Let‘s share the pudding?
2019.06.10
「……プリンアラモードフラペチーノ」
買い物でショッピングモールへ出かけたとき、目に入ったかわいらしいポスターで足が止まる。
プリンといえば真っ先に思いうかぶのは、彼。
ううん、彼ら、かな。
ふたりとも、プリン好きなんだよね。
この間も、かぼちゃプリンを作ったら割と早めになくなっていた。
おやつはもう食べない年齢かなと思っていたけれど、特に関係ないらしく、作ったものを食べてもらえるのは素直に嬉しかった。
「あれ。葉月ちゃん」
「え?」
名前を呼ばれて振り返ると、そこには田代先生がいた。
手には、アイスコーヒーが握られている。
このお店のマークが入っているから、きっと今買ったんだろう。
「こんにちは。お買い物ですか?」
「うん。葉月ちゃんは? ひとり?」
「いえ、たーくんは今、本屋さんへ行っているんです」
そういう田代先生のそばに、絵里ちゃんはいなかった。
でも、女性ブランドのショップバッグを持っているから、一緒なんだろうな。
「甘いの好き?」
「飲みたくなっちゃいますね。田代先生は、甘いものは飲まないですか?」
「そーだなー。基本、飲まないかな。なんか、喉乾くっていうか」
「それはありますね」
これまでも、田代先生が甘い何かを口にしているところを見ることはほとんどなかった。
それを言ったら、瀬尋先生もそうかな。
私のそばにいる彼だけは、なんでも好んでいるとは思うけれど。
「 ……葉月ちゃん、夕飯何にする?」
「今日は、ビーフシチューがいいと言われたので、それにします」
「あー、いいね。それでワインか」
「はい」
エコバッグから見えていたらしく、ワインボトルを見た彼がうなずいた。
そうなの。だから、たーくんは本屋さんへ行くのを後回しにしてくれた。
ひとりで平気だよって言った途端、『お前じゃ酒買えねぇだろ』と言われて、一瞬思い当たらなかったあたりちょっと失格かな。
いくら料理に使うとはいえ、買わせてもらえないもんね。
「田代先生は何にするんですか?」
「新じゃがたくさんもらったんだけどさ、ふたりだとなかなか使いきれないんだよ。そのままバター乗せて塩で食べるのが一番うまいと思うんだけど、どっかのやつは味がないだのなんだのってうるさくて」
「あ。ガーリックバターもおいしいですよ?」
「ガーリックって……トーストなんかにする、あれ?」
「はい。この時期、バターはすぐ柔らかくなるので、にんにくとパセリと合わせたら何にでも使えますよ」
「なるほどねー」
近くにあったベンチへ腰かけながら話すのは、料理について。
いつだったか、田代先生がレシピサイトを見ていたのを知り、それから話すようになった。
共通の、ある意味趣味かもしれない。
この間教えてもらった簡単ローストビーフは、みんなに好評だった。
「あら、かわいい子ナンパしやがってと思ったら、葉月ちゃんだったのね」
「こんにちは。絵里ちゃんは……それおいしいよね」
「よねー! さすが葉月ちゃん、趣味合うわー」
どうやら違うお店に行っていたらしく、彼女が持っていたのはチョコレート専門店のドリンクだった。
粒の大きなチョコレートが溶け込んでいて、絞られているホイップクリームにもチョコレートソースがかかっている。
「たっきゅんは?」
「ふふ。本屋さんにいるよ」
「ほんと、本好きなのね。いやー知的だわー。どっかの人と違うわー」
「…………」
「あれ。聞こえなかった? 本じゃなくて雑誌しか読まない人」
「お前だって教科書しか読まないだろ」
「っさいわね」
「お互い様」
いつからか、絵里ちゃんはたーくんをそう呼ぶようになっていた。
彼自身もそれは知っているけれど、都度、訂正は求めているらしい。
らしい、というのは最近はめっきり聞かなくなったからだけど。
「っ……つめた」
「珍しいとこで会いますね」
「あら、噂をすれば」
ひんやりとしたものが頭の上へ載せられたかと思いきや、たーくんの声も降ってきた。
首をかしげると、彼の手にはーーああ、やっぱり。
すぐそこのポスターにある、プリンアラモードがある。
「噂? 俺の?」
「そーそ。って、本買わなかったんですか?」
「立ち読み」
「……ふ」
「何よ」
「別に」
あっさりたーくんが言い放った瞬間、ずず、と音を立てて田代先生がコーヒーを飲みきった。
ストローを噛んだまま眉を寄せた彼女は、なかば睨んでいたものの、何も言わず。
理由を知らないたーくんだけが、不思議そうにしていた。
「期待を裏切らないでください」
「いや、そう言われても。つか、普段自腹で本買わないんだって。読みたいハードカバーとかは、個人的にリクエストと称して経費購入」
「え、そうなの?」
「バラすなよ」
「言わないけれど、それって……いいの?」
「仕事してンし、今のとこどこからも文句言われねーからな。暗黙のルールなんじゃね?」
肩をすくめた彼に眉を寄せるも、さも当然の顔でさらりと返された。
いいのかなぁ。
どうりで、いろんな本を読んで内容も知ってるのに、実物が家にないと思った。
まあ……たーくんだから、許してもらえてる部分もあるんだろうな。
真面目にお仕事してるもんね。
「あ、うま」
「プリン?」
「がっつり」
ひとくち飲んだたーくんが、まじまじとカップを見つめた。
いかにもプリン色の飲み物。
カラメルと生クリームのコントラストに、ピンク色のさくらんぼがトッピングされていて、見た目もかわいい。
ふふ。たーくん、飲みたいものはきっちり自分で手に入れるもんね。
「いいの?」
「飲むだろ?」
「ん。ありがとう」
ひとくち味見したかったなと思っていたら、通じたのか差し出された。
少し太めのストローに口づけると、まさにプリンの味が広がって頬が緩む。
「おいしい……」
「だろ」
「うん。羽織も好きそうだね」
「かもな」
たーくんへカップを戻すと、『あ』と言って蓋を外した。
何をするのかと思いきや、添えられていたさくらんぼの茎をつまむ。
「え?」
「いや、さすがに俺食わねーし」
「嫌いじゃないでしょう?」
「そーゆー問題じゃねぇんだよ。イメージの問題」
イメージ。
どういうことかピンとは来なかったものの、差し出されて口を開くと、そのまま食べさせられた。
生とは違う、缶詰のさくらんぼの味。
でも、小さいころ食べたプリンアラモードの思い出が蘇るから、これはこれでおいしく感じる。
「ん、ごちそうさま」
カップを包んでいたナフキンを差し出され、茎と一緒に種を包む。
すると、私を見ていたたーくんが、ふいに視線をずらしたかと思いきや、また『あ』と呟いた。
「…………」
「…………」
「いや、これは……なんつーか、うっかり……」
「つい、ってやつ?」
「それそれ」
ちゅー、とドリンクを飲んだままの絵里ちゃんが、まっすぐにたーくんを見つめた。
隣に座っている田代先生は、まるで微笑ましい何かでも見つけたかのように、とても優しい顔をしてしきりに頷いている。
そんなふたりを見てか、たーくんは慌てたように『違う』を連呼していた。
「どう思う? これって無意識よね?」
「当然だろ。じゃなきゃ、俺たちの前でやらない」
「てことは、普段お家でこーゆーやりとりが繰り広げられてるってことね」
「いやー、家じゃもっとがっつり葉月ちゃんにーー」
「うっわ、すっげぇ誤解!」
ひそひそと話し合う絵里ちゃんと田代先生は、まるで秘密の話でもするかのように顔を寄せ合っていた。
なぜかたーくんが慌てているけれど、理由はちょっとわからない。
でもーー。
「え? っ……」
「ふふ。付いてるよ」
絵里ちゃんの頬に付いていたチョコレートシロップをハンカチで拭うと、目を丸くしたかと思いきや、田代先生も同じような顔をした。
彼女にいたっては、ちょっぴり頬が赤くなったかのようにも見える。
「…………」
「…………」
「え?」
「いけない……いけないわ、このカップル! 無意識のたらしよ!!」
「うわ、やばい。気に当てられる」
「え?」
「……どーゆー設定っすか」
がばっとのけぞったふたりは、立ち上がって私たちから逃げるかのように両手を前へ出した。
たーくんだけは意味がわかっているようでため息をついたけれど、ちょっとよく状況が飲み込めない。
でも……あまりにも仲の良さそうなふたりを見て、思わず笑みが浮かんだ。
「ふたりとも、本当に仲いいですね」
「えぇ!? 今のどこを見たらそうなるの!?」
「いやいやいや、俺たちよかよっぽど、葉月ちゃんたちのほうが仲いいと思うけど!」
目を丸くして否定するふたりは、まったく同じタイミングで反応した。
ふふ。そういうところなんだけどな。
顔を見合わせたふたりを見て、私もついたーくんへ視線が向かう。
「……ん」
「緩くなると味薄まるな」
「そうかな? それでも、結構甘めだね」
「まーな」
ストローごと差し出され、最後にひとくち。
飲みたいってつもりじゃなかったんだけど、でも、おいしかった。
「まだ見ンとこあるか?」
「ううん、もう大丈夫」
ちょうど空になった容器をゴミ箱へ入れたところで、田代先生たちも立ち上がった。
ものの、さっきまでと同じようにニヤリとした笑みをそろって浮かべている。
「ごちそーさま、葉月ちゃん」
「え? えっと、私は何も……」
「……純也さん、無言でそのジェスチャー勘弁してください」
ふたりとも、楽しそうだなぁ。
田代先生にいたっては、うんうんとうなずきながら親指を立てており、とても満足げな表情を浮かべていた。
「またね、葉月ちゃん」
「やー、いいもの見たって祐恭君にも伝えとく」
「……はー」
こめかみに手を当てたたーくんは、さておき。
ふたりへ手を振ると、それはそれは楽しそうに笑ってから、違う方向へと歩き始めた。
「ご馳走さま」
「あ? ひとくちだろ」
「でも、飲んでみたいなって思ったから、嬉しかったの」
たーくんへお礼を伝えると、意外そうな顔をしたあとで『お前律儀だよな』と言われた。
そんな自覚はないけれど、そう思ってもらえるならば、まだいいのかな。
無礼じゃないって思ってもらえてるなら。
「次の限定フレーバーはなんだと思う?」
「さー。別に、限定のたび飲んでるわけじゃねぇからな」
「そうなの?」
「今回はたまたま。飲みたい味と、そーでもないやつと差がある」
そうは言うけれど、車のドリンクホルダーに残ったままになってることなかったかな?
