ときは、すでに夏真っ盛りの長期休業。
今は夏休みだから、当然我が家に彼女がいてくれている。
だから、別に旅行がどうのとかってワケじゃないんだが……。
でも、彼女が先日言った言葉が、やっぱり頭を離れなかった。
『最近、星……見てないんです』
あまりにも澄んだ瞳で。
それはそれは……とても、かわいい顔で。
純粋すぎる言葉が、まっすに俺へと向けられた。
……当然、そこまで言われたら俺だって何かしてやらなきゃって気になる。
頼ってくれたんだ。俺のことを。
だったらなおさら、動かない理由はない。
「わ……ぁ」
「行くよ?」
「あ、はいっ!」
建物の外観を見て立ち止まっている彼女の手を引き、大きなドアへ向かう。
だから今日、こうして車を飛ばしてきたんだ。
彼女の希望を叶えてやるために、ここ――……家から近くて最も天に近い場所。
箱根山へ。
別に、これまで箱根に来たことがないわけじゃない。
むしろ、車を手に入れてからは、しょっちゅう上ったりしたもんだ。
ときには、悪友達と馬鹿騒ぎしながら。
そしてときには――……そんなヤツらと、競うために。
冬瀬から下道でおよそ2時間弱。
昔はいろいろやってたな……なんて、この曲がりくねった道を見るたびに、懐かしくなる。
さすがに今はもう、真夜中に携帯で起こされても即断るからな。
社会人になった今は、そこまでの体力も気力もない。
……まぁ……次の日が休みとかなら、考えないでもないけど。
とはいえ、たいていそういう日の夜は彼女が一緒にいるから、まぁ、うなずくこともないが。
「やっぱり、人が多いですね」
「まぁ、そうだろうね。夏休みだし」
普段ならば、ここまでの混雑は見せない道。
だが、有料道路も普段に比べたらずっと交通量があった。
少し先には、重たそうな観光バスが上っていくのも見える。
「……ま、のんびり行こうか」
「ですね」
ギアから手を離して彼女の頭を撫でると、小さくうなずいてから笑うのが横目で見えた。
……やっぱり、車内ですごす時間というのは特別でイイもんだな。
なんともいえない達成感というか支配感というかが湧いて、にやけそうになる。
彼女と箱根に来たのは、コレが初めて。
これまでドライブがてらいつか来ようとは思っていたのだが、結局今日まで延びてしまっていた。
……まぁいい。
結果として、泊りがけというオイシイ――……いや、絶好の機会に恵まれたんだから。
夏のじりじりと照りつける太陽が少し暑苦しくて恨めしい気もするが、まぁ……彼女と一緒ならいいか。
山の天気は変わりやすいというものの、今日ばかりはさすがに晴れのまま1日を終えてくれそうだ。
案内標識で左にウィンカーを出して曲がると、ハンドルでさえ軽く感じられた。
「……あ」
「気分だけでも、運転」
ギアを落としたのをいいことに、彼女の右手を取って重ねたままギアへ導く。
「なんか……えへへ、嬉しいです」
「それはよかった。こうしてるとエンジンの振動がわかるだろ?」
「ですね。……マニュアル車好きになる気持ち、やっぱりわかる気がします」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか。……やっぱり、血は争えないな」
「もぅ。お兄ちゃんとは違いますよ?」
私、あんなに乱暴じゃないですもん。
そういって笑った彼女と手を重ねたまま、ギアに置く。
……なんか、こういうのもイイな。
普段は、当然ながら何気なく変えるギア。
だが、この時間さえも、こんなふうに彼女とともにだと……まったく違って。
ギアを入れながら彼女の顔を見てみると、物珍しそうに、だがやっぱり嬉しそうに笑っていた。
「ん?」
そのとき手のひらに感じた、モノ。
ほんの少し冷たいソレは――……自分が贈った、リングだった。
普段、学校ではまず見られない、モノ。
だからこそ、それが当たり前のように彼女の指にあるのが、嬉しくなる。
……単純だな、男ってヤツは。
我ながら、苦笑が浮かびそうだ。
「まずは、大涌谷に行こうか」
「大涌谷ですか?」
「うん」
ぱちぱちとまばたきをした彼女にうなずいてから、さらにギアを入れ替える。
……確かに、なんかヘンな感じだな。
普段から常にギアへ手を置く癖があるのだが、こうして彼女の手を取っていると……なんだか不思議な感じだ。
でもまぁ、いいアイディアかも知れないが。
「……なんか……楽しい」
「それはよかった」
俺も嬉しいが、彼女はもっと嬉しそうだ。
この顔を頻繁に見れる。
そう思うだけで、自然にアクセルを踏み込んでいた。
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