HAPPY? Halloween
2019.10.31
ハロウィンっていったら、やっぱりやらなきゃと思って……!
でもえろくならなかった。
もうしわけなす。
「トリックオアトリート!」
「いや……お前な」
「お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ!」
「……暇なの?」
平日も平日。特にノー残業でもなんでもない日だろうし、そもそもそんな言葉は皆無な業界にいるのはお互い様。
なのに、優人はわざわざ大学まで姿を見せたどころか、俺の研究室にまで足を伸ばしてきた。
ああ、暇なんだなお前。羨ましい。
片手には、コイツがよく『ファッションの一部』と言っているコーヒーチェーン店のカップがあり、しかもそこにはいかにもってくらいかわいらしい文字でフルネームと『お疲れさまです』の言葉が添えられていた。
「今日、羽織と会うだろ?」
「いや、平日だからどうかな。レポートがどうのって、昨日も図書館へ詰めてたし」
会えるならそりゃ会いたい相手。
だが、学生の本分は勉強であり、資料を集めるとか整理するのが苦手とも言っていたあたりからして、今日は難しいかもしれない。
まあ、その辺を口実に……ってわけにいかないんだけど。
俺もちょっと忙しい。
「あー、ちょっと待った」
「え、なになに? なんかくれんの?」
「ああ」
にこにことなぜか楽しげな優人を見ていたら、ふと思い出した。
今日の2限目に学生からもらった、クッキーがあったんだったな。
「ほら。これやるから帰れ」
「うっは、すげ! なにこれ、手作り?」
「市販」
「へーすっげー! いやー、昨今のハロウィンブームはすごいですなー」
手のひらよりも大きなサイズの、クモ……を象ったクッキー。
ご丁寧に模様までチョコレートで描かれており、見た目のグロテスクさとビビッドな色遣いも相まってまったく食欲が湧かなかった。
あー、よかった。ちょうどいいところにきてくれて。
これで無事処分先が決まった。
「あ、そんじゃ俺からもプレゼントあげる」
「いや、普通逆だろ? ていうか、菓子渡したんだから帰れよ」
「やだなー、大人ですから。たしなみ程度におすそわけ」
にっこり笑って差し出されたのは、真っ黒い袋。
いかにも怪しげで、眉が寄る。
「そんな顔すんなって。羽織ちゃんきっと大喜び」
「嘘つけ」
「ひどいなーホントだって。羽織の好きな、いちご味だもん」
「……味?」
「そ。一緒に召しあがれ」
いつだって優人の笑みは嘘くさい。
だが、彼女の名前を出されると弱い……って待て。なんか去年もこんなことなかったか。
「あ! おま、ちょっ……待てって!」
「いやー俺っち忙しいんだわー。このあと図書館行かなきゃなんないし」
「……お前、怒られるぞ」
「あ、慣れてるから平気」
ほとんど人通りのないここと違い、図書館は不特定多数の人間が行き交う場所。
まだ閉館時間にはほと遠いが、ドアからコイツが入ったら間違いなく孝之は嫌がるだろうよ。
まあ、実際は優人の扱いに一番慣れてそうだけど。
るんたるんたと楽しげに去っていく後ろ姿をそれ以上何も言わずに見送ったことに、何も問題はなかった。
「…………」
いちご味。
とか言いながら、絶対怪しい何かじゃないのか。
「……あれ」
装飾の一切ない袋の封を切ると、意外にも中からはイチゴフレーバーの紅茶が出てきた。
うわ、普通だ。いや、普通か?
いかにも外国製品ではあるが、ざっと見たところいかがわしい要素はない。
しいていうなら、ピンクのリボンを付けた黒猫を象ったパッケージが、唯一ハロウィンっぽいか。
「…………」
紅茶か。
こういう普通の物も買うんだな、アイツ。
たしかに彼女が好きそうで、そう思ったからこそ……あー、会いたくなるだろ。くそ。
学内にいるかどうかわからないものの、今まとめていた作業を終えたらメッセージを送る気になった。
******
「……お前暇だな」
「あれ、なんかそれデジャヴ」
「あっそ」
返却図書を棚へ戻し、階段を降りようとしたところで4階のエレベーターが口を開けた。
乗ってたのは、優人のみ。
いるはずないヤツがいると結構ビビるものの、コイツなら仕方ないと思うあたり俺も割とどうかしてる。
「トリックオアトリート!」
「ほらよ」
「え、なんで持ってんの?」
「さっきもらった」
エレベーターへ乗り込み、下階へ。
ワイシャツのポケットから、ハロウィン用に作られたお化けのパッケージのチョコを渡すと、それはそれは意外そうな顔をされた。
お前のそーゆー顔久しぶりに見た。
ある意味貴重か。
テレビのニュースで賑わう都内とは違い、少なくとも俺の周辺でイベントはない。
駅前の商店街や市立図書館では、子ども向けのイベントが1週間ほど行われていたが、大学じゃねーよな。さすがに。
とか思ったものの、マメに折り紙やら色画用紙であちこち野上さんがデコってたけど。
そういや今朝は、魔女がかぶってそうな帽子を持ってうろうろしてたけどな。
小さい子どもが来ることはほとんどない場所なのにやるってことは、本人が楽しんでるってことだろ。
さすがにねーな。俺には。
「じゃあ、これはたーくんにあげるにゃん」
「いや、いらねーけど」
「なんでだよー。喜べってそこは」
「お前からもらったモンで、俺が喜んだことあんまねーだろ」
思い返すまでもなく、夏にもらった暑中見舞いはハバネロが練りこまれた激辛ソーメンだったし、バレンタインは……あー忘れとくか。
そういや、優人の所業を知ってるもうひとりは、珍しく羽織と4階のテーブルで何やら本を広げていた。
俺に気づいて苦笑したのは、あからさまに俺が羽織を蔑んだのがわかったんだろーよ。
でも、そりゃそーだろ?
学科違うのに、葉月にレポート手伝ってもらってんじゃねーよ。
だが、そう言う前に『心理学実験のお手伝いだから』と先行されたから言わないでやったけど。
「あ? なんだこれ」
「紅茶だよ、紅茶。薔薇のかほり」
「…………」
「やだぁ、そんないかがわしい目つきしなくても他意はないにゃん」
ぽんと渡されたのは、黒猫を象ったパッケージの何か。
成分表の書かれているラベルを見ると、確かにまあ怪しい単語は見受けられない。
だが……。
「はい、アウトー」
「っ……ンだよ」
「勘のいいガキは嫌いだよ」
「タメに言う台詞じゃねーだろ」
眼鏡をしてもいないのに直すような仕草をされ、思わず噴き出す。
てことはやっぱ、マトモなもんじゃねーってことだな。
仕方なく、取り出したスマフォをポケットへ戻し、ドアが開いたところでカウンターへ……ってなんだ。コイツも暇だな。
「忙しかったんじゃねーの?」
「忙しい」
「そう見えねーから聞いてんだろ」
今日の昼、学食へ行ったら席に着いた途端、『返しに行く時間がない』と祐恭から本の束を渡された。
つか、担々麺食おうとしてる俺に渡すなっつの。
どー考えても汁飛ぶだろ。
あれは間違いなく嫌がらせだと取っていい案件だった。
「どいもこいつも、暇なら帰れば?」
「だから、暇じゃないって……」
「あ、俺ちん忙しいから帰るわ」
「いや、お前が一番暇だろ」
「失敬だなー。これからハロウィンコンがあるのだよ」
「明日もあんのに、元気だな」
「いやー、それほどでも」
スチャ、と手を挙げた優人は言いながらガラスドアへ向かった。
知り合いでもないはずなのに、入れ違いで入ってきた女子数人に笑顔で挨拶をしながら。
「で? お前は帰んねーの?」
「4階に用事」
「……アイツまだ終わんねーぞ」
「なんでわかったんだよ」
「お前が敢えて足向ける理由なんざ、ンなもんだろ」
どいつもコイツも暇だな。
うっかり口走ったのが悪かったらしく、ふくらはぎを蹴飛ばされるはめになった。
*********
「これ、俺そんなに嫌いじゃないんだよね」
「疲れません?」
「計算は得意だから」
「うぅ……羨ましい」
「いや、本気に取らないでほしいんだけど」
図書館ではなく、場所を研究室へ移したあとも、彼女は数枚の結果用紙を見ながら平均値を求めるのに苦労していた。
それこそ、心理学実験はそれ用のプログラムもあるんだし、パソコンでやったほうが早そう……なんだけど、今回のものはタイムの平均値をもとにグラフを作るらしく、まだ手作業でいいらしい。