ぱっと見てすぐにわかるロゴだけに、印象が強いのかもしれない。
「おいしかったね」
「そーだな。満足した」
にっこり笑うと、彼らしい笑みで頷かれ、それを見れたことが嬉しかった。
こんなふうに、ひとつの飲み物をシェアできる関係になれるなんて、小さいころの……ううん、去年までの私は知らなかったこと。
とっても嬉しい。
やっぱり未来は、私にとってすてきなことばかり待っていてくれそうだ。
歩き始めてすぐ、当たり前のように手を差し出してくれたのが嬉しくて、両手を重ねていた。
買い物でショッピングモールへ出かけたとき、目に入ったかわいらしいポスターで足が止まる。
プリンといえば真っ先に思いうかぶのは、彼。
ううん、彼ら、かな。
ふたりとも、プリン好きなんだよね。
この間も、かぼちゃプリンを作ったら割と早めになくなっていた。
おやつはもう食べない年齢かなと思っていたけれど、特に関係ないらしく、作ったものを食べてもらえるのは素直に嬉しかった。
「あれ。葉月ちゃん」
「え?」
名前を呼ばれて振り返ると、そこには田代先生がいた。
手には、アイスコーヒーが握られている。
このお店のマークが入っているから、きっと今買ったんだろう。
「こんにちは。お買い物ですか?」
「うん。葉月ちゃんは? ひとり?」
「いえ、たーくんは今、本屋さんへ行っているんです」
そういう田代先生のそばに、絵里ちゃんはいなかった。
でも、女性ブランドのショップバッグを持っているから、一緒なんだろうな。
「甘いの好き?」
「飲みたくなっちゃいますね。田代先生は、甘いものは飲まないですか?」
「そーだなー。基本、飲まないかな。なんか、喉乾くっていうか」
「それはありますね」
これまでも、田代先生が甘い何かを口にしているところを見ることはほとんどなかった。
それを言ったら、瀬尋先生もそうかな。
私のそばにいる彼だけは、なんでも好んでいるとは思うけれど。
「 ……葉月ちゃん、夕飯何にする?」
「今日は、ビーフシチューがいいと言われたので、それにします」
「あー、いいね。それでワインか」
「はい」
エコバッグから見えていたらしく、ワインボトルを見た彼がうなずいた。
そうなの。だから、たーくんは本屋さんへ行くのを後回しにしてくれた。
ひとりで平気だよって言った途端、『お前じゃ酒買えねぇだろ』と言われて、一瞬思い当たらなかったあたりちょっと失格かな。
いくら料理に使うとはいえ、買わせてもらえないもんね。
「田代先生は何にするんですか?」
「新じゃがたくさんもらったんだけどさ、ふたりだとなかなか使いきれないんだよ。そのままバター乗せて塩で食べるのが一番うまいと思うんだけど、どっかのやつは味がないだのなんだのってうるさくて」
「あ。ガーリックバターもおいしいですよ?」
「ガーリックって……トーストなんかにする、あれ?」
「はい。この時期、バターはすぐ柔らかくなるので、にんにくとパセリと合わせたら何にでも使えますよ」
「なるほどねー」
近くにあったベンチへ腰かけながら話すのは、料理について。
いつだったか、田代先生がレシピサイトを見ていたのを知り、それから話すようになった。
共通の、ある意味趣味かもしれない。
この間教えてもらった簡単ローストビーフは、みんなに好評だった。
「あら、かわいい子ナンパしやがってと思ったら、葉月ちゃんだったのね」
「こんにちは。絵里ちゃんは……それおいしいよね」
「よねー! さすが葉月ちゃん、趣味合うわー」
どうやら違うお店に行っていたらしく、彼女が持っていたのはチョコレート専門店のドリンクだった。
粒の大きなチョコレートが溶け込んでいて、絞られているホイップクリームにもチョコレートソースがかかっている。
「たっきゅんは?」
「ふふ。本屋さんにいるよ」
「ほんと、本好きなのね。いやー知的だわー。どっかの人と違うわー」
「…………」
「あれ。聞こえなかった? 本じゃなくて雑誌しか読まない人」
「お前だって教科書しか読まないだろ」
「っさいわね」
「お互い様」
いつからか、絵里ちゃんはたーくんをそう呼ぶようになっていた。
彼自身もそれは知っているけれど、都度、訂正は求めているらしい。
らしい、というのは最近はめっきり聞かなくなったからだけど。
「っ……つめた」
「珍しいとこで会いますね」
「あら、噂をすれば」
ひんやりとしたものが頭の上へ載せられたかと思いきや、たーくんの声も降ってきた。
首をかしげると、彼の手にはーーああ、やっぱり。
すぐそこのポスターにある、プリンアラモードがある。
「噂? 俺の?」
「そーそ。って、本買わなかったんですか?」
「立ち読み」
「……ふ」
「何よ」
「別に」
あっさりたーくんが言い放った瞬間、ずず、と音を立てて田代先生がコーヒーを飲みきった。
ストローを噛んだまま眉を寄せた彼女は、なかば睨んでいたものの、何も言わず。
理由を知らないたーくんだけが、不思議そうにしていた。
「期待を裏切らないでください」
「いや、そう言われても。つか、普段自腹で本買わないんだって。読みたいハードカバーとかは、個人的にリクエストと称して経費購入」
「え、そうなの?」
「バラすなよ」
「言わないけれど、それって……いいの?」
「仕事してンし、今のとこどこからも文句言われねーからな。暗黙のルールなんじゃね?」
肩をすくめた彼に眉を寄せるも、さも当然の顔でさらりと返された。
いいのかなぁ。
どうりで、いろんな本を読んで内容も知ってるのに、実物が家にないと思った。
まあ……たーくんだから、許してもらえてる部分もあるんだろうな。
真面目にお仕事してるもんね。
「あ、うま」
「プリン?」
「がっつり」
ひとくち飲んだたーくんが、まじまじとカップを見つめた。
いかにもプリン色の飲み物。
カラメルと生クリームのコントラストに、ピンク色のさくらんぼがトッピングされていて、見た目もかわいい。
ふふ。たーくん、飲みたいものはきっちり自分で手に入れるもんね。
「いいの?」
「飲むだろ?」
「ん。ありがとう」
ひとくち味見したかったなと思っていたら、通じたのか差し出された。
少し太めのストローに口づけると、まさにプリンの味が広がって頬が緩む。
「おいしい……」
「だろ」
「うん。羽織も好きそうだね」
「かもな」
たーくんへカップを戻すと、『あ』と言って蓋を外した。
何をするのかと思いきや、添えられていたさくらんぼの茎をつまむ。
「え?」
「いや、さすがに俺食わねーし」
「嫌いじゃないでしょう?」
「そーゆー問題じゃねぇんだよ。イメージの問題」
イメージ。
どういうことかピンとは来なかったものの、差し出されて口を開くと、そのまま食べさせられた。
生とは違う、缶詰のさくらんぼの味。
でも、小さいころ食べたプリンアラモードの思い出が蘇るから、これはこれでおいしく感じる。
「ん、ごちそうさま」
カップを包んでいたナフキンを差し出され、茎と一緒に種を包む。
すると、私を見ていたたーくんが、ふいに視線をずらしたかと思いきや、また『あ』と呟いた。
「…………」
「…………」
「いや、これは……なんつーか、うっかり……」
「つい、ってやつ?」
「それそれ」
ちゅー、とドリンクを飲んだままの絵里ちゃんが、まっすぐにたーくんを見つめた。
隣に座っている田代先生は、まるで微笑ましい何かでも見つけたかのように、とても優しい顔をしてしきりに頷いている。
