はぴば!
2020.06.10
6月6日は雨ザーザー降ってきて。
というわけで、鷹塚センセー誕生日おめでとー!
今年はこんな小話。
次の誕生日は祐恭センセですね!
ちったぁ甘めにするぜ。きっと。
「鷹塚先生。明日、お時間ありますか?」
金曜日の放課後。この時間はきっと教師だけでなく、明日が休みの社会人はみんなほっとしてるだろう時間。いつもの平日と同じく児童を送り出し、職員室へ戻ってきてすぐに同僚の小川先生から声をかけられた。
席にもつかず、5時間目に行った漢字五十問テストの束を持ったまま。にこにこしながら問われ、逡巡するも一応確認。
「……それって、仕事? プライベート?」
「あー、どっちかっていうと仕事ですかね」
まじすか。それは何か。どうしても受けなきゃいけない何かか。PTAの行事って何か入ってたっけ。先日の職員会議での話を思い出そうとはするものの、出てくるのはどうでもいい情報ばかり。
まぁいいよ。ああいいよ別に。明日はみんなにとっていつもと同じ土曜日で、特別な想いを抱いてる人間なんていないだろうからな。ぶっちゃけ、俺だって別に特別な想いは抱いちゃいない。ただ、人よりもほんの少しだけ期待したってだけのこと。
「どうせ暇でしょ。来なさいよ」
「いつから俺の上司になったんだよ」
「あら。それじゃ、何か特別なご予定でもおありかしら?」
舌打ちが出なかったのは、社会人として立派な反応だと信じたい。うちの養護教諭が意味ありげな笑みを浮かべ、3メートル向こうから声をかけてきた。
なんだよそれ。命令か? だったら対価払ってくれんの? うっかり口に出そうな悪態を飲みこむ代わりにどうやら顔には出たらしく、小枝ちゃんはコーヒーカップを手にしたまま『そういうのは素直って言わないのよ』と瞳を細めた。
「休みの日に何すんだよ」
「バーベキュー」
「……は?」
「だから、バーベキューするから来なさいってば。暇でしょ?」
思ってもなかったセリフに、今度はこっちの眉が寄る。小川先生の隣に立った小枝ちゃんは、にこにこしながら彼へ同意を求めた。
全然わかんねぇ。仕事か? それ。てことは接待? とりあえず目の前のふたりは参加確定っぽいが、じゃあほかの人間はいかに。……ひょっとして他校の先生とプライベートを語った懇親会か何かか? 何にせよ、行かないのが吉と弾き出されたんだが、素直に伝えていいよなこれは。
「忙しいからパス」
「内容聞いてから断るなんて、大人としての礼儀もなってないの?」
「なんでバーベーキューなんだよ。やだって」
「そういうこと言わないで来なさいよ。教頭先生が自腹でビール奢ってくれるらしいから」
あ、教頭先生も参加すか。徐々にメンツが割れてきて、なおさら行かないほうがいい気はしてきた。つか、明日はもしかしたら忙しくなるかもしんねぇんだって。
なんせ、俺にとっては年に一度の特別な日。ああ、そうそう。特別なんだって。きっと大人になってもな。
「どうせ誕生日祝ってくれる人いないんでしょ? 明日じゃ、子どももお祝いしてくれないしねー」
「くっ……!」
高笑いこそしなかったが、小枝ちゃんは明らかに先読みした顔でくすくす笑った。
あー感じわる。傷ついた。もう行きたくない。俺だって十分わかってたよ。前々からな! ああ、今年の誕生日は土曜日だから、子どもたちから『先生今年で何歳だっけ』と弄られることもないってな!
