父の日②
2020.06.21
そんなわけで、恭介と孝之バージョン。
あー、私このふたり書いてんの好きなんだなーと改めて思った。
どうでもいい、よもや話。
「孝之。お前、父の日に何か渡したか?」
仕事で横浜に帰国した恭介さんと会ったのは、7月の頭。
たまたま、出張で横浜に行くことになっていたから、連絡を取って夕飯を一緒に食べる約束をした。
今年の父の日はとうに過ぎ、記憶の片隅に追いやっていたころ。
今日は、茅ヶ崎のじーちゃんちへ泊まりらしく、久しぶりに恭介さんと酒を飲めたことが少し嬉しくもあった。
「あー、今年は羽織と一緒に足袋と雪駄渡したけど」
「ほう。それは喜んだだろう」
「まぁね。親父がお袋へ話してたのを、羽織が聞いてたらしくて。小遣いだとちょっと足りないっつーから、カンパした」
当時の俺と違って、アイツはバイトをしてない。
とはいえ、月々の小遣いはきっちり貯金分と使う分でわけてもいるらしく、十分買える額を持っちゃいたが、持ちかけてきたのはなんらかの意図もあるだろうから、素直に乗っておいた。
ちょうど、どうしようか悩んでもいたしな。
お袋はなんでも素直に受け取るが、親父はそこまで単純でもない面がある。
つか、趣味が見えねぇんだよ。
俺と違ってギャンブルもスポーツもピンとこねぇし、釣りをやるわけでもない。
休日は大抵お袋と出かけている……というよりは、足代わりに使われている印象があって、何をあげたらどう反応してくれるのかいまいちわからないってのも素直な感想。
だが、先日渡したプレゼントは嬉しそうに笑ってくれ、ああこの路線で行くのが外れねぇかもなとわかった気はする。
「羽織ももう高校3年か。すっかり年頃だろうが、そうやって気にかけてもらえたら兄貴も嬉しいだろうよ」
「そういう恭介さんは? 葉月になんかもらったの?」
ここ数年会っちゃいないが、アイツは羽織と同い年。
それこそ、恭介さんが今言ったまさに年頃の娘だろうから、昔とは全然違うだろう。
俺が最後に会ったのは、葉月が12歳のとき。
夏休みで一時帰国した葉月と、じーちゃんちで花火した記憶はある。
とはいえ、もう6年前。
羽織でさえ女子高生に見えるんだから、外国育ちのアイツはもっと大人びてる印象を勝手に抱く。
「向こうでは、父の日が9月なんだよ。だから、今年はこれからだな」
「へえ」
「去年もらったのは、このネクタイピンとカフスだ」
そう言うと、恭介さんはどこか誇らしげに親指で示した。
シルバーの一般的なものだが、目は惹かれる。
ものもそうだろうけど、恭介さんの雰囲気がってのもあるんじゃねぇの。
彼ならたとえ、100均の何かを使っていても値段相応には見えない。
「あの子はセンスがあるんだよ。おかげで、商談でも話すきっかけになるし、そこから別の繋がりにも広がるし、ありがたいことだな」
スマフォを取り出した彼が、操作しながら何かを見つけたらしく俺へ差し出した。
そこには、キャンプへ行ったとおぼしき写真が映っている。
日本とは明らかに違う土の色や、くっきりと見える地平線だけでなく、湖の色も違って見える。
……が。
「顔わかんねぇじゃん」
肝心の顔が映ってない。
サングラスをかけていたり、バックショットだったり、髪の長さは十分わかるものの、彼が見せてくれたのはどんだけ育ったのかはっきり把握できない写真ばかりだった。
ま、身体つきは十分わかるけど。
羽織よりもいろいろ育ってるらしいのは、見てわかる。
「まぁ、今年どこかで会うかもな」
「そうなの?」
「かもしれない、程度だ」
ウィスキーのグラスを傾けた彼が、肩をすくめた。
予定は未定と同義じゃね? それって。
まぁいいんだけど。別に。
従妹とはいえすっかり会ってないんだから、直接会ってもわかんねぇかもしれねーし。
それに、葉月がひとりで日本へ来るとはまず考えられない。
恭介さんとセットで帰国するんだろうから、顔がわからなくてもなんら問題ねぇだろ。
「葉月、彼氏とかいんの?」
「…………」
「……え、俺なんか悪いこと言った?」
イカのフリッターをつまんだところで突然舌打ちされ、さすがに眉が寄る。
恭介さんが、小さいころから葉月を溺愛してるのは知ってるが、まさかそのレベルとは思わなかった。
つか、それこそ日本よりあっちのほうがよほどオープンな印象があるから、単なる好奇心で聞いただけ。
