
「おかえりなさい」
「ただいま」
テレビのチャンネルを変えたところで、玄関の鍵が空いた音がした。
振り返るまでもなく、葉月の声で相手が誰かわかる。
「明日から、弁当いらない」
「え? たーくんも、お仕事休みになったの?」
「ああ。しばらく休館にして、全職員自宅待機」
「そうなんだ」
「ただま、俺は過去のデータ整理買って出たから、場所が変わっただけでやること変わんねーけど」
バッグからお弁当の包みを取り出しながら、お兄ちゃんが葉月へ手渡した。
ということは、もしかしたら祐恭さんも休みになるのかなぁ。
それとも、研究職だからそれは別?
判断基準が私にはわからないけれど、でも……会えないことに変わりはないんだよね。
「はー……」
「羽織、今日はため息が多いね」
「……だって、どこにも出かけられないんだもん」
「いいじゃん。毎日家でごろごろしてんだろ?」
「もぅ。ごろごろしてないってば!」
お兄ちゃんってば、つくづく失礼だなぁ。
これでも、学生としてやるべきことはしてるのに。
……といっても、ソファでついうとうとしちゃうことはあるんだけど。
でも、課題はそこそこ手をつけてる。
「緊急事態宣言が出ると、何が変わるのかなぁ」
「単純に、自治体が政府判断ってことで後ろ盾になるかどうかの差だろ。結局、罰則云々じゃねーし、自粛要請から1ランク上がったみてーなもんだ。ちょっと強く言えるようになる、くらいの」
「そうなんだ。じゃあ、今までとそんなに変わらないってこと?」
「いや、変わりはするだろ。自粛要請だったのが、『政府が発表しましたよね』つってもう少し圧はかけられる」
「……買い物とかは?」
「不要不急ったって、日常生活すんなって言ってるわけじゃねーんだし、食料品の買い出しは平気だろ。ただ、問題なのは企業側がどうするかだよな。消費者と同じように、働く側だってそれぞれ家庭とか個人の状況は考慮されてしかるべきなんだし、となれば今までと同じようにはいかなくて勤務形態を変える必要あんだろ」
ニュースに出た赤い文字を見ながら、なんだか少し不安にもなる。
ていうか、あんなに大々的に『出ました!』みたいに発表されると、ちょっとどきっとするじゃない。
目立たせる必要はあるだろうし、大事なことだっていうのはわかるけど……なんだか、不安をあおられてる気分。
「うちの職場のパートさんは、小学生の子どもひとりで留守にできないつって、しばらく休んでる。だけど、当然時給で仕事してるからそのぶん収入面が不安だろ? で、そこ含めて館長が総務へかけあってたぜ。そういう配慮は、それぞれの立場やら企業、団体で変わってくるだろーけど、こういう”緊急事態“だからこそ、ぶっちゃけ質が問われるよな」
ニュースを見ながらのお兄ちゃんの言葉に、改めて事態を受け止めなきゃなぁとは思う。
でも、ずっとずっと我慢をしいられているわけで、大学生の私でもこんなにストレスを感じてるんだから、小さい子はもっと感じているだろうし、不安だろうなぁって思うと、なんだかすごく切ない気がした。
だって、大学からの通知でも『適度な運動を』なんて書かれてたけど、どこですればいいの?
出歩いていいの?
この間、公園で体操してたら怒られたって話もあったよ?
もう、何がなんだかわからないし、だからこそ不安になる。
どうなるんだろう。この先、何が起きるんだろう。
「あとはまあ、医薬品とか感染拡大防止に関して、土地とか建物を権限で押さえられるようになるとかはあるらしいぜ。こんだけマスク不足やらアルコール系不足やらだけど、だからっつって休めない業種があるだろ? それこそ矢面に立って、俺たちなんかよりよっぽど高ストレス強いられてる医療従事者を政府が率先して守ってやんなきゃ、それこそ致命的だ。知り合いの看護師なんて、家庭も大変だし現場も大変だしで泣いてたからな」
「……そっか」
そうなんだよね。
私たち一般人だけじゃなくて、現場で命と常に向き合っている人たちがいる。
おかげで回復していく人もいるし、危機的状況を脱することのできる患者さんもいる。
私たちだけじゃない……ううん、私たち以上に、大変な思いをしているんだ。
私たちと同じく、みんなみんな家庭があって背景がある、一個人なんだもん。
「でも、ずっと家にいたら、ストレスたまっちゃうよね」
「うん。なんか、いろいろし尽くした気分」
はー、と今日何度目かのため息をつき、テレビのチャンネルを変える。
ニュースも大事だけど、もう少し楽しい話題を吸収したい。
落ち着いたら行ける、近場のおいしいお店とか温泉とか。
そういえば今年は、お花見もちゃんとできてない。
「明日、おやつにクレープでも作る?」
「え! クレープって家で作れるの?」
「さっき買い物に出たとき、いちごと生クリームは買ってきたの。楽しい時間潰しにはなるよ?」
「わ、わ、それすごい嬉しい! え、作りたいー!」
ちょうどテレビに映ったのが、まさしくクレープ屋さんの行列だったこともあって、葉月の言葉にいちごの甘ずっぱい味が蘇る。
クレープ! おうちで作れるとか、すごい!