「あ。私淹れます」
「いいよ。俺は手伝っただけだし」
「でも……」
「まだかかるでしょ? 夜は長いね」
「……うぅ」
電気ケトルが止まったのを見て、立ち上がりかけた彼女を制す。
久しぶりにやったな、クレペリン作業検査。
単純に、隣り合う数字を足していく作業。
負荷はかかるが、さほど嫌いじゃないあたり性分なのかなんなのか。
まあ、彼女に貢献できてるっていうのが大きいんだろうけど。
「はい」
「わあ……甘い香り。いちごですか?」
「らしいね。優人がくれた」
「へえー!」
彼女へは、先ほど優人からもらった紅茶をホットで。
念のため味見はしたが、いわゆる普通のフレーバーティ……のはず。
多少色が濃い気はしないが、さすがにいかがわしいものを大事な従妹に渡さないだろ。
……多分。
「これもあげる」
「え? わ、かわいいですね」
「一緒に入ってたんだよ」
小さなかぼちゃの台座に立つ、猫のキャンドル。
尻尾部分に火がつくようになっていて、思った通り彼女は嬉しそうに手を伸ばした。
「…………」
気のせいかな、とは思った。
だが、どうやらそうじゃないらしい。
数人の実験結果をまとめている彼女……の唇に目がいく。
あー……そーゆーことか。
「え?」
「ごめん、もっと早く気付くべきだった」
「えっと……何がですか?」
手鏡なんてシャレたものはないが、つい今しがた使ったばかりの実験用鏡を彼女へ渡す。
違う違う。見るのは、ここ。
「っわ!」
「……こういう駄菓子あったよね、昔」
「そうなんですか?」
「あー……そうか、知らないか」
6歳違うってことは、それなりに文化も異なるからな。まあ仕方ない。
最初見たときは気のせいか、はたまた彼女自身の化粧かと思ったんだが、カップを口に運ぶたび濃くなっていくのは気のせいじゃなかった。
赤い紅茶の色が、唇を染めたらしい。
「あー……」
「赤いですか?」
「これはまた、なかなか……ゾンビ感ある」
「えぇ!?」
「冗談。色っぽいよ」
「もぅ……あんまり嬉しくないです」
頬に手を当てると、意図を察したのか彼女は唇を開いた。
舌まで真っ赤。
明日までに薄くなればいいけど、これで講義受けるってのはちょっとかわいそうだな。
「…………」
「……祐恭さん?」
唇が、普段とは異なる色味を帯びていて、それこそ……ちょっとイケナイ子に見えなくもない。
こういう色の口紅をすることはなさそうでか、色っぽいと素直に思う。
「っ……ん」
口づけると、かなり甘いイチゴの香りがした。
外国製品特有といえばそう。
だが、普段の口づけも甘いような気はしてるし、これはこれで特に問題ないか。
「ん……っ……ぁ、祐恭さん……」
「うん?」
「もぅ……あはは、ちょっとかわいい」
「え?」
ちゅ、と音を立てて離れると、さっき俺がしたように今度は彼女が俺の頬へ触れる。
かと思いきいや小さく笑われ、何が——……あー。
「しまった」
唇が染まるということは、そういうこと。
テーブルに置いたままの鏡を見ると、案の定ほんのりと唇が染まっていた。
「ハロウィンっぽいですね」
きっとなんの気なしの台詞だったんだろうが、だからこそふと決まり文句が浮かぶ。
「Trick or treat?」
「…………」
「…………」
「え、っと……え? お菓子ですか?」
「持ってる?」
「えぇ!?」
目の前で囁くと、きょとんとまばたいたあと意図を察したように目を丸くした。
さすが、よくわかってるね。
慌てたようにバッグを探ってはいるけれど、どうやらないらしい。
それじゃあ仕方ない。
通例に従うしかないよね。
「あ、あっ! 絵里にもらった、おせんべいならっ……!」
「お菓子ならなんでもいいわけじゃないんだよ?」
「えぇ!? そうなんですか?」
「treatだから、もてなしてくれないとね」
昔懐かしいパッケージの煎餅が現れ、味が一瞬浮かぶ。
小さいころ食べたな、そういえば。
今となっては食べる機会の減った、甘しょっぱいアレ。
それにしても、絵里ちゃん意外と渋いな。
とか言ったら、怒られそうだけど。
「まあもっとも、俺の場合は甘いもの食べないから何もいらないけどね」
「そんなぁ! それじゃ、こまっ……」
「困る?」
「っ……祐恭さん、ずるい……」
「そういう顔するほうが、よっぽどずるいと思うけど」
くすくす笑いながら近づくと、唇を結んで眉を寄せる。
ほんの少しだけ自分のせいで明かりが陰り、一層赤い唇が目についた。
「続きは家でしようか」
「で、でも、祐恭さん……忙しいんじゃ……」
「レポートのまとめの話だよ?」
「っ……!」
頬に指先で触れ、顎をたどって少しだけ上を向かせる。
ああ、その顔もかわいいね。
小さく笑って口づけると、まだイチゴの甘い香りがした。
********
「ふふ。小さい子は喜ぶでしょうね」
「そーか? 恭介さんが知ったら、怒りそうじゃね?」
「これくらいで怒ったりしないよ?」
ならよし。
赤と言うよりやや紫に近い色の口紅でもつけているかのような、葉月。
やめとけと言ったのに『おもしろそうだね』と意外な台詞とともにコイツは優人の紅茶を自ら口にした。
手鏡を覗きながらくすくす笑っている今、それこそ普段とはまるで違う濃い色の唇が余計目につく。
「…………」
色が白いからか、やけに目立つんだよな。
つか、えろい。
恐らくは無意識だろうが、手鏡をテーブルへ置いたまま指先で唇をなぞり、その様がやたら艶やかで。
ニュースで流れている作り物のメイクを纏う連中とはまた違う意味で目立つ。
「向こうでもやるのか? ハロウィン」
「んー、やるっていうか……イベントくらいかな。友達の家を訪ねることはしないよ」
「へえ」
まあ確かに、ハロウィンはアメリカがメインか。
とはいえ、数日前からうちの玄関にもくり抜かれたオレンジのかぼちゃが花台に鎮座しており、小さいながらも夜になると葉月は火を灯してランタンにしていた。
マメだなほんと。
まあ、もしかしなくても意外と祭りとかそーゆーの好きなんだろーけど。
「高校のときは、学校でチャリティパーティーをするの」
「チャリティ?」
「うん。その日だけは仮装して登校していいことになってる代わりに、募金を集めて市内の病院へ寄付するんだよ」
「はー。殊勝な心がけだな」
「せっかく人が集まるなら、貢献できるとなおいいって思うんじゃないかな」
となると、コイツの目には……いや、そういうことをしてる連中からしたら、単に仮装して酒飲んで挙げ句の果てに散らかすだけの連中はどう見えてるんだかな。
ソファへもたれたまま両手を頭の後ろで組み、テレビへ視線を移す。
と、ちょうどいいタイミングでハロウィンの中継から湯河原の温泉宿特集へと切り替わった。
「てことは、お前もなんか仮装したのか?」
「仮装っていうか……私の場合は、袴をはいて行ったけれど」
「は?」
隣へ腰掛けた葉月に、思い切り声が出た。
袴って……なんでまた。
いや、そりゃ日本人なら別におかしくねーけどよ。
にしたってまさかンな答え出てくるとか思わねーだろ。
よほど俺が意外そうな顔をしたらしく、葉月はくすくす笑うとスマフォを取り出して何か探し始めた。
「うわ、すっげぇ」
「ふふ。意外でしょう? お父さんもこんなことするんだよ」
「いや、それもあるけど……ってすげぇな。これ、ガチで人斬ってる顔じゃね」
「もう。怒られるよ?」
「……言うなよ」
スマフォの画面いっぱいに映る、恭介さんと葉月の写真。
だがしかし、まさかの袴違いっつーか……まさか居合の格好とは誰が思うよ。
白と紺の組み合わせといい、手にしてる大振りの模造刀といい……この血糊といい。
にこやかではなく不敵な笑みにしか見えず、ホンモノっぽくて一瞬背筋が震える。
「つか、さすがにこんなスプラッタで学校行かねーだろ?」
「行くよ?」
「マジで!?」
「まだ、おとなしいほうだと思うの。……ほら」
「うわ。グロい」
映し出されたのは、まさにゾンビ集団。
メイクもかなり凝っており、小さい子どもが見たら泣くレベル。
ゾンビだけでなくハラワタぶら下げてるミイラしかり、フランケンしかり、どいつもこいつもクオリティ高すぎだろ。
さすが海外。ちょっとナメてた。
「……こんな連中相手に授業するとか、教師もすげーな」
「ふふ。特別だね」