……うわ。
さっきまでの大変人柄のよさそうかつ、MAXで対人スキル高そうな人の真逆を行く顔をされ、ごくりと喉が鳴る。
「……周りの連中にも聞かれるが、気分はよくない」
「でも、葉月だってもう18じゃん。好きなやつとかいねぇの?」
「今のところ面と向かって言われたことはないな」
まぁ、それもそうか。
羽織がお袋とそういう話はしてそうだけど、親父にするかつったらなさそうだしな。
「葉月が、どうしても俺に紹介したいヤツができたなら、もちろん会うし話もする。選考するわけじゃないが、せめて納得できる男でなければ手離したくはない」
「へえ。そんな?」
「お前は最近会ってないからわからないんだろうが、会えば確実に納得するぞ。うちの娘は世界一だと思っている」
「あー……なるほど」
ガチの顔すね。
普段、彼はそこまで固執するタチじゃないと思っていた。
つってもま、こうして年に数回会ったりメッセージのやり取りをする程度の相手。
俺だって、恭介さんの何を知ってると聞かれても明確には言えないが、ひとり娘とはいえ葉月にある種の執着にも似た感情を抱いていることは、やっぱり意外なんだよな。
「じゃあ、突然彼氏連れてくるかもしんねぇんだ」
「…………」
「恭介さん、グラス。割れるから勘弁して」
ピシリと音がしたようなしないような。
枝豆をつまんだところで不穏な音がし、慌てて彼に向き直るも、表情は変わらなかった。
世の父親って、みんなこんな……じゃねぇよな。
少なくとも、うちの親父は羽織にそこまで執着を見せてない。
それどころか、最近では副担任になった祐恭のことをむしろ彼氏候補に願っているような発言さえ出ている。
……まぁ、親ひとり子ひとりだもんな。
小さいころから、ずっとふたり水入らず状態だったし、しょうがねぇんだろ。このふたりにとっては。
「てか、恭介さんは付き合ったりしねぇの?」
「今のところ予定はないな」
「それは、葉月がいるから?」
「いや。どちらかというと、置いてきたからだ」
「……置いてきた?」
葉月の話から遠ざかったほうが確実にいいとふんでシフトすると、案の定彼はまず表情を変えた。
柔和そうな顔つきで箸を手に、白身魚のマリネをつまむ。
だが、それこそさっきまでよりもざっくりした言い方で、まさに疑問になった。
「いろいろある」
「……うわ、すげぇ怪しい」
「大人だからな」
ニヤリと笑った様は、いかにもイケナイ匂いが漂っていて、それこそ葉月には見せないだろう顔に思えた。
それどころか、いろんなものを彷彿とさせ、より具体的に聞きたくなる。
若いころの遍歴は聞きかじった程度で、すべてを教わったわけじゃない。
が、すげぇ意味ありげじゃん。
これまでもボカさず教えてくれたことばかりだったから、きっとうやむやな答えってことは言うつもりねぇんだろうな。
すっげぇ気になるけど、まぁそこは追々ってことにしとくか。
今後、小出しにだったら引き出せる気がした。
「今は……いや、今年はそれこそ葉月のための年だ。あの子も進学を考えているし、それにあわせてねばならない準備もある」
「あー、大学ね。もう考えて……るよな。そりゃそうか」
18歳、高校最後の年。
羽織でさえここにきて進路を意識しだしたんだから、より精神年齢高そうな葉月ならなおさらだろう。
会わなくなって、もう6年。
大学進学となれば、さらに4年は確実に会わない。
今でさえ会ってもわかんねぇだろうし、10年経ったらさっぱりだろうな。
「まあ、そのときが来たら伝えるさ」
「よろしく」
ざっくりしたやりとりながらも、結局この夜はその程度まで。
だから……何もかも知らなかった。
冗談めかしてツッコミ入れるのも、愛娘の彼氏像に言及するのも、最初で最後になったんだから。
「…………」
「…………」
「孝之。お前、俺に対する誠意が足りないんじゃないか?」
「いや、恭介さんイイモン持ってるじゃん? だから、ヘタなヤツは渡せないっつーか。消え物で勘弁してよ」
3月に完全帰国を果たした恭介さんは6月の第三日曜の本日、1年前には影も形もなかったまさに新妻を伴って茅ヶ崎のじーちゃんちを訪れていた。
それを聞きつけ、当然俺も葉月と一緒に足を向けたものの、テーブルを挟んで正座させられ、まるで説教モード。
つか、俺も恭介さんも客のはずなのに、なんかおかしくね?