そんなふたりを見てか、たーくんは慌てたように『違う』を連呼していた。
「どう思う? これって無意識よね?」
「当然だろ。じゃなきゃ、俺たちの前でやらない」
「てことは、普段お家でこーゆーやりとりが繰り広げられてるってことね」
「いやー、家じゃもっとがっつり葉月ちゃんにーー」
「うっわ、すっげぇ誤解!」
ひそひそと話し合う絵里ちゃんと田代先生は、まるで秘密の話でもするかのように顔を寄せ合っていた。
なぜかたーくんが慌てているけれど、理由はちょっとわからない。
でもーー。
「え? っ……」
「ふふ。付いてるよ」
絵里ちゃんの頬に付いていたチョコレートシロップをハンカチで拭うと、目を丸くしたかと思いきや、田代先生も同じような顔をした。
彼女にいたっては、ちょっぴり頬が赤くなったかのようにも見える。
「…………」
「…………」
「え?」
「いけない……いけないわ、このカップル! 無意識のたらしよ!!」
「うわ、やばい。気に当てられる」
「え?」
「……どーゆー設定っすか」
がばっとのけぞったふたりは、立ち上がって私たちから逃げるかのように両手を前へ出した。
たーくんだけは意味がわかっているようでため息をついたけれど、ちょっとよく状況が飲み込めない。
でも……あまりにも仲の良さそうなふたりを見て、思わず笑みが浮かんだ。
「ふたりとも、本当に仲いいですね」
「えぇ!? 今のどこを見たらそうなるの!?」
「いやいやいや、俺たちよかよっぽど、葉月ちゃんたちのほうが仲いいと思うけど!」
目を丸くして否定するふたりは、まったく同じタイミングで反応した。
ふふ。そういうところなんだけどな。
顔を見合わせたふたりを見て、私もついたーくんへ視線が向かう。
「……ん」
「緩くなると味薄まるな」
「そうかな? それでも、結構甘めだね」
「まーな」
ストローごと差し出され、最後にひとくち。
飲みたいってつもりじゃなかったんだけど、でも、おいしかった。
「まだ見ンとこあるか?」
「ううん、もう大丈夫」
ちょうど空になった容器をゴミ箱へ入れたところで、田代先生たちも立ち上がった。
ものの、さっきまでと同じようにニヤリとした笑みをそろって浮かべている。
「ごちそーさま、葉月ちゃん」
「え? えっと、私は何も……」
「……純也さん、無言でそのジェスチャー勘弁してください」
ふたりとも、楽しそうだなぁ。
田代先生にいたっては、うんうんとうなずきながら親指を立てており、とても満足げな表情を浮かべていた。
「またね、葉月ちゃん」
「やー、いいもの見たって祐恭君にも伝えとく」
「……はー」
こめかみに手を当てたたーくんは、さておき。
ふたりへ手を振ると、それはそれは楽しそうに笑ってから、違う方向へと歩き始めた。
「ご馳走さま」
「あ? ひとくちだろ」
「でも、飲んでみたいなって思ったから、嬉しかったの」
たーくんへお礼を伝えると、意外そうな顔をしたあとで『お前律儀だよな』と言われた。
そんな自覚はないけれど、そう思ってもらえるならば、まだいいのかな。
無礼じゃないって思ってもらえてるなら。
「次の限定フレーバーはなんだと思う?」
「さー。別に、限定のたび飲んでるわけじゃねぇからな」
「そうなの?」
「今回はたまたま。飲みたい味と、そーでもないやつと差がある」
そうは言うけれど、車のドリンクホルダーに残ったままになってることなかったかな?
ぱっと見てすぐにわかるロゴだけに、印象が強いのかもしれない。
「おいしかったね」
「そーだな。満足した」
にっこり笑うと、彼らしい笑みで頷かれ、それを見れたことが嬉しかった。
こんなふうに、ひとつの飲み物をシェアできる関係になれるなんて、小さいころの……ううん、去年までの私は知らなかったこと。
とっても嬉しい。
やっぱり未来は、私にとってすてきなことばかり待っていてくれそうだ。
歩き始めてすぐ、当たり前のように手を差し出してくれたのが嬉しくて、両手を重ねていた。
月変わってたーー!!!
2019.06.05
そんでもって、明日は鷹塚先生の誕生日です。
はぴばー鷹塚先生!
さておき。
ずーーっと読み込んでいた、genuineの推敲が終わりました。
推敲。
改稿?
そう。改稿。
優菜さんを情緒不安定から、泣き虫へ変更。
綜はますます口数が減り、ほとんどしゃべらない人になりました。
どんまい!
ミハエルさんと東堂さんは、そのままです。
そんなわけで、次はB e。
羽織と祐恭はどうなるかなー。
まあ対して変わりませんが!
ぼちぼちやっていきまーす。
はぴばー鷹塚先生!
さておき。
ずーーっと読み込んでいた、genuineの推敲が終わりました。
推敲。
改稿?
そう。改稿。
優菜さんを情緒不安定から、泣き虫へ変更。
綜はますます口数が減り、ほとんどしゃべらない人になりました。
どんまい!
ミハエルさんと東堂さんは、そのままです。
そんなわけで、次はB e。
羽織と祐恭はどうなるかなー。
まあ対して変わりませんが!
ぼちぼちやっていきまーす。
GO !
2019.05.01
読みなおしをしまーす。
genuineも、Beもthinkも穂澄たちも鷹塚センセも、なんかそのへん全部。
時代にそった、ミニ修正をします(笑)
車も変えるかなー。どうしようかなー。
そんな、ミニ修正を今年やってみます。
それと、おかしなことになってた、ブログの記事の折りたたみを直しました。
タグの打ち方間違ってた(てへぺろ
あとは、100ちゃれ書いてて気づいたんですが、
think読みなおしたせいで、あっち熱がひどい。
とりあえず、孝之と葉月を出したくなる症候群なので、
thinkも整理しつつ、black honeyみたいに、完結後の小話形式でアップしようかなーと。
ネタ帳見つけて、書きたいのがあった(笑)
あとは、恭介と葉月の出会いとかそのへんを、修正して出そうかなぁと。
だいーーぶ昔、extraを出したときに、thinkのダウンロード版用にと書いたものなんですが、
時代の流れとともに法律も変わってて、変更しないとまずいまずい(笑)
あとは、ダウンロード版を出すつもりがなくなったので、そのまま公開します。
やりたいことやるー。
genuineも、Beもthinkも穂澄たちも鷹塚センセも、なんかそのへん全部。
時代にそった、ミニ修正をします(笑)
車も変えるかなー。どうしようかなー。
そんな、ミニ修正を今年やってみます。
それと、おかしなことになってた、ブログの記事の折りたたみを直しました。
タグの打ち方間違ってた(てへぺろ
あとは、100ちゃれ書いてて気づいたんですが、
think読みなおしたせいで、あっち熱がひどい。
とりあえず、孝之と葉月を出したくなる症候群なので、
thinkも整理しつつ、black honeyみたいに、完結後の小話形式でアップしようかなーと。
ネタ帳見つけて、書きたいのがあった(笑)
あとは、恭介と葉月の出会いとかそのへんを、修正して出そうかなぁと。
だいーーぶ昔、extraを出したときに、thinkのダウンロード版用にと書いたものなんですが、
時代の流れとともに法律も変わってて、変更しないとまずいまずい(笑)
あとは、ダウンロード版を出すつもりがなくなったので、そのまま公開します。
やりたいことやるー。
Be with 0話 公開
2019.05.01
令和元年おめでとうございます!