でも、ちょっとだけ意識するじゃん。30半ばをとうに過ぎたとはいえ、殊勝な誰かが『誕生日ですね』って言ってくれるかもな、って。……ま、前日の今日も子どもたちは誰ひとりとして『先生、明日誕生日だね』なんて言わずに全員帰宅したけども。そんなもんだってのは知ってた。でも期待して……って、あー切ないから終わりにしとこ。
「誘うなら俺じゃなくてもいいじゃん。花山とか誘ってやれって」
「酒癖悪いのがくると面倒でしょ」
「案外楽しいかもしんねーぞ」
「誰が責任取るのよ。押しつけないで」
さすがに小枝ちゃんも察したらしく、本人がすぐそこにいるとわかってか、声を潜めた。顔が近づくものの、まったくときめかなければどきどきもしない相手。それは小枝ちゃんも同じらしく、すぐここであからさまに舌打ちまでしやがった。
「釣り大会もやるって言ってたわよ」
「なんで釣り」
「前校長が来るからきなさいよ」
「……それか」
ようやっと最後の最後で吐露された事実に、ようやく理解する。ああそうすか。それで必死だったんすね。なんで俺をそこまでして呼びたがるのかと思えば、単純に飲める相手増やしたかっただけじゃん。最初から言やいいのに、隠すから面倒なことになるんだろ? ま、ハナから聞いたところでじゃあ行く一択になるかつったら、確実にならないほうだけどな。
彼は、かなり飲める人。でかつ、同じペースで飲める人間がいないと……不機嫌にはならないけど、泣き始めるんだよな。それってどうなんだと思うが、悪い人じゃないからこそ、強く言うのもはばかれるとあってか、小枝ちゃんでさえ『めんどくさい』とは言ったりしない。
リーダーシップもあって、保護者にも寄り添えて、若手指導に尽力する、本当の意味で『いい人』だから。
「とりあえず保留で」
「なんでよ」
「やだよ。誕生日だもん」
「子どもじゃないんだから飲み込みなさいよ」
「だから、やだつってんじゃん」
つか、保留って言ってンだからよくね? 一応聞きはしたから、考えはする。まぁ8割行かないときの常套句だけど。もしプライベートな予定が入るなら当然そっちを優先させるし。
「ちょっと! 話まだ終わってない!」
「仕事あるんで」
肩をすくめて職員室のドアに手をかけると、はこめまれているガラス越しに目が合う……人を見て、動きが止まる。
「こんにちは。……というかもう夕方ですね」
「なんでここに」
にっこり笑った彼女は、普段とは違ってスカートではなくパンツ姿。それはそれで見ない姿なせいか、やけに目につく。え、なんで? 今日出勤じゃねぇじゃん。なのにここにいるとか……ひょっとして俺のためだったりする? だとしたらすげぇテンション上がるんすけど、これはいかに。
ウチの学校の心の教室相談員さんでありかつ……俺にとっての誰よりも優先されるプライベートな人物。無条件で手が伸びる愛しい彼女だけに、バースデー・イブとあってか少しばかり期待した。
「今日、16時からケース会議があるんです。時間が合えば参加させていただく予定だったんですけれど、調整できたので」
「あー……なるほど」
お仕事ですか。職員室の黒板には確かに、3年ケース会議と記載がある。俺の学年ではないから、当然自分は不参加。残念どころか、どっちかっつーと悔しい気持ちも多少ある。
ああ、どうせ大人気ないって。十分わかってるから誰にもつっこまれたくない。
「あっ、瑞穂ちゃん!」
「え? ……あっ」
「葉山先生、ひとり相談したい児童がいるんすけど」
「ちょっと鷹塚君!!」
「なんだよ。こちとら仕事だぞ」
「何言ってんのよ、とってつけたような理由で連れてかないで!」
「はいはい、あとで」
週明けにやろうとした漢字プリントの原本はあるが、まぁ帰りに印刷室寄ればいいだろ。今はそんなことよりも、一刻を争う。俺にとっての超重大任務。これが決まるか否かで、明日の明暗がわかれる。
距離が近いのもそうなら、両手を肩に置くのも十分セクハラ案件だろうが、相手が俺とあってか彼女は何も言わず回れ右した。向かうのは、きっと後30分後に行われるケース会議の舞台でもある相談室。ここに来るのは昨日ぶりだ。彼女の勤務日の昼休みには、子どもだけでなく我々教員もここへ相談という形で姿を見せるから。
「えっと……昨日とは違うお子さんですか?」