数枚の写真の中には授業風景もあり、ズタボロの服をまとう連中がみな大人しく着席していた。
つか、教員も仮装ってすげーな。
英語で書かれているのでぱっと見て英語の授業か見まごうが、多分違う。理科か何かだな。
ちなみに、写真に写っている教師は血まみれの白衣をまとっている。
「…………」
スマフォをいじり、写真の一覧からふたたび袴姿の葉月を選ぶ。
様々な連中と写ってはいるが、普段どころかまったく見たことのない姿に、つい興味が出たらしい。
白と紺の袴をまとい、高い位置で髪を結んでいる。
手には模造刀。
あー、こういうポスターありそう。
つか、じーちゃんが見たらこれを基にして剣士募集チラシ作りそうだなと素直に思った。
「ん?」
「いや……お前和装似合うな」
「そうかな? ありがとう」
素直な感想を伝えると、いつもと同じように笑みを浮かべる。
袴も悪くねーな。
機会があったら、こっちでも着たらいい。
「…………」
がしかし、そういって笑った葉月は、写真とは異なり艶やかな唇のまま。
違う意味で目が行き、スマフォを返しながら体の向きを変える。
「え?」
「言ってみ?」
「Happy Halloween?」
「そっちじゃねぇやつ」
あー、そうだな。お前は言わないだろうよ。
首をかしげたのを見ながら、指先で頬に触れる。
さらりと髪が流れ、ほのかに甘い香りがした。
ああ、そういやあの紅茶も薔薇だつってたっけな。
実際に甘いかどうかは知らないが、少なくとも香りは十分甘かった。
「Trick or treat?」
聞き返す意味だったんだろうが、よほどいい発音でささやかれ小さく笑いが漏れる。
残念。あいにくもう、手元に菓子はない。
テーブルの端に、お袋が職場で配ったらしいチョコの残りがあったが、それは見ないことにした。
「So naughty」
「ッ……たーくん!」
「発音がえろい」
「そういう使い方しないでしょう? もう!」
「なんだよ。褒めてンぞ、これでも」
「だって……びっくりするじゃない」
言葉通り、葉月は目を丸くした。
だが、ほんのり頬を染めており、それがさらに……だからえろいんだよ、お前。
「んっ……!」
視線を逸らしたのを見てから口づけ、押さえ込むように腕を回す。
菓子はいらないし、これといって渡せる何かはない。
が、そっちが先に希望したんであれば、しょーがねぇだろ。
大人しく……いや、甘んじて受ければいい。
「……ふ……」
わずかに漏れた吐息が、やけに耳について。
向けられた眼差しが色っぽく見えるのは、唇のせいなんだろうな。
小さく笑うとついなぞるように唇に触れており、くすぐったようにつぐまれたが、その仕草がかえってぞくりとさせられた。
でもえろくならなかった。
もうしわけなす。
「トリックオアトリート!」
「いや……お前な」
「お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ!」
「……暇なの?」
平日も平日。特にノー残業でもなんでもない日だろうし、そもそもそんな言葉は皆無な業界にいるのはお互い様。
なのに、優人はわざわざ大学まで姿を見せたどころか、俺の研究室にまで足を伸ばしてきた。
ああ、暇なんだなお前。羨ましい。
片手には、コイツがよく『ファッションの一部』と言っているコーヒーチェーン店のカップがあり、しかもそこにはいかにもってくらいかわいらしい文字でフルネームと『お疲れさまです』の言葉が添えられていた。
「今日、羽織と会うだろ?」
「いや、平日だからどうかな。レポートがどうのって、昨日も図書館へ詰めてたし」
会えるならそりゃ会いたい相手。
だが、学生の本分は勉強であり、資料を集めるとか整理するのが苦手とも言っていたあたりからして、今日は難しいかもしれない。
まあ、その辺を口実に……ってわけにいかないんだけど。
俺もちょっと忙しい。
「あー、ちょっと待った」
「え、なになに? なんかくれんの?」
「ああ」
にこにことなぜか楽しげな優人を見ていたら、ふと思い出した。
今日の2限目に学生からもらった、クッキーがあったんだったな。
「ほら。これやるから帰れ」
「うっは、すげ! なにこれ、手作り?」
「市販」
「へーすっげー! いやー、昨今のハロウィンブームはすごいですなー」
手のひらよりも大きなサイズの、クモ……を象ったクッキー。
ご丁寧に模様までチョコレートで描かれており、見た目のグロテスクさとビビッドな色遣いも相まってまったく食欲が湧かなかった。
あー、よかった。ちょうどいいところにきてくれて。
これで無事処分先が決まった。
「あ、そんじゃ俺からもプレゼントあげる」
「いや、普通逆だろ? ていうか、菓子渡したんだから帰れよ」
「やだなー、大人ですから。たしなみ程度におすそわけ」
にっこり笑って差し出されたのは、真っ黒い袋。
いかにも怪しげで、眉が寄る。
「そんな顔すんなって。羽織ちゃんきっと大喜び」
「嘘つけ」
「ひどいなーホントだって。羽織の好きな、いちご味だもん」
「……味?」
「そ。一緒に召しあがれ」
いつだって優人の笑みは嘘くさい。
だが、彼女の名前を出されると弱い……って待て。なんか去年もこんなことなかったか。
「あ! おま、ちょっ……待てって!」
「いやー俺っち忙しいんだわー。このあと図書館行かなきゃなんないし」
「……お前、怒られるぞ」
「あ、慣れてるから平気」
ほとんど人通りのないここと違い、図書館は不特定多数の人間が行き交う場所。
まだ閉館時間にはほと遠いが、ドアからコイツが入ったら間違いなく孝之は嫌がるだろうよ。
まあ、実際は優人の扱いに一番慣れてそうだけど。
るんたるんたと楽しげに去っていく後ろ姿をそれ以上何も言わずに見送ったことに、何も問題はなかった。
「…………」
いちご味。
とか言いながら、絶対怪しい何かじゃないのか。
「……あれ」
装飾の一切ない袋の封を切ると、意外にも中からはイチゴフレーバーの紅茶が出てきた。
うわ、普通だ。いや、普通か?
いかにも外国製品ではあるが、ざっと見たところいかがわしい要素はない。
しいていうなら、ピンクのリボンを付けた黒猫を象ったパッケージが、唯一ハロウィンっぽいか。
「…………」
紅茶か。
こういう普通の物も買うんだな、アイツ。
たしかに彼女が好きそうで、そう思ったからこそ……あー、会いたくなるだろ。くそ。
学内にいるかどうかわからないものの、今まとめていた作業を終えたらメッセージを送る気になった。
******
「……お前暇だな」
「あれ、なんかそれデジャヴ」
「あっそ」
返却図書を棚へ戻し、階段を降りようとしたところで4階のエレベーターが口を開けた。
乗ってたのは、優人のみ。
いるはずないヤツがいると結構ビビるものの、コイツなら仕方ないと思うあたり俺も割とどうかしてる。
「トリックオアトリート!」
「ほらよ」
「え、なんで持ってんの?」
「さっきもらった」
エレベーターへ乗り込み、下階へ。
ワイシャツのポケットから、ハロウィン用に作られたお化けのパッケージのチョコを渡すと、それはそれは意外そうな顔をされた。
お前のそーゆー顔久しぶりに見た。
ある意味貴重か。
テレビのニュースで賑わう都内とは違い、少なくとも俺の周辺でイベントはない。
駅前の商店街や市立図書館では、子ども向けのイベントが1週間ほど行われていたが、大学じゃねーよな。さすがに。
とか思ったものの、マメに折り紙やら色画用紙であちこち野上さんがデコってたけど。
そういや今朝は、魔女がかぶってそうな帽子を持ってうろうろしてたけどな。
小さい子どもが来ることはほとんどない場所なのにやるってことは、本人が楽しんでるってことだろ。
さすがにねーな。俺には。
「じゃあ、これはたーくんにあげるにゃん」
「いや、いらねーけど」
「なんでだよー。喜べってそこは」
「お前からもらったモンで、俺が喜んだことあんまねーだろ」
思い返すまでもなく、夏にもらった暑中見舞いはハバネロが練りこまれた激辛ソーメンだったし、バレンタインは……あー忘れとくか。
そういや、優人の所業を知ってるもうひとりは、珍しく羽織と4階のテーブルで何やら本を広げていた。
俺に気づいて苦笑したのは、あからさまに俺が羽織を蔑んだのがわかったんだろーよ。
でも、そりゃそーだろ?