さっきまでと全然違って、元気になったし!
すごい!!
でも、あまりにも勢いよく身体を起こしたのが”あまりにも“な反応でか、お兄ちゃんが立ったまま吹き出した。
「お前はコイツのお袋か」
「でも、楽しい時間があったほうがいいでしょう?」
「そりゃそーかもしんねーけど」
「たーくんも作る?」
「いや、食うだけでいい」
「もぅ。食べるなら自分で作ればいいのに。葉月を頼りすぎじゃない?」
「どの口が言うんだよ。お前こそコイツを頼りすぎだっつの」
葉月を顎でさすのは、どうかと思うよ?
でも、葉月はくすくす笑うだけで、それ以上何も言わなかった。
ていうか、優しすぎると思う。そしてそして、甘やかしてる気がする。
お兄ちゃん、ただでさえ葉月にいろいろしてもらってるんだから、もう少し貢献すればいいのに。
あ、でも明日から家にいるのか。
じゃあ、葉月のご飯作ったり洗濯したりすればいいのにね。
葉月の前でそれを言ったら『いいのよ』なんて遠慮するにきまってるから、あとで直接お兄ちゃんへ言っておこうっと。
「お母さんたちはどうするのかな?」
「んー、もしかしたらみんなでお昼食べることになるかもね」
「そうなったら、ここ最近初めてくらいじゃない?」
「そうね。みんな、いつも少しずつ時間ずれてるから」
「……それって、ちょっとだけ年末年始みたいで特別感あるね」
「単純だな、お前。緊急事態だ、つってんだろ」
「でも、起きちゃったんだもん、だったらせめて楽しめる方向にもっていきたいでしょ?」
そう。
お兄ちゃんは鼻で笑うけれど、起きてしまったことは戻らない
だったらせめて、”今“できることをするしかないんだもん。
「ねえ、自分の家の庭なら出てもいいよね?」
「そこまで規制されたら、国家としてアウトじゃねーか?」
「じゃあさ、クレープできたら外でお茶にしない? お茶会みたいに!」
「だったらいっそ、庭でテントでも張ればいいんじゃね? 今はやりのソロキャンだな」
「もぅ。お兄ちゃんはひとこと余計!」
ていうか、絶対今馬鹿にしたでしょ。ひどいなぁもぅ。
でも、お庭キャンプはある意味楽しそうだなとは思った。
……もしかして、私って思った以上に単純なのかも。
「たーくん、椅子とテーブル持ってたでしょう? あとで貸してくれる?」
「いーけど。え、お前付き合うのか?」
「うん。だって、きっと楽しいと思うよ」
「……お前ら単純だな」
褒められてない気はするけれど、でも、葉月がのってくれただけで満足。
ずっとずっと押し込められていて鬱々としていたけれど、ほんの少しだけ晴れた気がした。
もちろん……本当は遊びに行きたいし、祐恭さんとも直接会って話したい。
ドライブにだって行きたいし、おいしいごはんを一緒に食べて……手を繋いで、そばにいたいと思う。
でも、今がきっと一番大事な時期なんだよね。
みんなで少しずつ我慢したら、年号が変わったばかりのあのころみたいに、みんなでお祝いできるよね。
よかったね、って。がんばったねって、みんなで言える日が来るんでしょ?