「明日誕生日なんだけどさ、誰も祝ってくれないらしくて」
「あ……お休みですもんね。でも、鷹塚先生なら前日お祝いしてあげるんじゃないですか? 先月、喜んでた子がいましたよ」
おっしゃる通りで。土曜が誕生日の子は金曜に、日曜の子は月曜にそれぞれ帰りの会で小さく祝う習慣は続いている。それこそ、目の前の彼女が5年生だったころから、ずっと。そういう意味では、十分俺はマメなんだなと思えるな。
「でも、明日が誕生日なんて、鷹塚先生と一緒ですね」
「っ……」
ふふ、と笑った彼女がわずかに首をかしげた。さらりと髪が流れ、首筋にかかる。その様はいかにも大人で、12年前とは比べものにならない色香があった。
「あ……」
「キスだけなら許されるか?」
その問いは誰に対してか。髪を耳にかけてやりながら目を合わせると、瑞穂はこくりと小さく喉を動かす。
「てか、今日はまだ名前呼ばれてない気がする」
「その……つい、癖で」
「まぁ家じゃねぇから我慢する」
くすぐったそうに笑われるだけで、身体は反応しそうになる。ああ、そういやドア開けっぱなしだった。今、廊下を同僚が通った日には、当然バレるだろうな。いろいろ。それもいいかとどこかで思う程度には、感覚は麻痺してるけど。
「明日、お暇ですか?」
「っ……」
まるで内緒話かのように、瑞穂は小さくささやいた。それは当然、そういう意味だよな? 期待していいってこと? だとしたら、やっぱバーベキューはなしだな。ふたりきりで誕生日に過ごせるとか、いかにもじゃん。
「空いてる。朝から晩まで……てか、日曜も空いてるけど?」
泊まり来る? こっそりではなくあからさまに意図して付け足すと、瑞穂は一瞬目を丸くしたものの、笑うと小さくうなずいた。
はー、その反応すげぇ嬉しい。てかむしろ今年はこの曜日でよかったな。平日だったら、なかったかもしれない時間。土日とあって彼女が家にきてくれるなら、毎年これでも悪くない。
「明日、小枝さんにバーベキューへ誘われたんです。壮士さんもぜひって言ってましたよ」
「え」
「……壮士さん?」
思いもよらないセリフが聞こえ、うっかり素のデカい声で反応したあとで気づきはしたものの、今さら引っ込められるはずもなく。てか、バーベキューって。ついさっきまで断り続けていたことが巡り巡ってこうなるとは思わなかっただけに、反動で疲労感が半端なかった。
「誕生日なんすけど」
「あ、えっと……お昼過ぎには終わるって言ってましたよ」
「ふぅん」
まさかすでに小枝ちゃんが根回し済みとは思わず、機嫌は6割ほど悪くなる。が、瑞穂は両手を合わせると、『どうですか?』と俺を見上げた。
「瑞穂が夜、ふたりきりで祝ってくれるなら考える」
「もちろんです。お祝いさせてください」
「……へぇ」
ふたつ返事でにっこり笑った顔は、あまりにも嬉しそうで。どころか、初めからそのつもりだったかのようにも聞こえ、口角は上がる。
「じゃあ期待してる」
「私も楽しみにしてますね」
職員室のドアが開き、数人がこちらへ歩いてくるような気配はした。声は近づいており、恐らくは3学年の先生方と教頭先生ってところか。関係ない話してるとバレても咎められはしないだろうが、触ってたらさすがに言われるだろうよ。惜しい気はするが、今は大人しくしておくことにする。明日の夜へ期待を膨らませながら。
「あ! 先輩、ずるいですよ! 葉山先生とふたりきりなんて!」
「なんでだよ。児童の相談だぞ。正当な仕事だ」
蝶ネクタイを結んだ花山が現れ、あからさまに俺を非難した。てか、今どき指差して『いけないんだ!』って言うとか、小学生でもやらねーぞ。
「それじゃ、葉山先生。またあとで」
「え、っと……」
「終わったら助言欲しいから、職員室にいるんで顔出して」
恐らくは1時間ってところか。まだ仕事は残ってるし、一緒に帰れるならそっちを当然選ぶ。ほかの連中には伝わらずとも、瑞穂にはきっちり伝わったんだろうよ。当然今夜も予約させてもらうって意味は。
「じゃあ……終わり次第、お声かけしますね」
「よろしく」
ひらひら手を振り、3年生の先生方とすれ違うように廊下へ。だがそのとき、会議参加者の小枝ちゃんだけは、がっつり意図を読んだらしく『がっついてるわねー』とあからさまに笑った。
というわけで、鷹塚センセー誕生日おめでとー!