学科違うのに、葉月にレポート手伝ってもらってんじゃねーよ。
だが、そう言う前に『心理学実験のお手伝いだから』と先行されたから言わないでやったけど。
「あ? なんだこれ」
「紅茶だよ、紅茶。薔薇のかほり」
「…………」
「やだぁ、そんないかがわしい目つきしなくても他意はないにゃん」
ぽんと渡されたのは、黒猫を象ったパッケージの何か。
成分表の書かれているラベルを見ると、確かにまあ怪しい単語は見受けられない。
だが……。
「はい、アウトー」
「っ……ンだよ」
「勘のいいガキは嫌いだよ」
「タメに言う台詞じゃねーだろ」
眼鏡をしてもいないのに直すような仕草をされ、思わず噴き出す。
てことはやっぱ、マトモなもんじゃねーってことだな。
仕方なく、取り出したスマフォをポケットへ戻し、ドアが開いたところでカウンターへ……ってなんだ。コイツも暇だな。
「忙しかったんじゃねーの?」
「忙しい」
「そう見えねーから聞いてんだろ」
今日の昼、学食へ行ったら席に着いた途端、『返しに行く時間がない』と祐恭から本の束を渡された。
つか、担々麺食おうとしてる俺に渡すなっつの。
どー考えても汁飛ぶだろ。
あれは間違いなく嫌がらせだと取っていい案件だった。
「どいもこいつも、暇なら帰れば?」
「だから、暇じゃないって……」
「あ、俺ちん忙しいから帰るわ」
「いや、お前が一番暇だろ」
「失敬だなー。これからハロウィンコンがあるのだよ」
「明日もあんのに、元気だな」
「いやー、それほどでも」
スチャ、と手を挙げた優人は言いながらガラスドアへ向かった。
知り合いでもないはずなのに、入れ違いで入ってきた女子数人に笑顔で挨拶をしながら。
「で? お前は帰んねーの?」
「4階に用事」
「……アイツまだ終わんねーぞ」
「なんでわかったんだよ」
「お前が敢えて足向ける理由なんざ、ンなもんだろ」
どいつもコイツも暇だな。
うっかり口走ったのが悪かったらしく、ふくらはぎを蹴飛ばされるはめになった。
*********
「これ、俺そんなに嫌いじゃないんだよね」
「疲れません?」
「計算は得意だから」
「うぅ……羨ましい」
「いや、本気に取らないでほしいんだけど」
図書館ではなく、場所を研究室へ移したあとも、彼女は数枚の結果用紙を見ながら平均値を求めるのに苦労していた。
それこそ、心理学実験はそれ用のプログラムもあるんだし、パソコンでやったほうが早そう……なんだけど、今回のものはタイムの平均値をもとにグラフを作るらしく、まだ手作業でいいらしい。
「あ。私淹れます」
「いいよ。俺は手伝っただけだし」
「でも……」
「まだかかるでしょ? 夜は長いね」
「……うぅ」
電気ケトルが止まったのを見て、立ち上がりかけた彼女を制す。
久しぶりにやったな、クレペリン作業検査。
単純に、隣り合う数字を足していく作業。
負荷はかかるが、さほど嫌いじゃないあたり性分なのかなんなのか。
まあ、彼女に貢献できてるっていうのが大きいんだろうけど。
「はい」
「わあ……甘い香り。いちごですか?」
「らしいね。優人がくれた」
「へえー!」
彼女へは、先ほど優人からもらった紅茶をホットで。
念のため味見はしたが、いわゆる普通のフレーバーティ……のはず。
多少色が濃い気はしないが、さすがにいかがわしいものを大事な従妹に渡さないだろ。
……多分。
「これもあげる」
「え? わ、かわいいですね」
「一緒に入ってたんだよ」
小さなかぼちゃの台座に立つ、猫のキャンドル。
尻尾部分に火がつくようになっていて、思った通り彼女は嬉しそうに手を伸ばした。
「…………」
気のせいかな、とは思った。
だが、どうやらそうじゃないらしい。
数人の実験結果をまとめている彼女……の唇に目がいく。
あー……そーゆーことか。
「え?」
「ごめん、もっと早く気付くべきだった」
「えっと……何がですか?」
手鏡なんてシャレたものはないが、つい今しがた使ったばかりの実験用鏡を彼女へ渡す。
違う違う。見るのは、ここ。
「っわ!」
「……こういう駄菓子あったよね、昔」
「そうなんですか?」
「あー……そうか、知らないか」
6歳違うってことは、それなりに文化も異なるからな。まあ仕方ない。
最初見たときは気のせいか、はたまた彼女自身の化粧かと思ったんだが、カップを口に運ぶたび濃くなっていくのは気のせいじゃなかった。
赤い紅茶の色が、唇を染めたらしい。
「あー……」
「赤いですか?」
「これはまた、なかなか……ゾンビ感ある」
「えぇ!?」
「冗談。色っぽいよ」
「もぅ……あんまり嬉しくないです」
頬に手を当てると、意図を察したのか彼女は唇を開いた。
舌まで真っ赤。
明日までに薄くなればいいけど、これで講義受けるってのはちょっとかわいそうだな。
「…………」
「……祐恭さん?」
唇が、普段とは異なる色味を帯びていて、それこそ……ちょっとイケナイ子に見えなくもない。
こういう色の口紅をすることはなさそうでか、色っぽいと素直に思う。
「っ……ん」
口づけると、かなり甘いイチゴの香りがした。
外国製品特有といえばそう。
だが、普段の口づけも甘いような気はしてるし、これはこれで特に問題ないか。
「ん……っ……ぁ、祐恭さん……」
「うん?」
「もぅ……あはは、ちょっとかわいい」
「え?」
ちゅ、と音を立てて離れると、さっき俺がしたように今度は彼女が俺の頬へ触れる。
かと思いきいや小さく笑われ、何が——……あー。
「しまった」
唇が染まるということは、そういうこと。
テーブルに置いたままの鏡を見ると、案の定ほんのりと唇が染まっていた。
「ハロウィンっぽいですね」
きっとなんの気なしの台詞だったんだろうが、だからこそふと決まり文句が浮かぶ。
「Trick or treat?」
「…………」
「…………」
「え、っと……え? お菓子ですか?」
「持ってる?」
「えぇ!?」
目の前で囁くと、きょとんとまばたいたあと意図を察したように目を丸くした。
さすが、よくわかってるね。
慌てたようにバッグを探ってはいるけれど、どうやらないらしい。
それじゃあ仕方ない。
通例に従うしかないよね。
「あ、あっ! 絵里にもらった、おせんべいならっ……!」
「お菓子ならなんでもいいわけじゃないんだよ?」
「えぇ!? そうなんですか?」
「treatだから、もてなしてくれないとね」
昔懐かしいパッケージの煎餅が現れ、味が一瞬浮かぶ。
小さいころ食べたな、そういえば。
今となっては食べる機会の減った、甘しょっぱいアレ。
それにしても、絵里ちゃん意外と渋いな。
とか言ったら、怒られそうだけど。
「まあもっとも、俺の場合は甘いもの食べないから何もいらないけどね」
「そんなぁ! それじゃ、こまっ……」
「困る?」
「っ……祐恭さん、ずるい……」
「そういう顔するほうが、よっぽどずるいと思うけど」
くすくす笑いながら近づくと、唇を結んで眉を寄せる。
ほんの少しだけ自分のせいで明かりが陰り、一層赤い唇が目についた。
「続きは家でしようか」
「で、でも、祐恭さん……忙しいんじゃ……」
「レポートのまとめの話だよ?」
「っ……!」
頬に指先で触れ、顎をたどって少しだけ上を向かせる。
ああ、その顔もかわいいね。
小さく笑って口づけると、まだイチゴの甘い香りがした。
********
「ふふ。小さい子は喜ぶでしょうね」
「そーか? 恭介さんが知ったら、怒りそうじゃね?」
「これくらいで怒ったりしないよ?」
ならよし。
赤と言うよりやや紫に近い色の口紅でもつけているかのような、葉月。
やめとけと言ったのに『おもしろそうだね』と意外な台詞とともにコイツは優人の紅茶を自ら口にした。
手鏡を覗きながらくすくす笑っている今、それこそ普段とはまるで違う濃い色の唇が余計目につく。
「…………」
色が白いからか、やけに目立つんだよな。
つか、えろい。
恐らくは無意識だろうが、手鏡をテーブルへ置いたまま指先で唇をなぞり、その様がやたら艶やかで。
ニュースで流れている作り物のメイクを纏う連中とはまた違う意味で目立つ。
「向こうでもやるのか? ハロウィン」
「んー、やるっていうか……イベントくらいかな。友達の家を訪ねることはしないよ」
「へえ」
まあ確かに、ハロウィンはアメリカがメインか。