だったら、あと少しだけがんばってみよう。
息が詰まらない程度に我慢して、できることを、少しだけやってみよう。
これまでも、何度だって危機はあったけれど、私たち”人間“は努力して知恵を出して助け合って打ち勝ってきたんだから。
明けない夜はない。そう信じて、いくしかないんだ。
「じゃあじゃあ、どうせならお湯も外で沸かそうよー。お兄ちゃん、バーナー持ってたよね?」
「あ、ランタンなら私も持ってるよ」
「え! どうしよ……ねえ、やっぱりテント張って寝る? 雲がなかったら、星とか見れそうだよね。それにそれに、焚き火しながら紅茶飲んだりしたら、夜すごい楽しそう!」
「ふふ。楽しくなってきた?」
「すっごく!」
お兄ちゃんが呆れたように『子どもか』と言ったのはわかったけれど、聞こえなかったことにした。
だって、楽しいほうがいい。
やっちゃいけないことじゃなくて、できることを想像したいもん。
ちなみに。
次の日の夕方、葉月とふたりでガチャガチャやっていたら、結局お兄ちゃんも輪に交ざり始めた。
そうしたら、お母さんが『焼きマシュマロをチョコクッキーでサンドしたい』と言い出し、夕飯がバーベキューに変わった。
いつもは乗らないお父さんも、珍しくお兄ちゃんとビールを飲んでたっけ。
ストレスを感じてるのは、子どもだけじゃないんだなぁってわかった。
そして、大人だって楽しいことをしたがってるんだなってことも。
あと少しだけ、できる範囲で楽しんでいこう。
ちなみに、その写真を祐恭さんへ送らせてもらったんだけど、おかげで電話ごしとはいえ長い時間話すことができたから、ほんの少しだけ満たされた。
今日がもしかしたらここ最近のラスト勤務になるかもですが、いってきまーす。
「外出自粛……」
何度もテレビに流れる文字を見ながら、思わず口にする。
カラオケもだめ、テーマパークもだめ、ダメじゃないけど外食も自粛、そしてそしてショッピングモールも同じく。
うぅ。お買い物行きたかった。
映画も見たかった。
カラオケだって約束してた。
高校のときの同級生みんなで、テーマパーク行くはずだったのに。
「はー……」
大々的に政府が出した“緊急事態宣言”なるもののおかげで、大学は当面休みになった。
家にいるようになって、すでに1ヶ月以上が経っている。
そして、またまた追加の休校宣言。
はーー……。
外へ出たいなぁ。
ていうか、大学が休みなのに遊びに行けない状態じゃ、何もすることがない。
……ってもちろん、勉強すればいいんだけど。
これでも一応は課題が出てるし、レポートもあるからやってはいる。
でも、ストレスはたまるんだもん。外行きたいなぁ。
ていうか——。
「……祐恭さんに会いたいなぁ」
リビングのソファへもたれながら、ぽつりと本音が漏れた。
一番会いたい人は、彼だ。
電話もしてるし、メッセージは毎日のようにやりとりしている。
でも、直接会えてない。
万が一があったら困るし、お仕事上大きな支障をきたすことになるからと、私のほうから少し離れます宣言をした。
だけど……だけど。
「はー……」
「羽織、紅茶でも飲む?」
「あ、欲しい」
「ちょっと待ってね」
リビングのテーブルへ伏していたら、葉月が声をかけてくれた。
ほどなくして、ベリーのような甘い香りがここまで漂ってくる。
あ、頬がゆるんだ。
いい匂いって、ほんと癒されるなぁ。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
マグカップを受け取り、さっそくひとくち。
香りはとっても甘いけれど、味はさっぱり。
うん、おいしい。
私がいれるのと違って全然渋くないから、やっぱりいれる人によって味が変わるんだなぁと素直に思う。
「おかえりなさい」
「ただいま」
テレビのチャンネルを変えたところで、玄関の鍵が空いた音がした。
振り返るまでもなく、葉月の声で相手が誰かわかる。
「明日から、弁当いらない」
「え? たーくんも、お仕事休みになったの?」
「ああ。しばらく休館にして、全職員自宅待機」
「そうなんだ」
「ただま、俺は過去のデータ整理買って出たから、場所が変わっただけでやること変わんねーけど」
バッグからお弁当の包みを取り出しながら、お兄ちゃんが葉月へ手渡した。
ということは、もしかしたら祐恭さんも休みになるのかなぁ。
それとも、研究職だからそれは別?