主でもあるじーちゃんとばーちゃんは、ふすま1枚隔てた居間でテレビを見ているらしく、ここにはまったくそぐわない笑い声が小さく聞こえてきた。
「それにほら、俺より葉月はきっちり渡してたじゃん。その手帳、ずっと欲しかったヤツなんだって?」
「ああ。前まで使っていたタイプの後継だと話したのを覚えていてくれてな、我が娘ながらさすがだと思うよ」
葉月のことを話題にすると、腕を組んだまま俺を見つめてはいるが、表情が若干和らいだ。
選びに行くとき付き添ったが、葉月はきっちりオプションで恭介さんのイニシャルを刻印までしてもらっていた。
もらった相手がどんなことをしたら喜んでくれるか、常日頃からアンテナ張ってンだろうよ。
マメだなと褒めたが、アイツは笑って『たーくんのほうがマメだよね』つってたけど、それを今口にしたら亡き者にされそうだからやめとく。
「……まさか1年経って、父の日に娘の彼氏からウィスキーをもらうとは思わなかった」
「いや……それは俺も同感」
差し出した箱を開けて中身を取り出し、ラベルを見ながらしみじみ口にする。
まさか恭介さんとの食事の5ヶ月後に単身で葉月が帰国してくるとは思いもしなかったし、次の年の父の日に『父対応』することになるとも想像さえしなかった。
人生って、全然予測つかねぇもんだな。
「まぁいい。それじゃひと口飲むか」
「え。いや俺、車だし」
「なんだと。俺の酒が飲めないのか? 貴様」
「いやいやいや、恭介さんだって車じゃん!」
たちまち視線を鋭くした彼は、さらに舌打ちまでした。
どうやら慌てた声が聞こえたらしく、隣から葉月たちが姿を見せる。
はー……勘弁してくれよ。
先月の母の日に対面したときとは、まるで違う態度で迎え撃たれ、さすがに少しばかり寿命が縮んだ気がした。
あー、私このふたり書いてんの好きなんだなーと改めて思った。
どうでもいい、よもや話。
「孝之。お前、父の日に何か渡したか?」
仕事で横浜に帰国した恭介さんと会ったのは、7月の頭。
たまたま、出張で横浜に行くことになっていたから、連絡を取って夕飯を一緒に食べる約束をした。
今年の父の日はとうに過ぎ、記憶の片隅に追いやっていたころ。
今日は、茅ヶ崎のじーちゃんちへ泊まりらしく、久しぶりに恭介さんと酒を飲めたことが少し嬉しくもあった。
「あー、今年は羽織と一緒に足袋と雪駄渡したけど」
「ほう。それは喜んだだろう」
「まぁね。親父がお袋へ話してたのを、羽織が聞いてたらしくて。小遣いだとちょっと足りないっつーから、カンパした」
当時の俺と違って、アイツはバイトをしてない。
とはいえ、月々の小遣いはきっちり貯金分と使う分でわけてもいるらしく、十分買える額を持っちゃいたが、持ちかけてきたのはなんらかの意図もあるだろうから、素直に乗っておいた。
ちょうど、どうしようか悩んでもいたしな。
お袋はなんでも素直に受け取るが、親父はそこまで単純でもない面がある。
つか、趣味が見えねぇんだよ。
俺と違ってギャンブルもスポーツもピンとこねぇし、釣りをやるわけでもない。
休日は大抵お袋と出かけている……というよりは、足代わりに使われている印象があって、何をあげたらどう反応してくれるのかいまいちわからないってのも素直な感想。
だが、先日渡したプレゼントは嬉しそうに笑ってくれ、ああこの路線で行くのが外れねぇかもなとわかった気はする。
「羽織ももう高校3年か。すっかり年頃だろうが、そうやって気にかけてもらえたら兄貴も嬉しいだろうよ」
「そういう恭介さんは? 葉月になんかもらったの?」
ここ数年会っちゃいないが、アイツは羽織と同い年。
それこそ、恭介さんが今言ったまさに年頃の娘だろうから、昔とは全然違うだろう。
俺が最後に会ったのは、葉月が12歳のとき。
夏休みで一時帰国した葉月と、じーちゃんちで花火した記憶はある。
とはいえ、もう6年前。
羽織でさえ女子高生に見えるんだから、外国育ちのアイツはもっと大人びてる印象を勝手に抱く。
「向こうでは、父の日が9月なんだよ。だから、今年はこれからだな」
「へえ」
「去年もらったのは、このネクタイピンとカフスだ」
そう言うと、恭介さんはどこか誇らしげに親指で示した。
シルバーの一般的なものだが、目は惹かれる。
ものもそうだろうけど、恭介さんの雰囲気がってのもあるんじゃねぇの。
彼ならたとえ、100均の何かを使っていても値段相応には見えない。
「あの子はセンスがあるんだよ。おかげで、商談でも話すきっかけになるし、そこから別の繋がりにも広がるし、ありがたいことだな」
スマフォを取り出した彼が、操作しながら何かを見つけたらしく俺へ差し出した。
そこには、キャンプへ行ったとおぼしき写真が映っている。
日本とは明らかに違う土の色や、くっきりと見える地平線だけでなく、湖の色も違って見える。
……が。
「顔わかんねぇじゃん」
肝心の顔が映ってない。
サングラスをかけていたり、バックショットだったり、髪の長さは十分わかるものの、彼が見せてくれたのはどんだけ育ったのかはっきり把握できない写真ばかりだった。
ま、身体つきは十分わかるけど。
羽織よりもいろいろ育ってるらしいのは、見てわかる。