とはいえ、数日前からうちの玄関にもくり抜かれたオレンジのかぼちゃが花台に鎮座しており、小さいながらも夜になると葉月は火を灯してランタンにしていた。
マメだなほんと。
まあ、もしかしなくても意外と祭りとかそーゆーの好きなんだろーけど。
「高校のときは、学校でチャリティパーティーをするの」
「チャリティ?」
「うん。その日だけは仮装して登校していいことになってる代わりに、募金を集めて市内の病院へ寄付するんだよ」
「はー。殊勝な心がけだな」
「せっかく人が集まるなら、貢献できるとなおいいって思うんじゃないかな」
となると、コイツの目には……いや、そういうことをしてる連中からしたら、単に仮装して酒飲んで挙げ句の果てに散らかすだけの連中はどう見えてるんだかな。
ソファへもたれたまま両手を頭の後ろで組み、テレビへ視線を移す。
と、ちょうどいいタイミングでハロウィンの中継から湯河原の温泉宿特集へと切り替わった。
「てことは、お前もなんか仮装したのか?」
「仮装っていうか……私の場合は、袴をはいて行ったけれど」
「は?」
隣へ腰掛けた葉月に、思い切り声が出た。
袴って……なんでまた。
いや、そりゃ日本人なら別におかしくねーけどよ。
にしたってまさかンな答え出てくるとか思わねーだろ。
よほど俺が意外そうな顔をしたらしく、葉月はくすくす笑うとスマフォを取り出して何か探し始めた。
「うわ、すっげぇ」
「ふふ。意外でしょう? お父さんもこんなことするんだよ」
「いや、それもあるけど……ってすげぇな。これ、ガチで人斬ってる顔じゃね」
「もう。怒られるよ?」
「……言うなよ」
スマフォの画面いっぱいに映る、恭介さんと葉月の写真。
だがしかし、まさかの袴違いっつーか……まさか居合の格好とは誰が思うよ。
白と紺の組み合わせといい、手にしてる大振りの模造刀といい……この血糊といい。
にこやかではなく不敵な笑みにしか見えず、ホンモノっぽくて一瞬背筋が震える。
「つか、さすがにこんなスプラッタで学校行かねーだろ?」
「行くよ?」
「マジで!?」
「まだ、おとなしいほうだと思うの。……ほら」
「うわ。グロい」
映し出されたのは、まさにゾンビ集団。
メイクもかなり凝っており、小さい子どもが見たら泣くレベル。
ゾンビだけでなくハラワタぶら下げてるミイラしかり、フランケンしかり、どいつもこいつもクオリティ高すぎだろ。
さすが海外。ちょっとナメてた。
「……こんな連中相手に授業するとか、教師もすげーな」
「ふふ。特別だね」
数枚の写真の中には授業風景もあり、ズタボロの服をまとう連中がみな大人しく着席していた。
つか、教員も仮装ってすげーな。
英語で書かれているのでぱっと見て英語の授業か見まごうが、多分違う。理科か何かだな。
ちなみに、写真に写っている教師は血まみれの白衣をまとっている。
「…………」
スマフォをいじり、写真の一覧からふたたび袴姿の葉月を選ぶ。
様々な連中と写ってはいるが、普段どころかまったく見たことのない姿に、つい興味が出たらしい。
白と紺の袴をまとい、高い位置で髪を結んでいる。
手には模造刀。
あー、こういうポスターありそう。
つか、じーちゃんが見たらこれを基にして剣士募集チラシ作りそうだなと素直に思った。
「ん?」
「いや……お前和装似合うな」
「そうかな? ありがとう」
素直な感想を伝えると、いつもと同じように笑みを浮かべる。
袴も悪くねーな。
機会があったら、こっちでも着たらいい。
「…………」
がしかし、そういって笑った葉月は、写真とは異なり艶やかな唇のまま。
違う意味で目が行き、スマフォを返しながら体の向きを変える。
「え?」
「言ってみ?」
「Happy Halloween?」
「そっちじゃねぇやつ」
あー、そうだな。お前は言わないだろうよ。
首をかしげたのを見ながら、指先で頬に触れる。
さらりと髪が流れ、ほのかに甘い香りがした。
ああ、そういやあの紅茶も薔薇だつってたっけな。
実際に甘いかどうかは知らないが、少なくとも香りは十分甘かった。
「Trick or treat?」
聞き返す意味だったんだろうが、よほどいい発音でささやかれ小さく笑いが漏れる。
残念。あいにくもう、手元に菓子はない。
テーブルの端に、お袋が職場で配ったらしいチョコの残りがあったが、それは見ないことにした。
「So naughty」
「ッ……たーくん!」
「発音がえろい」
「そういう使い方しないでしょう? もう!」
「なんだよ。褒めてンぞ、これでも」
「だって……びっくりするじゃない」
言葉通り、葉月は目を丸くした。
だが、ほんのり頬を染めており、それがさらに……だからえろいんだよ、お前。
「んっ……!」
視線を逸らしたのを見てから口づけ、押さえ込むように腕を回す。
菓子はいらないし、これといって渡せる何かはない。
が、そっちが先に希望したんであれば、しょーがねぇだろ。
大人しく……いや、甘んじて受ければいい。
「……ふ……」
わずかに漏れた吐息が、やけに耳について。
向けられた眼差しが色っぽく見えるのは、唇のせいなんだろうな。
小さく笑うとついなぞるように唇に触れており、くすぐったようにつぐまれたが、その仕草がかえってぞくりとさせられた。
増税前の大決算
2019.10.01
んはー!!10月になってしもた!!!
間に合わなかったけど、増税小話。
……って、どんななんだか。
うぅ。本編書きます……。
「……それ、必要か?」
日曜の午後。
昨日の広告をまじまじ見ていたお袋へ告げると、すごい顔で睨まれた。
「アンタはいいわね、生活のことこれっぽっちも考えなくて済むんだから」
「失礼だぞ。俺だってちったぁ考えてる」
「あらそう。これっぽっちは考えてるのね。ふーん」
「……腹立つ」
冷茶のグラスを持ったままソファへ座ったのが、そもそも間違いだったらしい。
いつもみたいに、冷蔵庫から注いですぐ飲みきってくりゃよかったな。
そうしたら、こんな目に遭わなかっただろーに。
「つか、8%が10%になるだけって……たかが2%上がるだけだろ? デカい買い物するわけじゃねーし」
車や家の購入を検討してるなら、かなりデカいだろうけどな。
1000万ならそれこそ80万か100万の差だから、そりゃ今月までに契約すんだろーけど、たかが400円のトイレットペーパーだぜ?
32円と40円の違いって、そんなにデカくねーじゃん。
「だいたい、つい先週も同じこと言って買い溜めしてなかったか? どこに置くんだよ、紙ばっか。納戸いっぱいじゃねーの」
「あーやだやだ。これだから生活観念のない独り者は嫌なのよ。あのね、チリも積もればって言葉知らないの? たかが8円、されど8円よ? トイレットペーパーなんて、絶対使う必需品なんだから、安いうちにまとめて買っておいたらいいじゃない。腐るもんじゃないんだから」
「けど、置き場がなかったら邪魔でしかねーだろ? 今すぐ売り切れるようなもんでもねぇし、都度買いに行けよ」
「……あのね。買いに行けってアンタ、そもそもそのセリフが間違えてるってなんで気づかないの? 暇じゃないのよ私は!」
「なんでそーなんだよ。ンなこと言ってねーじゃん」
「買いに行けじゃなくて、買ってきなさいよじゃあ! アンタが! 帰りにドラッグストアのひとつやふたつ、あるでしょ!?」
ダン、とテーブルへ勢いよく湯呑みを置いたお袋が、あからさまに舌打ちをした。
うわ、やだやだ。
そーゆー反射すんから、俺がこーゆーふうに育ったってのに。
「買えたら買ってきてやるっつの」
「そのセリフじゃ、する気ゼロね」
「なんでだよ」
「行けたら行くってのと同レベルじゃない。絶対買ってこないわね、アンタ」
「……あのな」
つか、たかがトイレットペーパーごときでなんでここまで怒られなきゃなんねーんだよ。
それこそ、とばっちりでしかねーだろ。増税に対する。
しょーがねーじゃん。上がるもんは上がるんだから。
「…………」
ふとテレビを見ると、そこを流れるワイドショーでも『増税前の大量購入!』と題した内容を流していた。
トイレットペーパーに箱ティッシュ。紙おむつに洗剤……とまぁ、今しがたお袋が口にした『腐らないけどかさばるモノ』ばかり。
つか、こーやってテレビで煽るから余計買わなきゃって気になるのもねーか?