判断基準が私にはわからないけれど、でも……会えないことに変わりはないんだよね。
「はー……」
「羽織、今日はため息が多いね」
「……だって、どこにも出かけられないんだもん」
「いいじゃん。毎日家でごろごろしてんだろ?」
「もぅ。ごろごろしてないってば!」
お兄ちゃんってば、つくづく失礼だなぁ。
これでも、学生としてやるべきことはしてるのに。
……といっても、ソファでついうとうとしちゃうことはあるんだけど。
でも、課題はそこそこ手をつけてる。
「緊急事態宣言が出ると、何が変わるのかなぁ」
「単純に、自治体が政府判断ってことで後ろ盾になるかどうかの差だろ。結局、罰則云々じゃねーし、自粛要請から1ランク上がったみてーなもんだ。ちょっと強く言えるようになる、くらいの」
「そうなんだ。じゃあ、今までとそんなに変わらないってこと?」
「いや、変わりはするだろ。自粛要請だったのが、『政府が発表しましたよね』つってもう少し圧はかけられる」
「……買い物とかは?」
「不要不急ったって、日常生活すんなって言ってるわけじゃねーんだし、食料品の買い出しは平気だろ。ただ、問題なのは企業側がどうするかだよな。消費者と同じように、働く側だってそれぞれ家庭とか個人の状況は考慮されてしかるべきなんだし、となれば今までと同じようにはいかなくて勤務形態を変える必要あんだろ」
ニュースに出た赤い文字を見ながら、なんだか少し不安にもなる。
ていうか、あんなに大々的に『出ました!』みたいに発表されると、ちょっとどきっとするじゃない。
目立たせる必要はあるだろうし、大事なことだっていうのはわかるけど……なんだか、不安をあおられてる気分。
「うちの職場のパートさんは、小学生の子どもひとりで留守にできないつって、しばらく休んでる。だけど、当然時給で仕事してるからそのぶん収入面が不安だろ? で、そこ含めて館長が総務へかけあってたぜ。そういう配慮は、それぞれの立場やら企業、団体で変わってくるだろーけど、こういう”緊急事態“だからこそ、ぶっちゃけ質が問われるよな」
ニュースを見ながらのお兄ちゃんの言葉に、改めて事態を受け止めなきゃなぁとは思う。
でも、ずっとずっと我慢をしいられているわけで、大学生の私でもこんなにストレスを感じてるんだから、小さい子はもっと感じているだろうし、不安だろうなぁって思うと、なんだかすごく切ない気がした。
だって、大学からの通知でも『適度な運動を』なんて書かれてたけど、どこですればいいの?
出歩いていいの?
この間、公園で体操してたら怒られたって話もあったよ?
もう、何がなんだかわからないし、だからこそ不安になる。
どうなるんだろう。この先、何が起きるんだろう。
「あとはまあ、医薬品とか感染拡大防止に関して、土地とか建物を権限で押さえられるようになるとかはあるらしいぜ。こんだけマスク不足やらアルコール系不足やらだけど、だからっつって休めない業種があるだろ? それこそ矢面に立って、俺たちなんかよりよっぽど高ストレス強いられてる医療従事者を政府が率先して守ってやんなきゃ、それこそ致命的だ。知り合いの看護師なんて、家庭も大変だし現場も大変だしで泣いてたからな」
「……そっか」
そうなんだよね。
私たち一般人だけじゃなくて、現場で命と常に向き合っている人たちがいる。
おかげで回復していく人もいるし、危機的状況を脱することのできる患者さんもいる。
私たちだけじゃない……ううん、私たち以上に、大変な思いをしているんだ。
私たちと同じく、みんなみんな家庭があって背景がある、一個人なんだもん。
「でも、ずっと家にいたら、ストレスたまっちゃうよね」
「うん。なんか、いろいろし尽くした気分」
はー、と今日何度目かのため息をつき、テレビのチャンネルを変える。
ニュースも大事だけど、もう少し楽しい話題を吸収したい。
落ち着いたら行ける、近場のおいしいお店とか温泉とか。
そういえば今年は、お花見もちゃんとできてない。
「明日、おやつにクレープでも作る?」
「え! クレープって家で作れるの?」
「さっき買い物に出たとき、いちごと生クリームは買ってきたの。楽しい時間潰しにはなるよ?」
「わ、わ、それすごい嬉しい! え、作りたいー!」
ちょうどテレビに映ったのが、まさしくクレープ屋さんの行列だったこともあって、葉月の言葉にいちごの甘ずっぱい味が蘇る。
クレープ! おうちで作れるとか、すごい!
さっきまでと全然違って、元気になったし!
すごい!!
でも、あまりにも勢いよく身体を起こしたのが”あまりにも“な反応でか、お兄ちゃんが立ったまま吹き出した。
「お前はコイツのお袋か」
「でも、楽しい時間があったほうがいいでしょう?」
「そりゃそーかもしんねーけど」
「たーくんも作る?」
「いや、食うだけでいい」
「もぅ。食べるなら自分で作ればいいのに。葉月を頼りすぎじゃない?」
「どの口が言うんだよ。お前こそコイツを頼りすぎだっつの」
葉月を顎でさすのは、どうかと思うよ?