「まぁ、今年どこかで会うかもな」
「そうなの?」
「かもしれない、程度だ」
ウィスキーのグラスを傾けた彼が、肩をすくめた。
予定は未定と同義じゃね? それって。
まぁいいんだけど。別に。
従妹とはいえすっかり会ってないんだから、直接会ってもわかんねぇかもしれねーし。
それに、葉月がひとりで日本へ来るとはまず考えられない。
恭介さんとセットで帰国するんだろうから、顔がわからなくてもなんら問題ねぇだろ。
「葉月、彼氏とかいんの?」
「…………」
「……え、俺なんか悪いこと言った?」
イカのフリッターをつまんだところで突然舌打ちされ、さすがに眉が寄る。
恭介さんが、小さいころから葉月を溺愛してるのは知ってるが、まさかそのレベルとは思わなかった。
つか、それこそ日本よりあっちのほうがよほどオープンな印象があるから、単なる好奇心で聞いただけ。
……うわ。
さっきまでの大変人柄のよさそうかつ、MAXで対人スキル高そうな人の真逆を行く顔をされ、ごくりと喉が鳴る。
「……周りの連中にも聞かれるが、気分はよくない」
「でも、葉月だってもう18じゃん。好きなやつとかいねぇの?」
「今のところ面と向かって言われたことはないな」
まぁ、それもそうか。
羽織がお袋とそういう話はしてそうだけど、親父にするかつったらなさそうだしな。
「葉月が、どうしても俺に紹介したいヤツができたなら、もちろん会うし話もする。選考するわけじゃないが、せめて納得できる男でなければ手離したくはない」
「へえ。そんな?」
「お前は最近会ってないからわからないんだろうが、会えば確実に納得するぞ。うちの娘は世界一だと思っている」
「あー……なるほど」
ガチの顔すね。
普段、彼はそこまで固執するタチじゃないと思っていた。
つってもま、こうして年に数回会ったりメッセージのやり取りをする程度の相手。
俺だって、恭介さんの何を知ってると聞かれても明確には言えないが、ひとり娘とはいえ葉月にある種の執着にも似た感情を抱いていることは、やっぱり意外なんだよな。
「じゃあ、突然彼氏連れてくるかもしんねぇんだ」
「…………」
「恭介さん、グラス。割れるから勘弁して」
ピシリと音がしたようなしないような。
枝豆をつまんだところで不穏な音がし、慌てて彼に向き直るも、表情は変わらなかった。
世の父親って、みんなこんな……じゃねぇよな。
少なくとも、うちの親父は羽織にそこまで執着を見せてない。
それどころか、最近では副担任になった祐恭のことをむしろ彼氏候補に願っているような発言さえ出ている。
……まぁ、親ひとり子ひとりだもんな。
小さいころから、ずっとふたり水入らず状態だったし、しょうがねぇんだろ。このふたりにとっては。
「てか、恭介さんは付き合ったりしねぇの?」
「今のところ予定はないな」
「それは、葉月がいるから?」
「いや。どちらかというと、置いてきたからだ」
「……置いてきた?」
葉月の話から遠ざかったほうが確実にいいとふんでシフトすると、案の定彼はまず表情を変えた。
柔和そうな顔つきで箸を手に、白身魚のマリネをつまむ。
だが、それこそさっきまでよりもざっくりした言い方で、まさに疑問になった。
「いろいろある」
「……うわ、すげぇ怪しい」
「大人だからな」
ニヤリと笑った様は、いかにもイケナイ匂いが漂っていて、それこそ葉月には見せないだろう顔に思えた。
それどころか、いろんなものを彷彿とさせ、より具体的に聞きたくなる。
若いころの遍歴は聞きかじった程度で、すべてを教わったわけじゃない。
が、すげぇ意味ありげじゃん。
これまでもボカさず教えてくれたことばかりだったから、きっとうやむやな答えってことは言うつもりねぇんだろうな。
すっげぇ気になるけど、まぁそこは追々ってことにしとくか。
今後、小出しにだったら引き出せる気がした。
「今は……いや、今年はそれこそ葉月のための年だ。あの子も進学を考えているし、それにあわせてねばならない準備もある」
「あー、大学ね。もう考えて……るよな。そりゃそうか」
18歳、高校最後の年。
羽織でさえここにきて進路を意識しだしたんだから、より精神年齢高そうな葉月ならなおさらだろう。
会わなくなって、もう6年。
大学進学となれば、さらに4年は確実に会わない。
今でさえ会ってもわかんねぇだろうし、10年経ったらさっぱりだろうな。
「まあ、そのときが来たら伝えるさ」
「よろしく」
ざっくりしたやりとりながらも、結局この夜はその程度まで。
だから……何もかも知らなかった。
冗談めかしてツッコミ入れるのも、愛娘の彼氏像に言及するのも、最初で最後になったんだから。
「…………」
「…………」
「孝之。お前、俺に対する誠意が足りないんじゃないか?」
「いや、恭介さんイイモン持ってるじゃん? だから、ヘタなヤツは渡せないっつーか。消え物で勘弁してよ」
3月に完全帰国を果たした恭介さんは6月の第三日曜の本日、1年前には影も形もなかったまさに新妻を伴って茅ヶ崎のじーちゃんちを訪れていた。
それを聞きつけ、当然俺も葉月と一緒に足を向けたものの、テーブルを挟んで正座させられ、まるで説教モード。
つか、俺も恭介さんも客のはずなのに、なんかおかしくね?