ある意味、暗示みたいなもんで。
「どうせなら新車購入に踏み切る連中取材しろよ。そのほうがよっぽどおもしろい」
「そーゆー高いものはいいのよ。生活必需品だから大変なんじゃない」
「けど、食品は据え置きなんだろ?」
「だから買ってないでしょ」
「……あ、そ」
けろりと言われ、まあそうなんだけど……なんだ。まあいいや。
どうせ、お袋としては『増税前に買わなくちゃ』より、『買うのが楽しいから買わなくちゃ』のほうが近い気もするしな。
好きにしてくれ。どーでもいい。
俺としては、有意義な休みを大事にするだけ。
「あ、ちょっと。はいこれ」
「は?」
「メモ作ったから、買ってきて」
「……はァ? なんで俺が。断るに決まってんだろ」
「暇なんでしょ? 行ってきなさいよ。そんでもって、いかに生活を支える主婦たちが忙しいか身をもって知ってきなさい」
「なんで俺が」
「暇でしょ。そして、主婦を馬鹿にしたでしょ」
「いつ俺がンなことしたよ。してねーだろ」
「言ったじゃない、買ってきてやるって。いつだってね、誰かのために自分の時間削ってまでやってくれてる人がいることに感謝するものよ。だから今日は、アンタが行ってきなさい。私はこれから、ドラマのまとめ再放送見るから」
「すっげぇ暇じゃん」
「暇じゃないって言ってるでしょ! 見逃したドラマ見るのに忙しい!」
「ち。うるせーな」
まさかの展開に眉を寄せるも……つか、ひょっとして最初からその気だったか?
だとしたら、乗せられた感ハンパない。
……くそ。やっぱリビングに来たのが間違いだった。
ここはひとつ、なかったことにするか。
「あ、そうそう。発泡酒もうないからね」
「……何?」
「昨日、私が飲みきったので終わったから。欲しけりゃ買いに行きなさい」
「ンで買い置きしてねーんだよ! 腐るモンじゃねぇんだから、まとめて買ってきとけよ!」
部屋へ戻ろうといたところで告げられ、大きな声が出た。
ちょうど洗濯物を取り込んできたらしい葉月が、出ようとしたリビングのドアから入ってくる。
「あらやだ、アンタ自分で今言ったばかりでしょ?」
「は!? 何を!」
「あいにく買い置きするとかさばるのよね。段ボールって」
「っ……」
「それに、アレって重たいのよね。だから、せいぜい2箱までしかまとめ買いなんてできないし」
「…………」
「ま、たかが何十円の差だし? 私はこの間もらったワインがあるから、それでちびちびするわー。これからの時期、発泡酒飲むと身体も冷えちゃうしね」
「……くそが」
「あら何? 何か言った?」
「言ってねーよ」
しっかり毒づいた上で反応はしたが、からから笑ったお袋は、宣言通り始まったドラマらしきものを見ると俺を振り返ることはなかった。
腹立つ。
つか、せっかく今日はダラダラしようと思ったのに。
読みたい本もあったし、なんなら洗車とパーツの下見にって思ってたのに……めんどくせーのが増えた。
「お前、ひま?」
「え?」
「ルナちゃんを巻き込まないでちょーだい。忙しいわよ」
「お袋には聞いてねーだろ!」
振り返らずに反応され、腹は立つ。
だが、葉月は小さく笑うと首をかしげた。
「買い物へ行くの?」
「しょーがねーだろ。酒がない」
「たまには禁酒したらいいのに」
「ンな、言うほど家で飲まねーだろ」
俺と違って、ガバガバ空けるそいつのほうがよっぽど飲んでるっつの。
「本屋さんへ行ってもいい? ずっと読みたかった本を買っておきたいの」
「何読むんだ?」
「えっと……言わなきゃだめかな?」
「いや、別にいーけど」
まあ、どうせ本屋行きゃわかるし。
葉月の口ぶりからして、恐らくは俺がひとことふたこと言いそうなやつなんだろ。
増税前の……ね。
いや、そもそもコイツも同じ考えかどーかは知らないが、まあ……そりゃま、いいんじゃねーの。経済回すって意味ではな。
「金」
「アンタ、チンピラかなんか?」
「いや、メモだけじゃなくて渡せよ。買ってきてやるから」
「レシートと交換で払ってあげるわよ。じゃなきゃアンタ、余計なもんまで買ってくるでしょ」
「買わねぇっつの」
「そう言って、先週新しいルアーとテグス買ってきたのどこの誰? 馬鹿じゃないの?」
「あーわかったわかった」
これ以上張り合っても、俺の労力になるだけなのがわかったから、せめて大人しく行くとするか。
レシートと交換、ね。
んじゃ、食品売り場にあるもんなら買ってもバレねだーだろ。
「今日の飯は寿司にしよーぜ」
「もう。どうしてそうなるの?」
「買い出し手数料」
葉月の背を押してリビングから脱出し、財布を取りに行くべく階段へ向かう。
すると、俺を振り返りながら葉月が苦笑した。
「伯母さん、きっと明細もチェックすると思うよ?」
「そこはテキトーにごまかしとけって」
「もう。そんなことしたら、叱られちゃうじゃない」
「したら、俺に買い物言いつけなくなるだろ? ある意味都合いい」
思ったことを口にしたまでだったが、葉月は少しだけ呆れたような顔をした。
うわ、お前腹立つぞそれ。
つか、だんだんお袋に似てきてねぇ?
「あ。ついでに俺の買い物も付き合えよ」
「え? たーくん、何か買いたいものあったの?」
「ひょっとして、増税前セールとかやってんかもしんねーじゃん」
ふと思いついたことをそのまま口にしたら、葉月は一転してくすくす笑った。
ンだよ失礼だなお前。
とひとこと言ってやろうと思ったものの、先に口を開かれ、結局言うことはできなかった。
「たーくん、今朝の伯母さんと同じこと言ってる」
「っ……な……!」
「ふふ。似てるね、ふたりとも」
「違う!」
断固として拒否したものの、葉月はしばらくの間思い出すかのようにくすくす笑っていた。
間に合わなかったけど、増税小話。
……って、どんななんだか。
うぅ。本編書きます……。
「……それ、必要か?」
日曜の午後。
昨日の広告をまじまじ見ていたお袋へ告げると、すごい顔で睨まれた。
「アンタはいいわね、生活のことこれっぽっちも考えなくて済むんだから」
「失礼だぞ。俺だってちったぁ考えてる」
「あらそう。これっぽっちは考えてるのね。ふーん」
「……腹立つ」
冷茶のグラスを持ったままソファへ座ったのが、そもそも間違いだったらしい。
いつもみたいに、冷蔵庫から注いですぐ飲みきってくりゃよかったな。
そうしたら、こんな目に遭わなかっただろーに。
「つか、8%が10%になるだけって……たかが2%上がるだけだろ? デカい買い物するわけじゃねーし」
車や家の購入を検討してるなら、かなりデカいだろうけどな。
1000万ならそれこそ80万か100万の差だから、そりゃ今月までに契約すんだろーけど、たかが400円のトイレットペーパーだぜ?
32円と40円の違いって、そんなにデカくねーじゃん。
「だいたい、つい先週も同じこと言って買い溜めしてなかったか? どこに置くんだよ、紙ばっか。納戸いっぱいじゃねーの」
「あーやだやだ。これだから生活観念のない独り者は嫌なのよ。あのね、チリも積もればって言葉知らないの? たかが8円、されど8円よ? トイレットペーパーなんて、絶対使う必需品なんだから、安いうちにまとめて買っておいたらいいじゃない。腐るもんじゃないんだから」
「けど、置き場がなかったら邪魔でしかねーだろ? 今すぐ売り切れるようなもんでもねぇし、都度買いに行けよ」
「……あのね。買いに行けってアンタ、そもそもそのセリフが間違えてるってなんで気づかないの? 暇じゃないのよ私は!」
「なんでそーなんだよ。ンなこと言ってねーじゃん」
「買いに行けじゃなくて、買ってきなさいよじゃあ! アンタが! 帰りにドラッグストアのひとつやふたつ、あるでしょ!?」
ダン、とテーブルへ勢いよく湯呑みを置いたお袋が、あからさまに舌打ちをした。
うわ、やだやだ。
そーゆー反射すんから、俺がこーゆーふうに育ったってのに。
「買えたら買ってきてやるっつの」
「そのセリフじゃ、する気ゼロね」
「なんでだよ」
「行けたら行くってのと同レベルじゃない。絶対買ってこないわね、アンタ」
「……あのな」
つか、たかがトイレットペーパーごときでなんでここまで怒られなきゃなんねーんだよ。
それこそ、とばっちりでしかねーだろ。増税に対する。
しょーがねーじゃん。上がるもんは上がるんだから。
「…………」
ふとテレビを見ると、そこを流れるワイドショーでも『増税前の大量購入!』と題した内容を流していた。
トイレットペーパーに箱ティッシュ。紙おむつに洗剤……とまぁ、今しがたお袋が口にした『腐らないけどかさばるモノ』ばかり。
つか、こーやってテレビで煽るから余計買わなきゃって気になるのもねーか?