でも、葉月はくすくす笑うだけで、それ以上何も言わなかった。
ていうか、優しすぎると思う。そしてそして、甘やかしてる気がする。
お兄ちゃん、ただでさえ葉月にいろいろしてもらってるんだから、もう少し貢献すればいいのに。
あ、でも明日から家にいるのか。
じゃあ、葉月のご飯作ったり洗濯したりすればいいのにね。
葉月の前でそれを言ったら『いいのよ』なんて遠慮するにきまってるから、あとで直接お兄ちゃんへ言っておこうっと。
「お母さんたちはどうするのかな?」
「んー、もしかしたらみんなでお昼食べることになるかもね」
「そうなったら、ここ最近初めてくらいじゃない?」
「そうね。みんな、いつも少しずつ時間ずれてるから」
「……それって、ちょっとだけ年末年始みたいで特別感あるね」
「単純だな、お前。緊急事態だ、つってんだろ」
「でも、起きちゃったんだもん、だったらせめて楽しめる方向にもっていきたいでしょ?」
そう。
お兄ちゃんは鼻で笑うけれど、起きてしまったことは戻らない
だったらせめて、”今“できることをするしかないんだもん。
「ねえ、自分の家の庭なら出てもいいよね?」
「そこまで規制されたら、国家としてアウトじゃねーか?」
「じゃあさ、クレープできたら外でお茶にしない? お茶会みたいに!」
「だったらいっそ、庭でテントでも張ればいいんじゃね? 今はやりのソロキャンだな」
「もぅ。お兄ちゃんはひとこと余計!」
ていうか、絶対今馬鹿にしたでしょ。ひどいなぁもぅ。
でも、お庭キャンプはある意味楽しそうだなとは思った。
……もしかして、私って思った以上に単純なのかも。
「たーくん、椅子とテーブル持ってたでしょう? あとで貸してくれる?」
「いーけど。え、お前付き合うのか?」
「うん。だって、きっと楽しいと思うよ」
「……お前ら単純だな」
褒められてない気はするけれど、でも、葉月がのってくれただけで満足。
ずっとずっと押し込められていて鬱々としていたけれど、ほんの少しだけ晴れた気がした。
もちろん……本当は遊びに行きたいし、祐恭さんとも直接会って話したい。
ドライブにだって行きたいし、おいしいごはんを一緒に食べて……手を繋いで、そばにいたいと思う。
でも、今がきっと一番大事な時期なんだよね。
みんなで少しずつ我慢したら、年号が変わったばかりのあのころみたいに、みんなでお祝いできるよね。
よかったね、って。がんばったねって、みんなで言える日が来るんでしょ?
だったら、あと少しだけがんばってみよう。
息が詰まらない程度に我慢して、できることを、少しだけやってみよう。
これまでも、何度だって危機はあったけれど、私たち”人間“は努力して知恵を出して助け合って打ち勝ってきたんだから。
明けない夜はない。そう信じて、いくしかないんだ。
「じゃあじゃあ、どうせならお湯も外で沸かそうよー。お兄ちゃん、バーナー持ってたよね?」
「あ、ランタンなら私も持ってるよ」
「え! どうしよ……ねえ、やっぱりテント張って寝る? 雲がなかったら、星とか見れそうだよね。それにそれに、焚き火しながら紅茶飲んだりしたら、夜すごい楽しそう!」
「ふふ。楽しくなってきた?」
「すっごく!」
お兄ちゃんが呆れたように『子どもか』と言ったのはわかったけれど、聞こえなかったことにした。
だって、楽しいほうがいい。
やっちゃいけないことじゃなくて、できることを想像したいもん。
ちなみに。
次の日の夕方、葉月とふたりでガチャガチャやっていたら、結局お兄ちゃんも輪に交ざり始めた。
そうしたら、お母さんが『焼きマシュマロをチョコクッキーでサンドしたい』と言い出し、夕飯がバーベキューに変わった。
いつもは乗らないお父さんも、珍しくお兄ちゃんとビールを飲んでたっけ。
ストレスを感じてるのは、子どもだけじゃないんだなぁってわかった。
そして、大人だって楽しいことをしたがってるんだなってことも。
あと少しだけ、できる範囲で楽しんでいこう。
ちなみに、その写真を祐恭さんへ送らせてもらったんだけど、おかげで電話ごしとはいえ長い時間話すことができたから、ほんの少しだけ満たされた。