というわけで、0話公開。
「ーーだから、黒だっつってんだろ」
いつもより遅い時間というよりは、春休みのほぼ定刻となった10時少し過ぎ。
顔を洗ってからリビングへ行こうとしたら、お兄ちゃんの声が階段のほうから聞こえてきた。
と同時に聞こえるのは、複数っぽい足音。
「でもお前、この間白の86見て『白もいいよな』って言ってたじゃないか」
「言ったか? でもま、やっぱ乗るなら黒だろ。せっかくの後継機、ナンバーもベタに86にしてもいいけど、黒だな。黒」
ひとことだけ聞こえた、お兄ちゃんとは違う声に一瞬どきりとした。
女子校ということもあってか、男の人と接するのは先生くらい。
でも、そういえばお兄ちゃんくらいの若い先生って、すごく少ないんだよね。
もしかしたら、そのせいかもしれない。
そういえばお兄ちゃん、普段家に友達とかほとんど連れてこないし。
来るとしても、従兄弟の優くんくらいだもんなぁ。
「あら、あんた今起きたの?」
「おはよ」
「おはよじゃないわよ。何時だと思ってるの、まったく」
どこかへ出かけようとしていたらしき、お母さんがため息をついた。
ダイニングのテーブルには、朝ごはんだったとおぼしき、フレンチトーストのお皿。
いつものように、「適当」を彷彿とする姿そのもので、どーんとお皿にカットされないままの食パンフレンチトーストが乗っている。
「お客さん?」
「ああ、祐恭君でしょ。律儀にお土産持ってきてくれたのよ。おいしかったわよー、あれ」
ああ、なるほど。祐恭君という名前は、家でもよく聞くことはある。
お兄ちゃんの高校時代からの友達で、お父さんの教え子なんだよね。
でも、顔を見たことはないから、どんな人なのかは実は知らない。
お母さんが言うには、お兄ちゃんが高校時代には会ってるはずよって言われたけど、うーん、どうかなぁ。覚えてないんだよね。
だって、お兄ちゃんが高校生のころってことは、私は小学生なわけで。
そんな昔のことを覚えていられるほど、実は記憶力に自信がない。
「明日から3年生でしょ? 受験よ? 受験。もうちょっときちっとした生活リズムにしとかないと、あとあとつらいわよ?」
「う。わかってるもん」
「わかってない顔でしょ、それは」
「もぅ、お母さん朝から厳しい」
「朝じゃないでしょうが」
うぅ……それはそうなんだけど、だからってちょっと言い過ぎだと思うよ?
キッチンの冷蔵庫前へ逃げるように移動して、昨日買ってもらったレモンティーのペットボトルを取り出す。
この色、元気でるんだよね。
すでに日が高くなっているせいか、日差しを受けてきらりと光る。
「お母さん、出かけるんじゃないの?」
「あ、そうだったわ。今日、昼過ぎから天気悪くなるって言ってたから、洗濯物取り込んでおいてちょうだい」
「えぇ!? 私も、絵里と出かける約束……」
「いーじゃないの。もうとっくに乾いてるから、行く前に取り込みなさい」
「だったらお母さんがーー」
「つべこべ言わない。暇なんだから」
「うぅ……はっきりと……」
ずびし、とお兄ちゃんがやるみたいに人差し指を向けられ、ぐさりと心にダメージを負う。
暇っていうけど、休みの日に暇なのは、お兄ちゃんもお母さんもひょっとしたらお父さんもじゃないの?
すでに姿が見えないけれど、お父さんはお父さんできっと休日を満喫してるはず。多分。わかんないけど。
「で? 絵里ちゃんとどこ行くの?」
「え? モールとカラオケだよ?」
「………………」
「う、お、お母さんっ! 早く出かけないと、雨降るって!」
「……あんた、ほんとに……」
「あ! あー、私、夕飯いらないと思うから、気にしないでゆっくりしてきてねっ!」
「お風呂洗っておきなさいね」
「喜んでやっておきます」
一瞬『え!』と言いかけたけれど、飲み込んでこくこくとうなずく。
冷ややかな眼差しは、寝起きにはつらい。
うぅ、でもだって、春休み最終日なんだもん。
今年の春休みはまさかの宿題が出て、ひーひー言いながら今まで(というか正確には夜中まで)やってたんだもん、許してほしい。
まだまだ女子高生、楽しいことはしておきたい。
……ううん。
今年が、最後の女子高生だもん。
楽しいこと、めいっぱい経験して、次のステップへ進みたいと思うのは自然じゃないのかな。
「まったく。彼氏の一人でもいれば、さらに青春謳歌できるでしょーけどね」
「ごほ! お、おかあさっ……ごほごほ!」
レモンティーを飲んだ瞬間ため息をつかれ、気管に入ったせいで大きく咳き込む。
知ってるよ? そりゃあ、お母さんが何歳でお父さんと付き合ったのかってことは。
そしてそして、まさかの私と同じ学校が母校で、当時出会ったことは。
でも、若い先生なんていないし、いたとしても恋愛対象になるわけがない。
そりゃあーー絵里の場合は別だけど。
えへへ。仲いいんだよね、絵里。
みんなには内緒だけど、絵里の彼氏さんは特別な人。
私も何年もーーと言ったら言い過ぎだけど、2年ほど前からお世話になってる方だ。
とっても優しくて、明るくて、ユーモアもあって、そしてそして炊事洗濯裁縫までこなすエリート。
『アイツがなんでもかんでもやるから、私の出番がないだけよ』と絵里はよく言うけれど、そうじゃないことも知ってる。
「ま、いい出会いがあるといいわね。せめてこの最終学年くらいは」
「それは……私だって、あったらいいなとは思うけど」
「それじゃ努力しなさいね。寝癖ついてるような子じゃ、誰も振り返ってくれないわよ」
「え!? うそ!」
「うそ。それじゃ、行ってきまーす」
「っ……もぅ、お母さん!」
さっき洗面所で確認したはずなのに、と慌てたのがよほどおかしかったらしい。
けらけらと笑ったお母さんは、肩をすくめると玄関へ向かった。
もぅ、みんなで私をからかわなくてもいいのに。
おかしいなぁ。
私、別にそういうキャラじゃないはずなんだけど。
「……3年生かぁ」
ちょっぴり冷たいフレンチトーストを食べながら、カレンダーに目がいく。
今年で最後。
1年後の今日、私はどこで何をしているんだろう。
周りの子たちが進学するというのもあって、大学へ行こうとは思っている。
学部は教育学部。
でも理由は何かと言われると、小学5、6年生のときの担任の先生がすっごく面白い人で、楽しかったからというシンプルなものが理由。
私も、小学生と一緒に遊びたい。
って言ったら、違うって怒られちゃいそうだけど。
でも、大きな影響を受けたといえばそれで。
お父さんが高校の先生だからとか、お母さんが保育士さんだからとか、お兄ちゃんが中学の先生を目指してたからとか、理由を考えようとすればたくさんあるんだろうけれど、これ! というものは正直ないまま。
ただ、幸いなことに我が家には教育関係者が多くいる。
その点は、メリットもデメリットも聞くことができるって意味では、恵まれた環境なんだろうけれど。
そういえば、お兄ちゃんが先生をやめて司書さんになったのは、なんでなんだろう。
「………………」
中学生だった当時、まさかの教育実習でこられたときは、なんで私のクラスなのかと心底先生方を恨んだ。
あからさまに馬鹿にされた私は、かわいそうだと思う。
絵里は散々、『やー、孝之さんの授業受けられるだけじゃなくて、あの顔見てられるとかホント最高ね』って言ってたけど、私には試練というかある意味いじめでしかなかった。
「……ん?」
物音がしたと思ったら、階段を降りてくる音が聞こえ始めた。
話し声もするから、どうやらお兄ちゃんが降りてきたらしい。
えっと……あと、お兄ちゃんのお友達も。
「え?」
「お前、今起きたのか? だっせぇ」
「む。お兄ちゃんに言われたくない」
リビングを覗いたお兄ちゃんと目が合い、むっとして眉を寄せる。
ていうか、お兄ちゃんこそ普段私より遅いことだってあるじゃない。
……てまあ確かに、最近は私のほうがよっぽど遅いみたいだけど。
「お袋は?」
「お母さんなら、出かけたよ」
「あ、そ。多分、メシ食わねーから。伝えとけ」
「えーやだ。私も絵里と出かけちゃうもん。連絡しとけばいいでしょ?」
「ンだよ、使えねぇな。ならいい」
あからさまに舌打ちされ、もやもやした気持ちでいっぱいになる。
ーーけれど。
「お前、普段からそんな言葉遣いなのか?」
「あ? なんだよ。説教か? 俺に」
「説教じゃなくて、意見だろ? 年下の子相手に、そんなふうに言わなくてもいいのに」
「じゃあお前、紗那ちゃんにこーゆークチきかねーの?」
「…………」
「だろ?」
姿は見えないけれど、どうやら私を気遣ってくれたようなセリフが聞こえ、思わぬ展開にどきりとした。
きっと、あいさつされることはない。
でもーーうわわ、どうしよう。今覗かれたら、まだパジャマなんですけど!