ある意味、暗示みたいなもんで。
「どうせなら新車購入に踏み切る連中取材しろよ。そのほうがよっぽどおもしろい」
「そーゆー高いものはいいのよ。生活必需品だから大変なんじゃない」
「けど、食品は据え置きなんだろ?」
「だから買ってないでしょ」
「……あ、そ」
けろりと言われ、まあそうなんだけど……なんだ。まあいいや。
どうせ、お袋としては『増税前に買わなくちゃ』より、『買うのが楽しいから買わなくちゃ』のほうが近い気もするしな。
好きにしてくれ。どーでもいい。
俺としては、有意義な休みを大事にするだけ。
「あ、ちょっと。はいこれ」
「は?」
「メモ作ったから、買ってきて」
「……はァ? なんで俺が。断るに決まってんだろ」
「暇なんでしょ? 行ってきなさいよ。そんでもって、いかに生活を支える主婦たちが忙しいか身をもって知ってきなさい」
「なんで俺が」
「暇でしょ。そして、主婦を馬鹿にしたでしょ」
「いつ俺がンなことしたよ。してねーだろ」
「言ったじゃない、買ってきてやるって。いつだってね、誰かのために自分の時間削ってまでやってくれてる人がいることに感謝するものよ。だから今日は、アンタが行ってきなさい。私はこれから、ドラマのまとめ再放送見るから」
「すっげぇ暇じゃん」
「暇じゃないって言ってるでしょ! 見逃したドラマ見るのに忙しい!」
「ち。うるせーな」
まさかの展開に眉を寄せるも……つか、ひょっとして最初からその気だったか?
だとしたら、乗せられた感ハンパない。
……くそ。やっぱリビングに来たのが間違いだった。
ここはひとつ、なかったことにするか。
「あ、そうそう。発泡酒もうないからね」
「……何?」
「昨日、私が飲みきったので終わったから。欲しけりゃ買いに行きなさい」
「ンで買い置きしてねーんだよ! 腐るモンじゃねぇんだから、まとめて買ってきとけよ!」
部屋へ戻ろうといたところで告げられ、大きな声が出た。
ちょうど洗濯物を取り込んできたらしい葉月が、出ようとしたリビングのドアから入ってくる。
「あらやだ、アンタ自分で今言ったばかりでしょ?」
「は!? 何を!」
「あいにく買い置きするとかさばるのよね。段ボールって」
「っ……」
「それに、アレって重たいのよね。だから、せいぜい2箱までしかまとめ買いなんてできないし」
「…………」
「ま、たかが何十円の差だし? 私はこの間もらったワインがあるから、それでちびちびするわー。これからの時期、発泡酒飲むと身体も冷えちゃうしね」
「……くそが」
「あら何? 何か言った?」
「言ってねーよ」
しっかり毒づいた上で反応はしたが、からから笑ったお袋は、宣言通り始まったドラマらしきものを見ると俺を振り返ることはなかった。
腹立つ。
つか、せっかく今日はダラダラしようと思ったのに。
読みたい本もあったし、なんなら洗車とパーツの下見にって思ってたのに……めんどくせーのが増えた。
「お前、ひま?」
「え?」
「ルナちゃんを巻き込まないでちょーだい。忙しいわよ」
「お袋には聞いてねーだろ!」
振り返らずに反応され、腹は立つ。
だが、葉月は小さく笑うと首をかしげた。
「買い物へ行くの?」
「しょーがねーだろ。酒がない」
「たまには禁酒したらいいのに」
「ンな、言うほど家で飲まねーだろ」
俺と違って、ガバガバ空けるそいつのほうがよっぽど飲んでるっつの。
「本屋さんへ行ってもいい? ずっと読みたかった本を買っておきたいの」
「何読むんだ?」
「えっと……言わなきゃだめかな?」
「いや、別にいーけど」
まあ、どうせ本屋行きゃわかるし。
葉月の口ぶりからして、恐らくは俺がひとことふたこと言いそうなやつなんだろ。
増税前の……ね。
いや、そもそもコイツも同じ考えかどーかは知らないが、まあ……そりゃま、いいんじゃねーの。経済回すって意味ではな。
「金」
「アンタ、チンピラかなんか?」
「いや、メモだけじゃなくて渡せよ。買ってきてやるから」
「レシートと交換で払ってあげるわよ。じゃなきゃアンタ、余計なもんまで買ってくるでしょ」
「買わねぇっつの」
「そう言って、先週新しいルアーとテグス買ってきたのどこの誰? 馬鹿じゃないの?」
「あーわかったわかった」
これ以上張り合っても、俺の労力になるだけなのがわかったから、せめて大人しく行くとするか。
レシートと交換、ね。
んじゃ、食品売り場にあるもんなら買ってもバレねだーだろ。
「今日の飯は寿司にしよーぜ」
「もう。どうしてそうなるの?」
「買い出し手数料」
葉月の背を押してリビングから脱出し、財布を取りに行くべく階段へ向かう。
すると、俺を振り返りながら葉月が苦笑した。
「伯母さん、きっと明細もチェックすると思うよ?」
「そこはテキトーにごまかしとけって」
「もう。そんなことしたら、叱られちゃうじゃない」
「したら、俺に買い物言いつけなくなるだろ? ある意味都合いい」
思ったことを口にしたまでだったが、葉月は少しだけ呆れたような顔をした。
うわ、お前腹立つぞそれ。
つか、だんだんお袋に似てきてねぇ?
「あ。ついでに俺の買い物も付き合えよ」
「え? たーくん、何か買いたいものあったの?」
「ひょっとして、増税前セールとかやってんかもしんねーじゃん」
ふと思いついたことをそのまま口にしたら、葉月は一転してくすくす笑った。
ンだよ失礼だなお前。
とひとこと言ってやろうと思ったものの、先に口を開かれ、結局言うことはできなかった。
「たーくん、今朝の伯母さんと同じこと言ってる」
「っ……な……!」
「ふふ。似てるね、ふたりとも」
「違う!」
断固として拒否したものの、葉月はしばらくの間思い出すかのようにくすくす笑っていた。
Drive through real time
2019.08.03
「あ、次の信号右ね」
「はい」
一般的なセダンとは大きく違う点が、挙げればいくつもある。
2つあるルームミラーもそうなら、助手席にペダルがあるのもそう。
だがそれ以上に特別なのは、こうしてひとまわりも年下の子と、ふたりきりでドライブと称しながら密室で過ごせるってのが大きいだろうな。
ありえない日常を、公然とできるわけで。
いろんな子がいるが、少なくとも信号待ちしてる男連中やら、同僚やらが『いいよなぁお前は』って目線を向けてくる子に“引いて"もらえてるのはデカイだろう。
うちの自動車学校も、例に漏れず指名制度。
まぁもっとも、評価も下せるって意味では一石二鳥なんだろうな。
「路上教習、何回目だっけ?」
「まだ3回目ですね」
「そんなだっけ。なんか、もっと何回も出てる気が……って、あー、所内から乗ってるからかも」
「いつもお世話になってます」
「いや、それはこっちのセリフ。毎回指名してくれるなんて、冥利につきるぜ」
信号待ちでギアを落としたのを見ながら、うまくなったもんだなと内心嬉しさもある。
正直、今どきの若くてかわいいと思える彼女がマニュアル車で希望出してるって知って、本気かと半信半疑だった。
が、俺なんかよりよっぽどクラッチワークも丁寧なら、ギアもそう。
ああ、こうやって乗ってやったら車も喜ぶだろうな、なんて感じることは多々。
教習を重ねるごとに上手になっていく様は、見ていて楽しいし誇らしくも思う。
俺の指導の賜物、か。
いつだったか、彼女に言われたセリフ。
『教官がいいと、できない生徒も伸びるんですね』
冗談交じりだとわかってはいたが、それでも、かわいく笑いながら言われたセリフで一瞬言葉に詰まった。
いやいや、落ち着けよ俺。
どう考えたって社交辞令なら、こんな時間もあとちょっと。
卒業検定が終わってしまえば、公然としたこんな特別は回ってこない。
楽しいって思ったのも久しぶりなら、終わらせたくねぇなと思ったのは……不謹慎ながら初めてか。
タイプだからってだけじゃなく、彼女自身の反応も、飲み込みのよさも、そして短いながらも話しているうえで合致したいくつもの価値観も、惜しいと思った。
「瑞穂ちゃんてさ」
「っ……は、い」
「あー、ごめん。葉山さんのほうがいい? セクハラだもんな」
「そんな! あ、えと、そういうわけじゃなくて……全然、嬉しいです」
ドアへ頬杖をつきながら、ルームミラーを直すふりして彼女の表情をうかがうと、前を向いたままながらも、まんざらでもなさげに見えた。
間違いなく、自分の気持ちが大きく影響した結果だろうが、気持ちが緩む。
毎回、この50分間が終わってほしくないなと、彼女も感じてくれていればどれだけいいか、と薄い期待をしながら。
「…………」
彼氏は?