主でもあるじーちゃんとばーちゃんは、ふすま1枚隔てた居間でテレビを見ているらしく、ここにはまったくそぐわない笑い声が小さく聞こえてきた。
「それにほら、俺より葉月はきっちり渡してたじゃん。その手帳、ずっと欲しかったヤツなんだって?」
「ああ。前まで使っていたタイプの後継だと話したのを覚えていてくれてな、我が娘ながらさすがだと思うよ」
葉月のことを話題にすると、腕を組んだまま俺を見つめてはいるが、表情が若干和らいだ。
選びに行くとき付き添ったが、葉月はきっちりオプションで恭介さんのイニシャルを刻印までしてもらっていた。
もらった相手がどんなことをしたら喜んでくれるか、常日頃からアンテナ張ってンだろうよ。
マメだなと褒めたが、アイツは笑って『たーくんのほうがマメだよね』つってたけど、それを今口にしたら亡き者にされそうだからやめとく。
「……まさか1年経って、父の日に娘の彼氏からウィスキーをもらうとは思わなかった」
「いや……それは俺も同感」
差し出した箱を開けて中身を取り出し、ラベルを見ながらしみじみ口にする。
まさか恭介さんとの食事の5ヶ月後に単身で葉月が帰国してくるとは思いもしなかったし、次の年の父の日に『父対応』することになるとも想像さえしなかった。
人生って、全然予測つかねぇもんだな。
「まぁいい。それじゃひと口飲むか」
「え。いや俺、車だし」
「なんだと。俺の酒が飲めないのか? 貴様」
「いやいやいや、恭介さんだって車じゃん!」
たちまち視線を鋭くした彼は、さらに舌打ちまでした。
どうやら慌てた声が聞こえたらしく、隣から葉月たちが姿を見せる。
はー……勘弁してくれよ。
先月の母の日に対面したときとは、まるで違う態度で迎え撃たれ、さすがに少しばかり寿命が縮んだ気がした。
父の日その1
2020.06.21
父の日その1。
時間があったら、その2あげますー。
「瀬那先生、ペンありがとうございました」
「ああ、そうだったな。忘れていたよ」
3時限目が終わり、職員室手前の廊下を曲がったところで、ちょうど彼と出くわした。
今朝、職員会議でお借りしたボールペンは、金の矢羽がついているしっかりした重さのあるもので。
普段俺が使っている、プラスチックのものとはまるで違い、かなり書き心地はよかった。
「それ、使いやすいですね」
「そう言ってもらえたら嬉しいよ」
重さがあるぶん、書くときに安定するのかもしれない。
角度もつけやすかったし、ペンによって字がうける影響は少なからずあるんだとわかった。
「この間の父の日、娘にもらったんだよ」
「へえ。それは嬉しいですね」
「反抗期があってもよさそうなんだが、孝之を見ていたのかなくてね。いいのか悪いのか、少し心配もある」
「お嬢さんって……今、おいくつでしたっけ?」
「今年、高校2年になったよ」
にっこり笑った彼は、受け取ったボールペンをしげしげ見つめるとどこか嬉しそうに笑った。
父の日にもらったということは、まさについ先日か。
……へえ。
高校2年生のお嬢さんがくれたとあれば、当然嬉しいだろう。
うちの父親も妹からのプレゼントは思い入れが違うらしく、そういえば先日形ばかりの父の日を渡しに行ったら、もらったというウィスキーをそれはそれは大切そうに飲んでいた。
「祐恭君は会ったことがなかったか?」
「普段、孝之としか会わないんで。高校時代にお邪魔したときは、何度かすれ違った気がするんですけれど」
孝之の家であり瀬那先生のご自宅へ伺ったのは、それこそ高校時代まで。
大学に入ってからは俺がひとり暮らしを始めたこともあり、逆にアイツが来ることが増えた。
泊める予定じゃなかったのに、酔い潰れて布団じゃないところで寝ることもザラ。
俺の家なのにアイツの私物がたまにあって、意味がわからないことも割と多かった気はする。
「かわいいお嬢さんなんでしょうね」
「はは、少し幼い気はするがね。この間も、食事に誘ったら嬉しそうについてくるもんだから、逆にいいのかと迷いもしたよ」
「いいじゃないですか。仲がいい証拠だと思いますよ」
「そうかね? 年頃だし、付き合いのある子がいるのかどうかはわからないが、いつまでも男親と当たり前のように歩くのもどうかと心配にはなるもんだよ」