今年はこんな小話。
次の誕生日は祐恭センセですね!
ちったぁ甘めにするぜ。きっと。
「鷹塚先生。明日、お時間ありますか?」
金曜日の放課後。この時間はきっと教師だけでなく、明日が休みの社会人はみんなほっとしてるだろう時間。いつもの平日と同じく児童を送り出し、職員室へ戻ってきてすぐに同僚の小川先生から声をかけられた。
席にもつかず、5時間目に行った漢字五十問テストの束を持ったまま。にこにこしながら問われ、逡巡するも一応確認。
「……それって、仕事? プライベート?」
「あー、どっちかっていうと仕事ですかね」
まじすか。それは何か。どうしても受けなきゃいけない何かか。PTAの行事って何か入ってたっけ。先日の職員会議での話を思い出そうとはするものの、出てくるのはどうでもいい情報ばかり。
まぁいいよ。ああいいよ別に。明日はみんなにとっていつもと同じ土曜日で、特別な想いを抱いてる人間なんていないだろうからな。ぶっちゃけ、俺だって別に特別な想いは抱いちゃいない。ただ、人よりもほんの少しだけ期待したってだけのこと。
「どうせ暇でしょ。来なさいよ」
「いつから俺の上司になったんだよ」
「あら。それじゃ、何か特別なご予定でもおありかしら?」
舌打ちが出なかったのは、社会人として立派な反応だと信じたい。うちの養護教諭が意味ありげな笑みを浮かべ、3メートル向こうから声をかけてきた。
なんだよそれ。命令か? だったら対価払ってくれんの? うっかり口に出そうな悪態を飲みこむ代わりにどうやら顔には出たらしく、小枝ちゃんはコーヒーカップを手にしたまま『そういうのは素直って言わないのよ』と瞳を細めた。
「休みの日に何すんだよ」
「バーベキュー」
「……は?」
「だから、バーベキューするから来なさいってば。暇でしょ?」
思ってもなかったセリフに、今度はこっちの眉が寄る。小川先生の隣に立った小枝ちゃんは、にこにこしながら彼へ同意を求めた。
全然わかんねぇ。仕事か? それ。てことは接待? とりあえず目の前のふたりは参加確定っぽいが、じゃあほかの人間はいかに。……ひょっとして他校の先生とプライベートを語った懇親会か何かか? 何にせよ、行かないのが吉と弾き出されたんだが、素直に伝えていいよなこれは。
「忙しいからパス」
「内容聞いてから断るなんて、大人としての礼儀もなってないの?」
「なんでバーベーキューなんだよ。やだって」
「そういうこと言わないで来なさいよ。教頭先生が自腹でビール奢ってくれるらしいから」
あ、教頭先生も参加すか。徐々にメンツが割れてきて、なおさら行かないほうがいい気はしてきた。つか、明日はもしかしたら忙しくなるかもしんねぇんだって。
なんせ、俺にとっては年に一度の特別な日。ああ、そうそう。特別なんだって。きっと大人になってもな。
「どうせ誕生日祝ってくれる人いないんでしょ? 明日じゃ、子どももお祝いしてくれないしねー」
「くっ……!」
高笑いこそしなかったが、小枝ちゃんは明らかに先読みした顔でくすくす笑った。
あー感じわる。傷ついた。もう行きたくない。俺だって十分わかってたよ。前々からな! ああ、今年の誕生日は土曜日だから、子どもたちから『先生今年で何歳だっけ』と弄られることもないってな!