うぅ、今日に限ってちゃんと着替えておくんだった。
慌てて手櫛で髪を直しーーたところで、玄関の開く音が聞こえた。
と同時に、『お邪魔しました』の声も。
「あ、はぁい」
なんと言っていいものか、間の抜けたセリフしか出せなかった。
うぅ。だって、『どういたしまして』も、『また来てくださいね』も、私が言うのはあってない気がするんだもん。
お母さんはしょっちゅう言ってるセリフだし、なんなら玄関まで姿を見せて、そこでひとことふたことおしゃべりをする。
でも、さすがにそんな関係じゃないし、どう言っていいのかわからなかった。
「…………」
接触と言っていいほどのものじゃない。
でも、すごくどきどきした。
……お兄ちゃんの友達、かぁ。
きっと同い年だろうから、6歳年上の男の人。
お兄ちゃんとは違う性格なんだろうけれど、イメージは湧かない。
「言い忘れた」
「わぁっ!?」
「……ンだよ」
「び、びっくりさせないでよ! 出かけたんじゃないの?」
ぬっとリビングを覗いたお兄ちゃんに、思わぬ声が出た。
心臓がばくばくして、すごく苦しい。
うぅ、なんて日なの。本当に。
でも、顔が赤くなっていたのはこれで誤魔化されたかもしれない。
「冷蔵庫に入ってるロールケーキ、勝手に食うなよ」
「ロールケーキ? え、食べていいの?」
「話聞いてたか? お前。食うなっつってんだろ」
「え、でもお母さんが『おいしかった』って言ってたよ」
「ッち、アイツ……!」
あからさまに嫌そうな顔をしたお兄ちゃんに肩をすくめ、とりあえずフレンチトーストを口へ運ぶ。
でも、口の中はロールケーキを歓迎していて、メープルシロップはちょっと違うかなと思った。
「あ? 今行くって!」
玄関へ顔を向けたお兄ちゃんは、それ以上なにかを言うことはなく、姿を消した。
鍵の閉まった音のあと、ほどなくしてエンジン音が聞こえてくる。
今度こそお出かけしたらしい。
でも、ロールケーキかぁ。ちょっぴりなら食べても怒られないかなぁ?
だって、お兄ちゃんが食べるとなると、ほんっっっっとうにくれないんだもん。
そりゃあ、お兄ちゃんのお友達がくれたものなんだから、権限はお兄ちゃんにあるのかもしれないけど。
「ちょっとだけーーって、わわっ! 遅刻!!」
立ち上がった拍子に壁時計が目に入り、絵里との約束まで30分を切ってるのに気づいた。
うわぁ怒られる!
待ち合わせは、近くのショッピングセンター。
絵里の家からは近いけれど、うちからはバス停まで歩いたあと、バスを待たなければならない。
って、今の時間バスあったよね?
何分だっけ……って、着替えるのが先!
「っ……!」
食べた食器を片付けて、慌てて階段へ向かう。
そのとき、一瞬だけお兄ちゃんとは違う香りがした気がして、ふいにどきりとした。
『彼氏の一人でもいればーー』
お母さんのセリフが蘇る。
そりゃあ、彼氏がいればきっと楽しいだろうなとも思うし、どきどきもするんだろうなとは思う。
でも、まだ自分にはいいかなって思うのも正直なところ。
彼氏ができたら、自分がどんなふうに変わるのかわからなくて、ちょっぴり怖い気もする。
でも、見てみたい気もする。
……今年、そんなチャンスができたらいいのになぁ。
階段の窓から空を見上げると、予想以上に青くて晴れやかな日だった。
というわけで、0話公開。
「ーーだから、黒だっつってんだろ」
いつもより遅い時間というよりは、春休みのほぼ定刻となった10時少し過ぎ。
顔を洗ってからリビングへ行こうとしたら、お兄ちゃんの声が階段のほうから聞こえてきた。
と同時に聞こえるのは、複数っぽい足音。
「でもお前、この間白の86見て『白もいいよな』って言ってたじゃないか」
「言ったか? でもま、やっぱ乗るなら黒だろ。せっかくの後継機、ナンバーもベタに86にしてもいいけど、黒だな。黒」
ひとことだけ聞こえた、お兄ちゃんとは違う声に一瞬どきりとした。
女子校ということもあってか、男の人と接するのは先生くらい。
でも、そういえばお兄ちゃんくらいの若い先生って、すごく少ないんだよね。
もしかしたら、そのせいかもしれない。
そういえばお兄ちゃん、普段家に友達とかほとんど連れてこないし。
来るとしても、従兄弟の優くんくらいだもんなぁ。
「あら、あんた今起きたの?」
「おはよ」
「おはよじゃないわよ。何時だと思ってるの、まったく」
どこかへ出かけようとしていたらしき、お母さんがため息をついた。
ダイニングのテーブルには、朝ごはんだったとおぼしき、フレンチトーストのお皿。
いつものように、「適当」を彷彿とする姿そのもので、どーんとお皿にカットされないままの食パンフレンチトーストが乗っている。
「お客さん?」
「ああ、祐恭君でしょ。律儀にお土産持ってきてくれたのよ。おいしかったわよー、あれ」
ああ、なるほど。祐恭君という名前は、家でもよく聞くことはある。
お兄ちゃんの高校時代からの友達で、お父さんの教え子なんだよね。
でも、顔を見たことはないから、どんな人なのかは実は知らない。
お母さんが言うには、お兄ちゃんが高校時代には会ってるはずよって言われたけど、うーん、どうかなぁ。覚えてないんだよね。
だって、お兄ちゃんが高校生のころってことは、私は小学生なわけで。
そんな昔のことを覚えていられるほど、実は記憶力に自信がない。
「明日から3年生でしょ? 受験よ? 受験。もうちょっときちっとした生活リズムにしとかないと、あとあとつらいわよ?」
「う。わかってるもん」
「わかってない顔でしょ、それは」
「もぅ、お母さん朝から厳しい」
「朝じゃないでしょうが」
うぅ……それはそうなんだけど、だからってちょっと言い過ぎだと思うよ?
キッチンの冷蔵庫前へ逃げるように移動して、昨日買ってもらったレモンティーのペットボトルを取り出す。
この色、元気でるんだよね。
すでに日が高くなっているせいか、日差しを受けてきらりと光る。
「お母さん、出かけるんじゃないの?」
「あ、そうだったわ。今日、昼過ぎから天気悪くなるって言ってたから、洗濯物取り込んでおいてちょうだい」
「えぇ!? 私も、絵里と出かける約束……」
「いーじゃないの。もうとっくに乾いてるから、行く前に取り込みなさい」
「だったらお母さんがーー」
「つべこべ言わない。暇なんだから」
「うぅ……はっきりと……」
ずびし、とお兄ちゃんがやるみたいに人差し指を向けられ、ぐさりと心にダメージを負う。
暇っていうけど、休みの日に暇なのは、お兄ちゃんもお母さんもひょっとしたらお父さんもじゃないの?