苦笑を浮かべてはいるが、エピソードを話してくれる彼はとても嬉しそうだった。
かわいいんだろうな、きっと。
見た目がどうこうではなく、存在そのものが。
父親と距離を取りたがる娘の話はよく聞くが、逆は逆で微笑ましい気はするけどね。
俺にはわからないけど、でも、アリだとは思う。
娘といい関係性なのは、彼とお袋さんとの関係も影響しているだろうから。
「まぁ、今度家に来ることがあったら紹介するよ」
「そのときは、手土産用意しますね」
「はは。あの子も孝之と一緒で甘いものが好きだから、それは喜ぶな」
からから笑った彼に頭を下げ、次の担当クラスへ向かう。
今日は、先日のテスト返却と解答の説明。
椅子に座ったままではないが、気持ちとしては普段よりも穏やかな時間にはなりそうだ。
……にしても、瀬那先生のお嬢さんってことは、あの孝之の妹ってことだろ?
見た目はわからないが、なかなか現実的な子なんじゃないのか。
いやしかし、反抗期がなくて幼いとも言ってたしな……ちょっと見てみたい気はする。
「……まぁ、なかなか機会はないだろうけど」
勝手に思い描いた想像図を払うように首を振ると、改めて『ないな』とひとりごちていた。
「……えっと……なんですか?」
「いや、おいしそうに食べるなと思って」
6月の第3日曜の昼過ぎ。
手土産として一緒に選んだデザートながらも、羽織は幸せそうにスフレへスプーンを伸ばした。
今日は父の日。
瀬那先生にはこの時間からお邪魔することを伝えていたからか、お袋さんと一緒にきっちり待ってくれていた。
孝之は出かけているらしく、姿はない。
ってことは……まぁ、“父の日“だもんな。
アイツはアイツできっちり義務を果たしてるんだろう。
「そういえば、去年の父の日って何あげたの?」
「去年は、お兄ちゃんにも協力してもらって足袋と雪駄のセットにしたんです」
「へぇ。いいところに目をつけるね」
「お父さん、いろいろ持ってるからどうしようかなぁって思ったんですけれど、そういえばほつれが……ってお母さんに話してるのを聞いて。すっごく喜んでもらえたんですよ」
だろうね。
かなり嬉しそうに笑うのを見て、こっちまで笑みがうつる。
彼の使っている弓具は、かなり物がいい。
が、足袋と雪駄はそれこそ消耗品でもあるし、いくつあっても困りはしないんじゃないか。
足元って、結構見られるしね。
……俺も気をつけよう。
「一昨年は、ボールペンあげたでしょ」
「え?」
「金の矢羽がついてる、シルバーのやつ」
今、リビングには瀬那先生とお袋さんの姿はない。
お袋さんは来客対応をしていて、瀬那先生はスマフォにかかってきた電話対応のため先ほど別の部屋へ向かった。
だから、くしくもふたりきり。
少しだけ羽織へ顔を寄せると、それはそれは不思議そうにまばたいた。
「祐恭さん、どうして知ってるんですか?」
「そのボールペン、借りたことがあるんだよ。で、そのとき初めて、瀬那先生のお嬢さんが高校2年生だって知った」
「そうなんですか!?」
今からちょうど2年前。
俺たちがこうして出会う以前ながらも、間接的には触れていたんだとわかり、素直に嬉しかった。
あのときとは違い、彼女はもう大学生になっている。
月日の経つのは……というよりも、俺と個人的な繋がりができたことは、改めてすごいなと思うよ。
「想像してたより、ずっとかわいかった」
「かわいいって……何がですか?」
「父の日にボールペンをプレゼントしたり、一緒にご飯食べに行ったりしてくれる、瀬那先生のお嬢さん」
「…………」
「…………」
「っえ、私!?」
「君以外にいないだろ」
にっこり笑って褒めたつもりだったのに、羽織は目を丸くした。
あのとき想像したお嬢さんは、目の前の彼女とはまるで違う。
孝之を元にイメージしたから、目元も口元も全然。
むしろ、キツい印象を勝手に抱いたが、180度違うから本当に驚いたよ。
……こんなに素直でいい子とはね。
そりゃ、いろんな意味で心配になるわけだ。
「瀬那先生が父になるなんて、あのときは想像もしなかった」
「……祐恭さん……」
「しかもこんなにかわいい子で、想像した以上にハマるなんてね」