でも、ちょっとだけ意識するじゃん。30半ばをとうに過ぎたとはいえ、殊勝な誰かが『誕生日ですね』って言ってくれるかもな、って。……ま、前日の今日も子どもたちは誰ひとりとして『先生、明日誕生日だね』なんて言わずに全員帰宅したけども。そんなもんだってのは知ってた。でも期待して……って、あー切ないから終わりにしとこ。
「誘うなら俺じゃなくてもいいじゃん。花山とか誘ってやれって」
「酒癖悪いのがくると面倒でしょ」
「案外楽しいかもしんねーぞ」
「誰が責任取るのよ。押しつけないで」
さすがに小枝ちゃんも察したらしく、本人がすぐそこにいるとわかってか、声を潜めた。顔が近づくものの、まったくときめかなければどきどきもしない相手。それは小枝ちゃんも同じらしく、すぐここであからさまに舌打ちまでしやがった。
「釣り大会もやるって言ってたわよ」
「なんで釣り」
「前校長が来るからきなさいよ」
「……それか」
ようやっと最後の最後で吐露された事実に、ようやく理解する。ああそうすか。それで必死だったんすね。なんで俺をそこまでして呼びたがるのかと思えば、単純に飲める相手増やしたかっただけじゃん。最初から言やいいのに、隠すから面倒なことになるんだろ? ま、ハナから聞いたところでじゃあ行く一択になるかつったら、確実にならないほうだけどな。
彼は、かなり飲める人。でかつ、同じペースで飲める人間がいないと……不機嫌にはならないけど、泣き始めるんだよな。それってどうなんだと思うが、悪い人じゃないからこそ、強く言うのもはばかれるとあってか、小枝ちゃんでさえ『めんどくさい』とは言ったりしない。
リーダーシップもあって、保護者にも寄り添えて、若手指導に尽力する、本当の意味で『いい人』だから。
「とりあえず保留で」
「なんでよ」
「やだよ。誕生日だもん」
「子どもじゃないんだから飲み込みなさいよ」
「だから、やだつってんじゃん」
つか、保留って言ってンだからよくね? 一応聞きはしたから、考えはする。まぁ8割行かないときの常套句だけど。もしプライベートな予定が入るなら当然そっちを優先させるし。
「ちょっと! 話まだ終わってない!」
「仕事あるんで」
肩をすくめて職員室のドアに手をかけると、はこめまれているガラス越しに目が合う……人を見て、動きが止まる。
「こんにちは。……というかもう夕方ですね」
「なんでここに」
にっこり笑った彼女は、普段とは違ってスカートではなくパンツ姿。それはそれで見ない姿なせいか、やけに目につく。え、なんで? 今日出勤じゃねぇじゃん。なのにここにいるとか……ひょっとして俺のためだったりする? だとしたらすげぇテンション上がるんすけど、これはいかに。
ウチの学校の心の教室相談員さんでありかつ……俺にとっての誰よりも優先されるプライベートな人物。無条件で手が伸びる愛しい彼女だけに、バースデー・イブとあってか少しばかり期待した。
「今日、16時からケース会議があるんです。時間が合えば参加させていただく予定だったんですけれど、調整できたので」
「あー……なるほど」
お仕事ですか。職員室の黒板には確かに、3年ケース会議と記載がある。俺の学年ではないから、当然自分は不参加。残念どころか、どっちかっつーと悔しい気持ちも多少ある。
ああ、どうせ大人気ないって。十分わかってるから誰にもつっこまれたくない。
「あっ、瑞穂ちゃん!」
「え? ……あっ」
「葉山先生、ひとり相談したい児童がいるんすけど」
「ちょっと鷹塚君!!」
「なんだよ。こちとら仕事だぞ」
「何言ってんのよ、とってつけたような理由で連れてかないで!」
「はいはい、あとで」
週明けにやろうとした漢字プリントの原本はあるが、まぁ帰りに印刷室寄ればいいだろ。今はそんなことよりも、一刻を争う。俺にとっての超重大任務。これが決まるか否かで、明日の明暗がわかれる。
距離が近いのもそうなら、両手を肩に置くのも十分セクハラ案件だろうが、相手が俺とあってか彼女は何も言わず回れ右した。向かうのは、きっと後30分後に行われるケース会議の舞台でもある相談室。ここに来るのは昨日ぶりだ。彼女の勤務日の昼休みには、子どもだけでなく我々教員もここへ相談という形で姿を見せるから。
「えっと……昨日とは違うお子さんですか?」