すでに姿が見えないけれど、お父さんはお父さんできっと休日を満喫してるはず。多分。わかんないけど。
「で? 絵里ちゃんとどこ行くの?」
「え? モールとカラオケだよ?」
「………………」
「う、お、お母さんっ! 早く出かけないと、雨降るって!」
「……あんた、ほんとに……」
「あ! あー、私、夕飯いらないと思うから、気にしないでゆっくりしてきてねっ!」
「お風呂洗っておきなさいね」
「喜んでやっておきます」
一瞬『え!』と言いかけたけれど、飲み込んでこくこくとうなずく。
冷ややかな眼差しは、寝起きにはつらい。
うぅ、でもだって、春休み最終日なんだもん。
今年の春休みはまさかの宿題が出て、ひーひー言いながら今まで(というか正確には夜中まで)やってたんだもん、許してほしい。
まだまだ女子高生、楽しいことはしておきたい。
……ううん。
今年が、最後の女子高生だもん。
楽しいこと、めいっぱい経験して、次のステップへ進みたいと思うのは自然じゃないのかな。
「まったく。彼氏の一人でもいれば、さらに青春謳歌できるでしょーけどね」
「ごほ! お、おかあさっ……ごほごほ!」
レモンティーを飲んだ瞬間ため息をつかれ、気管に入ったせいで大きく咳き込む。
知ってるよ? そりゃあ、お母さんが何歳でお父さんと付き合ったのかってことは。
そしてそして、まさかの私と同じ学校が母校で、当時出会ったことは。
でも、若い先生なんていないし、いたとしても恋愛対象になるわけがない。
そりゃあーー絵里の場合は別だけど。
えへへ。仲いいんだよね、絵里。
みんなには内緒だけど、絵里の彼氏さんは特別な人。
私も何年もーーと言ったら言い過ぎだけど、2年ほど前からお世話になってる方だ。
とっても優しくて、明るくて、ユーモアもあって、そしてそして炊事洗濯裁縫までこなすエリート。
『アイツがなんでもかんでもやるから、私の出番がないだけよ』と絵里はよく言うけれど、そうじゃないことも知ってる。
「ま、いい出会いがあるといいわね。せめてこの最終学年くらいは」
「それは……私だって、あったらいいなとは思うけど」
「それじゃ努力しなさいね。寝癖ついてるような子じゃ、誰も振り返ってくれないわよ」
「え!? うそ!」
「うそ。それじゃ、行ってきまーす」
「っ……もぅ、お母さん!」
さっき洗面所で確認したはずなのに、と慌てたのがよほどおかしかったらしい。
けらけらと笑ったお母さんは、肩をすくめると玄関へ向かった。
もぅ、みんなで私をからかわなくてもいいのに。
おかしいなぁ。
私、別にそういうキャラじゃないはずなんだけど。
「……3年生かぁ」
ちょっぴり冷たいフレンチトーストを食べながら、カレンダーに目がいく。
今年で最後。
1年後の今日、私はどこで何をしているんだろう。
周りの子たちが進学するというのもあって、大学へ行こうとは思っている。
学部は教育学部。
でも理由は何かと言われると、小学5、6年生のときの担任の先生がすっごく面白い人で、楽しかったからというシンプルなものが理由。
私も、小学生と一緒に遊びたい。
って言ったら、違うって怒られちゃいそうだけど。
でも、大きな影響を受けたといえばそれで。
お父さんが高校の先生だからとか、お母さんが保育士さんだからとか、お兄ちゃんが中学の先生を目指してたからとか、理由を考えようとすればたくさんあるんだろうけれど、これ! というものは正直ないまま。
ただ、幸いなことに我が家には教育関係者が多くいる。
その点は、メリットもデメリットも聞くことができるって意味では、恵まれた環境なんだろうけれど。
そういえば、お兄ちゃんが先生をやめて司書さんになったのは、なんでなんだろう。
「………………」
中学生だった当時、まさかの教育実習でこられたときは、なんで私のクラスなのかと心底先生方を恨んだ。
あからさまに馬鹿にされた私は、かわいそうだと思う。
絵里は散々、『やー、孝之さんの授業受けられるだけじゃなくて、あの顔見てられるとかホント最高ね』って言ってたけど、私には試練というかある意味いじめでしかなかった。
「……ん?」
物音がしたと思ったら、階段を降りてくる音が聞こえ始めた。
話し声もするから、どうやらお兄ちゃんが降りてきたらしい。
えっと……あと、お兄ちゃんのお友達も。
「え?」
「お前、今起きたのか? だっせぇ」
「む。お兄ちゃんに言われたくない」
リビングを覗いたお兄ちゃんと目が合い、むっとして眉を寄せる。
ていうか、お兄ちゃんこそ普段私より遅いことだってあるじゃない。
……てまあ確かに、最近は私のほうがよっぽど遅いみたいだけど。
「お袋は?」
「お母さんなら、出かけたよ」
「あ、そ。多分、メシ食わねーから。伝えとけ」
「えーやだ。私も絵里と出かけちゃうもん。連絡しとけばいいでしょ?」
「ンだよ、使えねぇな。ならいい」
あからさまに舌打ちされ、もやもやした気持ちでいっぱいになる。
ーーけれど。
「お前、普段からそんな言葉遣いなのか?」
「あ? なんだよ。説教か? 俺に」
「説教じゃなくて、意見だろ? 年下の子相手に、そんなふうに言わなくてもいいのに」
「じゃあお前、紗那ちゃんにこーゆークチきかねーの?」
「…………」
「だろ?」
姿は見えないけれど、どうやら私を気遣ってくれたようなセリフが聞こえ、思わぬ展開にどきりとした。
きっと、あいさつされることはない。
でもーーうわわ、どうしよう。今覗かれたら、まだパジャマなんですけど!
うぅ、今日に限ってちゃんと着替えておくんだった。
慌てて手櫛で髪を直しーーたところで、玄関の開く音が聞こえた。
と同時に、『お邪魔しました』の声も。
「あ、はぁい」
なんと言っていいものか、間の抜けたセリフしか出せなかった。
うぅ。だって、『どういたしまして』も、『また来てくださいね』も、私が言うのはあってない気がするんだもん。
お母さんはしょっちゅう言ってるセリフだし、なんなら玄関まで姿を見せて、そこでひとことふたことおしゃべりをする。
でも、さすがにそんな関係じゃないし、どう言っていいのかわからなかった。
「…………」
接触と言っていいほどのものじゃない。
でも、すごくどきどきした。
……お兄ちゃんの友達、かぁ。
きっと同い年だろうから、6歳年上の男の人。
お兄ちゃんとは違う性格なんだろうけれど、イメージは湧かない。
「言い忘れた」
「わぁっ!?」
「……ンだよ」
「び、びっくりさせないでよ! 出かけたんじゃないの?」
ぬっとリビングを覗いたお兄ちゃんに、思わぬ声が出た。
心臓がばくばくして、すごく苦しい。
うぅ、なんて日なの。本当に。
でも、顔が赤くなっていたのはこれで誤魔化されたかもしれない。
「冷蔵庫に入ってるロールケーキ、勝手に食うなよ」
「ロールケーキ? え、食べていいの?」
「話聞いてたか? お前。食うなっつってんだろ」
「え、でもお母さんが『おいしかった』って言ってたよ」
「ッち、アイツ……!」
あからさまに嫌そうな顔をしたお兄ちゃんに肩をすくめ、とりあえずフレンチトーストを口へ運ぶ。
でも、口の中はロールケーキを歓迎していて、メープルシロップはちょっと違うかなと思った。
「あ? 今行くって!」
玄関へ顔を向けたお兄ちゃんは、それ以上なにかを言うことはなく、姿を消した。
鍵の閉まった音のあと、ほどなくしてエンジン音が聞こえてくる。
今度こそお出かけしたらしい。
でも、ロールケーキかぁ。ちょっぴりなら食べても怒られないかなぁ?
だって、お兄ちゃんが食べるとなると、ほんっっっっとうにくれないんだもん。
そりゃあ、お兄ちゃんのお友達がくれたものなんだから、権限はお兄ちゃんにあるのかもしれないけど。
「ちょっとだけーーって、わわっ! 遅刻!!」
立ち上がった拍子に壁時計が目に入り、絵里との約束まで30分を切ってるのに気づいた。
うわぁ怒られる!
待ち合わせは、近くのショッピングセンター。
絵里の家からは近いけれど、うちからはバス停まで歩いたあと、バスを待たなければならない。
って、今の時間バスあったよね?
何分だっけ……って、着替えるのが先!
「っ……!」
食べた食器を片付けて、慌てて階段へ向かう。
そのとき、一瞬だけお兄ちゃんとは違う香りがした気がして、ふいにどきりとした。
『彼氏の一人でもいればーー』
お母さんのセリフが蘇る。
そりゃあ、彼氏がいればきっと楽しいだろうなとも思うし、どきどきもするんだろうなとは思う。
でも、まだ自分にはいいかなって思うのも正直なところ。
彼氏ができたら、自分がどんなふうに変わるのかわからなくて、ちょっぴり怖い気もする。
でも、見てみたい気もする。
……今年、そんなチャンスができたらいいのになぁ。
階段の窓から空を見上げると、予想以上に青くて晴れやかな日だった。
Blinker time
2019.04.25
小話というより、もはや、職権乱用シリーズと言ったほうが適当な気がしてきた(笑)
命名者は、Dさま。
ありがたす……そして、勝手に拝借、失礼ー!