まだ、ふたりが戻らないのをいいことに、そっと頬へ手を伸ばす。
困ったような顔なのに、確実に喜んでくれている気はして。
結ばれた唇に、つい視線は移る。
ふとしたタイミングで、うっかりキスしそうな程度には“欲しい“相手そのもの。
2年前とはまるで違う想いを抱くことになるなんて、人生はどこでどうなるか本当にわからないものだな。
「っ……」
「続きはまたあとでね」
「もぅ……顔赤くなっちゃうじゃないですか」
「大丈夫。かわいいから」
そっと引き寄せ、触れるだけのキスをすると、すぐここで困ったように……でもやっぱり嬉しそうに笑う。
そういう顔してくれるから、もっと手を出したくなるってわかってないんだろうな。きっと。
素直で純粋なイメージは、今のほうが当時よりももっと強い。
そういう意味では、変わらないものもあるんだな。
頬へ手を当てた彼女を笑ったら、ちょうどご両親が揃ってリビングへ戻ってくるところだった。
時間があったら、その2あげますー。
「瀬那先生、ペンありがとうございました」
「ああ、そうだったな。忘れていたよ」
3時限目が終わり、職員室手前の廊下を曲がったところで、ちょうど彼と出くわした。
今朝、職員会議でお借りしたボールペンは、金の矢羽がついているしっかりした重さのあるもので。
普段俺が使っている、プラスチックのものとはまるで違い、かなり書き心地はよかった。
「それ、使いやすいですね」
「そう言ってもらえたら嬉しいよ」
重さがあるぶん、書くときに安定するのかもしれない。
角度もつけやすかったし、ペンによって字がうける影響は少なからずあるんだとわかった。
「この間の父の日、娘にもらったんだよ」
「へえ。それは嬉しいですね」
「反抗期があってもよさそうなんだが、孝之を見ていたのかなくてね。いいのか悪いのか、少し心配もある」
「お嬢さんって……今、おいくつでしたっけ?」
「今年、高校2年になったよ」
にっこり笑った彼は、受け取ったボールペンをしげしげ見つめるとどこか嬉しそうに笑った。
父の日にもらったということは、まさについ先日か。
……へえ。
高校2年生のお嬢さんがくれたとあれば、当然嬉しいだろう。
うちの父親も妹からのプレゼントは思い入れが違うらしく、そういえば先日形ばかりの父の日を渡しに行ったら、もらったというウィスキーをそれはそれは大切そうに飲んでいた。
「祐恭君は会ったことがなかったか?」
「普段、孝之としか会わないんで。高校時代にお邪魔したときは、何度かすれ違った気がするんですけれど」
孝之の家であり瀬那先生のご自宅へ伺ったのは、それこそ高校時代まで。
大学に入ってからは俺がひとり暮らしを始めたこともあり、逆にアイツが来ることが増えた。
泊める予定じゃなかったのに、酔い潰れて布団じゃないところで寝ることもザラ。
俺の家なのにアイツの私物がたまにあって、意味がわからないことも割と多かった気はする。
「かわいいお嬢さんなんでしょうね」
「はは、少し幼い気はするがね。この間も、食事に誘ったら嬉しそうについてくるもんだから、逆にいいのかと迷いもしたよ」
「いいじゃないですか。仲がいい証拠だと思いますよ」
「そうかね? 年頃だし、付き合いのある子がいるのかどうかはわからないが、いつまでも男親と当たり前のように歩くのもどうかと心配にはなるもんだよ」
苦笑を浮かべてはいるが、エピソードを話してくれる彼はとても嬉しそうだった。
かわいいんだろうな、きっと。
見た目がどうこうではなく、存在そのものが。
父親と距離を取りたがる娘の話はよく聞くが、逆は逆で微笑ましい気はするけどね。
俺にはわからないけど、でも、アリだとは思う。
娘といい関係性なのは、彼とお袋さんとの関係も影響しているだろうから。
「まぁ、今度家に来ることがあったら紹介するよ」
「そのときは、手土産用意しますね」
「はは。あの子も孝之と一緒で甘いものが好きだから、それは喜ぶな」
からから笑った彼に頭を下げ、次の担当クラスへ向かう。
今日は、先日のテスト返却と解答の説明。
椅子に座ったままではないが、気持ちとしては普段よりも穏やかな時間にはなりそうだ。
……にしても、瀬那先生のお嬢さんってことは、あの孝之の妹ってことだろ?