「明日誕生日なんだけどさ、誰も祝ってくれないらしくて」
「あ……お休みですもんね。でも、鷹塚先生なら前日お祝いしてあげるんじゃないですか? 先月、喜んでた子がいましたよ」
おっしゃる通りで。土曜が誕生日の子は金曜に、日曜の子は月曜にそれぞれ帰りの会で小さく祝う習慣は続いている。それこそ、目の前の彼女が5年生だったころから、ずっと。そういう意味では、十分俺はマメなんだなと思えるな。
「でも、明日が誕生日なんて、鷹塚先生と一緒ですね」
「っ……」
ふふ、と笑った彼女がわずかに首をかしげた。さらりと髪が流れ、首筋にかかる。その様はいかにも大人で、12年前とは比べものにならない色香があった。
「あ……」
「キスだけなら許されるか?」
その問いは誰に対してか。髪を耳にかけてやりながら目を合わせると、瑞穂はこくりと小さく喉を動かす。
「てか、今日はまだ名前呼ばれてない気がする」
「その……つい、癖で」
「まぁ家じゃねぇから我慢する」
くすぐったそうに笑われるだけで、身体は反応しそうになる。ああ、そういやドア開けっぱなしだった。今、廊下を同僚が通った日には、当然バレるだろうな。いろいろ。それもいいかとどこかで思う程度には、感覚は麻痺してるけど。
「明日、お暇ですか?」
「っ……」
まるで内緒話かのように、瑞穂は小さくささやいた。それは当然、そういう意味だよな? 期待していいってこと? だとしたら、やっぱバーベキューはなしだな。ふたりきりで誕生日に過ごせるとか、いかにもじゃん。
「空いてる。朝から晩まで……てか、日曜も空いてるけど?」
泊まり来る? こっそりではなくあからさまに意図して付け足すと、瑞穂は一瞬目を丸くしたものの、笑うと小さくうなずいた。
はー、その反応すげぇ嬉しい。てかむしろ今年はこの曜日でよかったな。平日だったら、なかったかもしれない時間。土日とあって彼女が家にきてくれるなら、毎年これでも悪くない。
「明日、小枝さんにバーベキューへ誘われたんです。壮士さんもぜひって言ってましたよ」
「え」
「……壮士さん?」
思いもよらないセリフが聞こえ、うっかり素のデカい声で反応したあとで気づきはしたものの、今さら引っ込められるはずもなく。てか、バーベキューって。ついさっきまで断り続けていたことが巡り巡ってこうなるとは思わなかっただけに、反動で疲労感が半端なかった。
「誕生日なんすけど」
「あ、えっと……お昼過ぎには終わるって言ってましたよ」
「ふぅん」
まさかすでに小枝ちゃんが根回し済みとは思わず、機嫌は6割ほど悪くなる。が、瑞穂は両手を合わせると、『どうですか?』と俺を見上げた。
「瑞穂が夜、ふたりきりで祝ってくれるなら考える」
「もちろんです。お祝いさせてください」
「……へぇ」
ふたつ返事でにっこり笑った顔は、あまりにも嬉しそうで。どころか、初めからそのつもりだったかのようにも聞こえ、口角は上がる。
「じゃあ期待してる」
「私も楽しみにしてますね」
職員室のドアが開き、数人がこちらへ歩いてくるような気配はした。声は近づいており、恐らくは3学年の先生方と教頭先生ってところか。関係ない話してるとバレても咎められはしないだろうが、触ってたらさすがに言われるだろうよ。惜しい気はするが、今は大人しくしておくことにする。明日の夜へ期待を膨らませながら。
「あ! 先輩、ずるいですよ! 葉山先生とふたりきりなんて!」
「なんでだよ。児童の相談だぞ。正当な仕事だ」
蝶ネクタイを結んだ花山が現れ、あからさまに俺を非難した。てか、今どき指差して『いけないんだ!』って言うとか、小学生でもやらねーぞ。
「それじゃ、葉山先生。またあとで」
「え、っと……」
「終わったら助言欲しいから、職員室にいるんで顔出して」
恐らくは1時間ってところか。まだ仕事は残ってるし、一緒に帰れるならそっちを当然選ぶ。ほかの連中には伝わらずとも、瑞穂にはきっちり伝わったんだろうよ。当然今夜も予約させてもらうって意味は。
「じゃあ……終わり次第、お声かけしますね」
「よろしく」
ひらひら手を振り、3年生の先生方とすれ違うように廊下へ。だがそのとき、会議参加者の小枝ちゃんだけは、がっつり意図を読んだらしく『がっついてるわねー』とあからさまに笑った。