しかしまー、彼は思い通りにならないなぁ。
女の子からってのをシリーズの定番にしたかったんだけど、まとまりませんでした。
失敬!
「お前さー、もうちょっと髪伸びる前に来れないの?」
「来れないから、今日来たんだろ?」
「ったく。いくら俺の腕があるったって、男が伸びると全体的にもさっとすんだから、もーちょっと早く来いよ」
さらに続けてぶつくさ言っていたが、スルーで終了。
そもそも、一昨日電話したときは何も言ってなかったじゃないか。
しょうがないだろ? 俺だって忙しい。
ーーのもあるが、どちらかというと、面倒くさいのが正しい。
ちょくちょく美容院に来ることがでも、こうして自宅から実家方面まで車を走らせるのでもなく、単に、さほど興味がないゆえ。
俺が髪を切ろうと伸ばそうと、気にしてくれるやつなんて皆無。
というか、男が髪型を変えたところで、誰も反応しないだろう。
まあさすがに、月曜出勤したら同僚がゴリゴリのバリカンライン入れてたら言及するだろうけどな。
あとは、いっそスキンヘッドとか。
高校時代は、体育祭の色が決まった翌日その色に髪を染めた連中がぞろぞろいたが、さすがにやったことはない。
そういえば、当時からツルんでるヤツもそういうのはしなかったな。
馬鹿騒ぎが好きで、そっち系の連中としょっちゅういろんなことをしでかしてきたのに、乗らないときは乗らない。
根本的に、そういうところが真面目なんだと、そういえば知り合いも言ってたっけか。
……真面目なんて言葉、アイツからは相当縁遠いと思うけど。
「今日はお天気よくて、絶好のドライブ日和ですね」
鏡ごしに声をかけてきたのは、すっかり顔なじみになったスタッフの子。
車が好きということを知ってくれているので、目の前に置かれるのはほぼ車関係の雑誌。
……ああ、そういえばこの子がスタッフになったころから、ときどき雑誌読むようにはなったな。
置かれたうちの1冊に、先日発表された往年スポーツカーの後継機のコンセプトカーが写っており、つい手が伸びた。
「あー、確かにそうだね。ここに来るまでも空いてたし、海沿いは気持ちよかったよ」
「わぁ、いいなぁー! 晴れた日の海沿いドライブなんて、すてきですね」
「じゃあ今度乗ってみる?」
「っ……え」
だからつい、からかいたくなるんだけど。
普段の雑談でも思っていたけど、ころころ表情を変えるところが見ていて楽しい。
目を丸くしたのがわかり、だからこそ何も言わず見つめてみる。
困ってるのはわかるんだけど、どちらかというと『なんて答えればいいんだろう』みたいな顔。
肩より少し下の髪が揺れ、サイドが頰にかかる。
そういう顔すると、俺みたいなのがーー。
「はい終了ー。お前何しにきたの? うちは出会い系じゃないからダメです」
「ただの世間話だろ? そんな、保護者みたいな顔しなくても」
「保護者だし。うちのスタッフだし。お前にはまだ早いし!」
「なんだそれ」
彼は普段、もっとも空いている時間帯を指定してくる。
それがこの、日曜の12時。
もちろん週によって混み具合は違うらしいが、自分が普段くるのは大抵この時間帯。
前回来たときも、客はもちろんスタッフの姿も少なかったが、今日はさらにそうだな。
観葉植物で隔たれている窓際の列には、俺ともうひとりしか座っていない。
「コイツ、すぐこーやって声かけるから。ダメだよ? ついてっちゃ」
「あはは」
「失礼だぞ。誰かれ構わず声かけてるわけじゃない」
「もーいーからお前は黙っとけ!」
苦笑しながら彼女が下がり、かわいげの一切ない彼がハサミを手にする。
いつも思うが、カットに迷いがないのはすごいなと思う反面、ひょっとしていい加減にカットしてるんじゃないかという思いもある。
まあ別にいいんだけど。
短くなって、しばらく持つならそれがベスト。
時間もものすごく早いし、楽でいい。
「で? 今日も短くなりゃいいんだろ?」
「切り始めてから聞くなよ」
「それもそーか」
シャキシャキと響く音を止めずに言われ、思わず小さく噴き出した。
「お湯、熱くないですか?」
「大丈夫」
時計を見ていなかったが、15分かかったか、かかってないかじゃないか。ひょっとして。
そんな、ものすごく早いカットを終えた彼は、時間より少し早く来たらしい次の客へと移っていった。
席を移り、シャンプー台へ。
そういえば、いつのころからか髪を洗ってくれるのは彼女が担当になっていた。
別に指名したわけでもなければ、彼が告げたわけでもない。
……いや、そういえば途中から彼が言ったんだっけか。
『そいつ練習台と思って洗ってみな』って。
「かゆいところはないですか?」
「うん。それも平気」
シャンプー台で、大抵聞かれるセオリーの言葉。
別に気になる場所もなければ温度も問題ないから、通り一遍の返事しかしないが、実際、違う言葉を言う人間はどれくらいいるのか。
パーセンテージで表したら、そこそこ面白い統計が取れるんじゃないか。
などと、余計なことは思いつくが、もちろん口にはしない。
そんなこと言ったが最後、『じゃあうちの息子の自由研究にするから手伝え』と言われそうだしな。
「ドライブはよく行きます?」
「え? いや、どうかな。どっちかっていうと、休みは家でダラダラしてるほうが多いよ」
「そうなんですか? てっきり、お出かけされることが多いんだと思ってました」
「あんまり、自分から好んで外出するほうじゃないかな。誰かに誘われて、仕方なく出かけることのほうがあるかも」
目元には薄いガーゼがかけられているため、自然と目を閉じたままの会話。
それでも、彼女の声のトーンから表情が想像できる。
「ただ、車が好きなヤツが周りに多いから、遠出ってなると本当に遠くまで行くこともあるね。先月は、新潟まで行ったよ」
「え! 新潟ですか?」
「うん。といっても、群馬との県境程度だから、3時間かからないかな」
関越はいつも混む。
それでも、早朝だったのと普通の土曜日だったためか、交通量は『いつも』よりかは少なかったんだろう。
赤城SAに売ってる菓子がどうしても食べたいと言い出したヤツが、買ってすぐ食したのには呆れた。
そういや、食べる前にしっかり写真撮ってSNSに上げてたな。
そういうところは、マメだと思う。
「この時期、何か有名なんですか?」
「さあ……これといって目的があったわけじゃないからね。結局その日も、帰りは途中まで山道ルートだったし」
単純に、車を運転するのが楽しい。
好きな曲をかけて、好き勝手に乗るのがいい。
ああ、そういう意味では趣味がドライブと言って間違いないのかもしれない。
「乗れてたら、きっと楽しいだろうなぁって……」
「ん?」
きゅ、とシャワーの音がやんだせいか、ぽつりとした台詞が耳に届く
普段とは違う、尻切れの言葉。
「っあ……!」
思わずガーゼを外すと、予想以上の近さで彼女が目を丸くした。
「車に?」
「ぅ……あの……えっとですね」
「うん」
タオルを両手で握りながら、彼女が視線を逸らす。
そういう表情だったのか。
ほんのりと頰が染まって見えるのは、気のせいかはたまた俺の心持ちか。
「……えっと……ドライブ、行ってみたいなぁって」
「どこに?」
「え!? そうですね……うーん……目的のない、ドライブメインはだめですか?」
ああやっぱり、表情がころころ変わるのは見てて楽しい。
懸命にあれこれ考えてるのがわかるから、好感が持てる。
悪くない対応だと思うけど、でも残念。
できることなら、逆じゃなくてたとえ鏡ごしでも正面から見たかった。
「ひょっとして、誘ってくれてる?」
「う……すみません、車も持ってないのに」
「なるほど。じゃあ、俺の車で行こうか」
「え! ホントにですか?」
「冗談だった?」
「えぇ!? そんなこっ……! そ、んなことないです」
きゅう、と両手でタオルを握った彼女が、慌てたように首を振った。
さらりと髪が流れ、つい視線が引っ張られる。
そのうち言ってみるかと思ってたのに、まさかそっちから言ってくれるとはね。
思わぬ計算違い。
だが、だからこそお陰でいろいろなものが省かれた。
「じゃあ、席に戻ったらまず連絡先教えて」
ある意味、セオリー通りのセリフを口にすると、笑った彼女は『こちらこそお願いします』と丁寧な返事をくれた。
命名者は、Dさま。
ありがたす……そして、勝手に拝借、失礼ー!