見た目はわからないが、なかなか現実的な子なんじゃないのか。
いやしかし、反抗期がなくて幼いとも言ってたしな……ちょっと見てみたい気はする。
「……まぁ、なかなか機会はないだろうけど」
勝手に思い描いた想像図を払うように首を振ると、改めて『ないな』とひとりごちていた。
「……えっと……なんですか?」
「いや、おいしそうに食べるなと思って」
6月の第3日曜の昼過ぎ。
手土産として一緒に選んだデザートながらも、羽織は幸せそうにスフレへスプーンを伸ばした。
今日は父の日。
瀬那先生にはこの時間からお邪魔することを伝えていたからか、お袋さんと一緒にきっちり待ってくれていた。
孝之は出かけているらしく、姿はない。
ってことは……まぁ、“父の日“だもんな。
アイツはアイツできっちり義務を果たしてるんだろう。
「そういえば、去年の父の日って何あげたの?」
「去年は、お兄ちゃんにも協力してもらって足袋と雪駄のセットにしたんです」
「へぇ。いいところに目をつけるね」
「お父さん、いろいろ持ってるからどうしようかなぁって思ったんですけれど、そういえばほつれが……ってお母さんに話してるのを聞いて。すっごく喜んでもらえたんですよ」
だろうね。
かなり嬉しそうに笑うのを見て、こっちまで笑みがうつる。
彼の使っている弓具は、かなり物がいい。
が、足袋と雪駄はそれこそ消耗品でもあるし、いくつあっても困りはしないんじゃないか。
足元って、結構見られるしね。
……俺も気をつけよう。
「一昨年は、ボールペンあげたでしょ」
「え?」
「金の矢羽がついてる、シルバーのやつ」
今、リビングには瀬那先生とお袋さんの姿はない。
お袋さんは来客対応をしていて、瀬那先生はスマフォにかかってきた電話対応のため先ほど別の部屋へ向かった。
だから、くしくもふたりきり。
少しだけ羽織へ顔を寄せると、それはそれは不思議そうにまばたいた。
「祐恭さん、どうして知ってるんですか?」
「そのボールペン、借りたことがあるんだよ。で、そのとき初めて、瀬那先生のお嬢さんが高校2年生だって知った」
「そうなんですか!?」
今からちょうど2年前。
俺たちがこうして出会う以前ながらも、間接的には触れていたんだとわかり、素直に嬉しかった。
あのときとは違い、彼女はもう大学生になっている。
月日の経つのは……というよりも、俺と個人的な繋がりができたことは、改めてすごいなと思うよ。
「想像してたより、ずっとかわいかった」
「かわいいって……何がですか?」
「父の日にボールペンをプレゼントしたり、一緒にご飯食べに行ったりしてくれる、瀬那先生のお嬢さん」
「…………」
「…………」
「っえ、私!?」
「君以外にいないだろ」
にっこり笑って褒めたつもりだったのに、羽織は目を丸くした。
あのとき想像したお嬢さんは、目の前の彼女とはまるで違う。
孝之を元にイメージしたから、目元も口元も全然。
むしろ、キツい印象を勝手に抱いたが、180度違うから本当に驚いたよ。
……こんなに素直でいい子とはね。
そりゃ、いろんな意味で心配になるわけだ。
「瀬那先生が父になるなんて、あのときは想像もしなかった」
「……祐恭さん……」
「しかもこんなにかわいい子で、想像した以上にハマるなんてね」
まだ、ふたりが戻らないのをいいことに、そっと頬へ手を伸ばす。
困ったような顔なのに、確実に喜んでくれている気はして。
結ばれた唇に、つい視線は移る。
ふとしたタイミングで、うっかりキスしそうな程度には“欲しい“相手そのもの。
2年前とはまるで違う想いを抱くことになるなんて、人生はどこでどうなるか本当にわからないものだな。
「っ……」
「続きはまたあとでね」
「もぅ……顔赤くなっちゃうじゃないですか」
「大丈夫。かわいいから」
そっと引き寄せ、触れるだけのキスをすると、すぐここで困ったように……でもやっぱり嬉しそうに笑う。
そういう顔してくれるから、もっと手を出したくなるってわかってないんだろうな。きっと。
素直で純粋なイメージは、今のほうが当時よりももっと強い。
そういう意味では、変わらないものもあるんだな。
頬へ手を当てた彼女を笑ったら、ちょうどご両親が揃ってリビングへ戻ってくるところだった。