しかしまー、彼は思い通りにならないなぁ。
女の子からってのをシリーズの定番にしたかったんだけど、まとまりませんでした。
失敬!
「お前さー、もうちょっと髪伸びる前に来れないの?」
「来れないから、今日来たんだろ?」
「ったく。いくら俺の腕があるったって、男が伸びると全体的にもさっとすんだから、もーちょっと早く来いよ」
さらに続けてぶつくさ言っていたが、スルーで終了。
そもそも、一昨日電話したときは何も言ってなかったじゃないか。
しょうがないだろ? 俺だって忙しい。
ーーのもあるが、どちらかというと、面倒くさいのが正しい。
ちょくちょく美容院に来ることがでも、こうして自宅から実家方面まで車を走らせるのでもなく、単に、さほど興味がないゆえ。
俺が髪を切ろうと伸ばそうと、気にしてくれるやつなんて皆無。
というか、男が髪型を変えたところで、誰も反応しないだろう。
まあさすがに、月曜出勤したら同僚がゴリゴリのバリカンライン入れてたら言及するだろうけどな。
あとは、いっそスキンヘッドとか。
高校時代は、体育祭の色が決まった翌日その色に髪を染めた連中がぞろぞろいたが、さすがにやったことはない。
そういえば、当時からツルんでるヤツもそういうのはしなかったな。
馬鹿騒ぎが好きで、そっち系の連中としょっちゅういろんなことをしでかしてきたのに、乗らないときは乗らない。
根本的に、そういうところが真面目なんだと、そういえば知り合いも言ってたっけか。
……真面目なんて言葉、アイツからは相当縁遠いと思うけど。
「今日はお天気よくて、絶好のドライブ日和ですね」
鏡ごしに声をかけてきたのは、すっかり顔なじみになったスタッフの子。
車が好きということを知ってくれているので、目の前に置かれるのはほぼ車関係の雑誌。
……ああ、そういえばこの子がスタッフになったころから、ときどき雑誌読むようにはなったな。
置かれたうちの1冊に、先日発表された往年スポーツカーの後継機のコンセプトカーが写っており、つい手が伸びた。
「あー、確かにそうだね。ここに来るまでも空いてたし、海沿いは気持ちよかったよ」
「わぁ、いいなぁー! 晴れた日の海沿いドライブなんて、すてきですね」
「じゃあ今度乗ってみる?」
「っ……え」
だからつい、からかいたくなるんだけど。
普段の雑談でも思っていたけど、ころころ表情を変えるところが見ていて楽しい。
目を丸くしたのがわかり、だからこそ何も言わず見つめてみる。
困ってるのはわかるんだけど、どちらかというと『なんて答えればいいんだろう』みたいな顔。
肩より少し下の髪が揺れ、サイドが頰にかかる。
そういう顔すると、俺みたいなのがーー。
「はい終了ー。お前何しにきたの? うちは出会い系じゃないからダメです」
「ただの世間話だろ? そんな、保護者みたいな顔しなくても」
「保護者だし。うちのスタッフだし。お前にはまだ早いし!」
「なんだそれ」
彼は普段、もっとも空いている時間帯を指定してくる。
それがこの、日曜の12時。
もちろん週によって混み具合は違うらしいが、自分が普段くるのは大抵この時間帯。
前回来たときも、客はもちろんスタッフの姿も少なかったが、今日はさらにそうだな。
観葉植物で隔たれている窓際の列には、俺ともうひとりしか座っていない。
「コイツ、すぐこーやって声かけるから。ダメだよ? ついてっちゃ」
「あはは」
「失礼だぞ。誰かれ構わず声かけてるわけじゃない」
「もーいーからお前は黙っとけ!」
苦笑しながら彼女が下がり、かわいげの一切ない彼がハサミを手にする。
いつも思うが、カットに迷いがないのはすごいなと思う反面、ひょっとしていい加減にカットしてるんじゃないかという思いもある。
まあ別にいいんだけど。
短くなって、しばらく持つならそれがベスト。
時間もものすごく早いし、楽でいい。
「で? 今日も短くなりゃいいんだろ?」
「切り始めてから聞くなよ」
「それもそーか」
シャキシャキと響く音を止めずに言われ、思わず小さく噴き出した。
「お湯、熱くないですか?」
「大丈夫」
時計を見ていなかったが、15分かかったか、かかってないかじゃないか。ひょっとして。
そんな、ものすごく早いカットを終えた彼は、時間より少し早く来たらしい次の客へと移っていった。
席を移り、シャンプー台へ。
そういえば、いつのころからか髪を洗ってくれるのは彼女が担当になっていた。
別に指名したわけでもなければ、彼が告げたわけでもない。
……いや、そういえば途中から彼が言ったんだっけか。
『そいつ練習台と思って洗ってみな』って。
「かゆいところはないですか?」
「うん。それも平気」
シャンプー台で、大抵聞かれるセオリーの言葉。
別に気になる場所もなければ温度も問題ないから、通り一遍の返事しかしないが、実際、違う言葉を言う人間はどれくらいいるのか。
パーセンテージで表したら、そこそこ面白い統計が取れるんじゃないか。
などと、余計なことは思いつくが、もちろん口にはしない。
そんなこと言ったが最後、『じゃあうちの息子の自由研究にするから手伝え』と言われそうだしな。
「ドライブはよく行きます?」
「え? いや、どうかな。どっちかっていうと、休みは家でダラダラしてるほうが多いよ」
「そうなんですか? てっきり、お出かけされることが多いんだと思ってました」
「あんまり、自分から好んで外出するほうじゃないかな。誰かに誘われて、仕方なく出かけることのほうがあるかも」
目元には薄いガーゼがかけられているため、自然と目を閉じたままの会話。
それでも、彼女の声のトーンから表情が想像できる。
「ただ、車が好きなヤツが周りに多いから、遠出ってなると本当に遠くまで行くこともあるね。先月は、新潟まで行ったよ」
「え! 新潟ですか?」
「うん。といっても、群馬との県境程度だから、3時間かからないかな」
関越はいつも混む。
それでも、早朝だったのと普通の土曜日だったためか、交通量は『いつも』よりかは少なかったんだろう。
赤城SAに売ってる菓子がどうしても食べたいと言い出したヤツが、買ってすぐ食したのには呆れた。
そういや、食べる前にしっかり写真撮ってSNSに上げてたな。
そういうところは、マメだと思う。
「この時期、何か有名なんですか?」
「さあ……これといって目的があったわけじゃないからね。結局その日も、帰りは途中まで山道ルートだったし」
単純に、車を運転するのが楽しい。
好きな曲をかけて、好き勝手に乗るのがいい。
ああ、そういう意味では趣味がドライブと言って間違いないのかもしれない。
「乗れてたら、きっと楽しいだろうなぁって……」
「ん?」
きゅ、とシャワーの音がやんだせいか、ぽつりとした台詞が耳に届く
普段とは違う、尻切れの言葉。
「っあ……!」
思わずガーゼを外すと、予想以上の近さで彼女が目を丸くした。
「車に?」
「ぅ……あの……えっとですね」
「うん」
タオルを両手で握りながら、彼女が視線を逸らす。
そういう表情だったのか。
ほんのりと頰が染まって見えるのは、気のせいかはたまた俺の心持ちか。
「……えっと……ドライブ、行ってみたいなぁって」
「どこに?」
「え!? そうですね……うーん……目的のない、ドライブメインはだめですか?」
ああやっぱり、表情がころころ変わるのは見てて楽しい。
懸命にあれこれ考えてるのがわかるから、好感が持てる。
悪くない対応だと思うけど、でも残念。
できることなら、逆じゃなくてたとえ鏡ごしでも正面から見たかった。
「ひょっとして、誘ってくれてる?」
「う……すみません、車も持ってないのに」
「なるほど。じゃあ、俺の車で行こうか」
「え! ホントにですか?」
「冗談だった?」
「えぇ!? そんなこっ……! そ、んなことないです」
きゅう、と両手でタオルを握った彼女が、慌てたように首を振った。
さらりと髪が流れ、つい視線が引っ張られる。
そのうち言ってみるかと思ってたのに、まさかそっちから言ってくれるとはね。
思わぬ計算違い。
だが、だからこそお陰でいろいろなものが省かれた。
「じゃあ、席に戻ったらまず連絡先教えて」
ある意味、セオリー通りのセリフを口にすると、笑った彼女は『こちらこそお願いします』と丁寧な返事をくれた。