どこに住んでる?
休みの日は何してんの?
大学生なのは聞いたし、バイト先も自分の昔話にかこつけて聞き出してはいるが、聞けないことは多い。
セクハラまがいのことをしてきた自覚はあるが、それでも、にこにこと相槌をうってくれていながら次からぷっつり指名が途絶えた日には、心がへし折れるじゃ済まない怖さもあった。
年取ったんだろうな、間違いなく。
別にいいし、と思えなくなったのか……はたまた、この子ならって思ったのか、どっちかと言われたら俺はなんて答えるのか。
「鷹塚先生?」
「え?」
「えっと……しばらく道なりでいいですか?」
何を言おうとしてたのか、自分でも気づかないうちに景色が過ぎていた。
いつもなら、もっと手前の交差点で右折し、ぐるりと線路を超えるルートで教習所へ戻る。
線路、緩い登り坂、きつめのカーブに、幅の狭い路地。
いつもは、そこ。
だが、考え事をしていたのが功を奏してか——はたまた、無意識のうちにそうなればいいと考えていたのか、さてどっちだ。
この場所は、プライベート色のほうがずっと濃い。
「次の信号、右折ね」
「はい」
押しボタン式で変わる信号のある、横断歩道手前でウィンカーを出し、中央線へ寄る。
シフトダウンも、ブレーキングも、問題なし。
左手はシフトレバーに置かれているし、ギアチェンジも問題ないだろう。
「あそこ、右手にコンビニの看板見える?」
「はい」
いわゆる大手のコンビニ。
日用雑貨はもちろん、日ごろの俺の食生活やら何やらを細々と世話してくれる大事な店。
——であることを、彼女は知らない。
そして、よもやそんな超個人情報をさらけ出すとは、5分前の俺も考えてなかった。
「この2階が、俺んち」
「えっ」
「いつでも遊びに来ていいよ」
どう言えば、いつもみたいな冗談めいて聞こえただろう。
嘘だよ、冗談。
さすがに付け足すことはできず、一瞬の気まずさが車内に満ちる。
あー、言うんじゃなかった。
これで、次からは指名がぱたりと途絶える可能性大。
それでも、仕事柄いろんな出会いがあったにもかかわらず、今までは一線を引けてた自分が犯した、デカい判断ミスってことで片付けられればいいか。
残念だよ、お前。
若い子困らして、何したいんだか。
「あー、ぐるっと川沿いドライブして帰ろうぜ。3分前には戻れるだろ」
腕時計に視線を向け、教習日誌を開く。
そのとき、ギアに置かれた左手がハザードランプを押すのが見えたものの、一瞬何が起きたのかわからなかった。
「瑞穂ちゃん?」
「遠回りしたら、だめですか?」
「遠回り?」
カチカチとハザードの規則的な音が耳に届いているはずなのに、彼女の表情に視線が奪われたせいか、音が遠く消える。
大通りからは1本入った道だけあって、対向車も後続もない平坦な道。
ハンドルとギアに置かれていた両手を軽く組んだ彼女は、俺に向き直るとまっすぐに見つめた。
「この先の道を曲がって、少し行った場所……私の家なんです」
事実かどうかはわからないものの、つい今しがたの自分と同じことを言われ、ガラにもなくどきりとした。
それは、彼女のこの真剣な眼差しゆえだろう。
「……あー、それはちょっとまずいかな」
カチリとボールペンのノックを押し込み、くるりと回す。
反応を伺うように彼女を見つめたまま口にすると、残念そうというよりも、傷ついたような表情が見え、罪悪感を覚えた。
「え?」
「代わりと言っちゃなんだけど、今度詳細聞けるように、ID教えてもらえる?」
差し出すのはボールペンと左の手のひら。
交互に見やった彼女は、今の今と違って目を丸くした。
「プライベートで迎えに行ってもいい?」
「っ……」
残念ながら、教習時はスマフォ持ち込み厳禁。
あいにくメモ用紙なんてものも置いてはないから、できることといえばこの程度か。
「書いちゃって、いいんですか?」
「忘れないようにするには、これが一番だろ?」
「……ふふ。小学生のころ、やってました」
「瑞穂ちゃんも? いや、意外。俺なんてしょっちゅうだったけど」
彼女の左手が、俺の左手を支えるように触れ、柔らかさと温かさに少しだけ身体が反応する。
ペンを走らされる感触はくすぐったいが、素直に従ってくれている彼女を見ているのは、なんともいえない気分だ。
「鷹塚先生、私にも……書いてもらえませんか?」
「いいの? なかなか落ちないかもよ?」
「そのほうが嬉しいです」
「っ……」
ペンを渡されると同時に手のひらを差し出されたとき。
真正面からにっこり微笑まれ、こくりと喉が鳴った。
そんなかわいく笑うなよ。
この距離でソレはアウトじゃねーの。
「……はー。カメラついてなきゃいいのに」
「え? あっ……ほんとですね」
「ま、さすがに音まで拾われることは稀だけどね。記録だけは保存されてくから、ヘタなことできないんだよな」
車載カメラが当たり前につくようになったのは、いいのか悪いのか。
普段はまったく気にも留めなかったが、今日ばかりは付いていることがひどく残念でしかなかった。
「っ……」
「あー、なんかいけないことしてる気分」
「あはは、くすぐったいです」
彼女がしたのよりも、あからさまな形で手をつかみペンをあてがうと、ぴくりと指を動かした。
たったそれだけのことなのに、反応そのものがどこかエロチックに見えるのは、ひょっとしなくても俺が欲求不満なんだろうな。
「ここで止まってくれたおかげで、ビデオチェックも回避できる口実ができたな」
「そうですか?」
「ああ。Uターンできる? 元来た道戻って、正規ルートで帰ろうぜ」
ギアを入れたのを見て、周囲確認を同時に行うと、右を向いた瞬間彼女と目があってどちらともなく笑っていた。
ほんと、未来はわかんねぇもんだな。
こんなことになるって、誰が予測したよ。
「あー、もっかいうちの前通るから、確実に覚えて帰って」
「あ……はいっ」
ほぼほぼ無意識で彼女の頭を撫でた瞬間、珍しくクラッチワークでミス。
かくんと車体が動き、小さく笑いが漏れた。
「セーフだな。今日もエンストなし」
「ありがとうございます」
炊いたままだったハザードを消し、元来た道へ。
そのとき、彼女の横顔を何気なく見ていたら、噛みしめるかのようにやたらかわいい笑顔が何度か見られて、これはこれで堪らない気持ちになった。
というわけで、小話シリーズ4話目。
ほんとは、この話を思いついたから書きたいなーと思ってネタを探してるうちに、あそこまで増えた感じで。
ただ、これだけはどーしても女の子が勇気出して言う形にならなくて困ったんですよ。
というのは、相手が鷹塚せんせーだからかもしんないですけど。
てなわけで、職権乱用シリーズ第4弾でした(笑)
「はい」
一般的なセダンとは大きく違う点が、挙げればいくつもある。
2つあるルームミラーもそうなら、助手席にペダルがあるのもそう。
だがそれ以上に特別なのは、こうしてひとまわりも年下の子と、ふたりきりでドライブと称しながら密室で過ごせるってのが大きいだろうな。
ありえない日常を、公然とできるわけで。
いろんな子がいるが、少なくとも信号待ちしてる男連中やら、同僚やらが『いいよなぁお前は』って目線を向けてくる子に“引いて"もらえてるのはデカイだろう。
うちの自動車学校も、例に漏れず指名制度。
まぁもっとも、評価も下せるって意味では一石二鳥なんだろうな。
「路上教習、何回目だっけ?」
「まだ3回目ですね」
「そんなだっけ。なんか、もっと何回も出てる気が……って、あー、所内から乗ってるからかも」
「いつもお世話になってます」
「いや、それはこっちのセリフ。毎回指名してくれるなんて、冥利につきるぜ」
信号待ちでギアを落としたのを見ながら、うまくなったもんだなと内心嬉しさもある。
正直、今どきの若くてかわいいと思える彼女がマニュアル車で希望出してるって知って、本気かと半信半疑だった。
が、俺なんかよりよっぽどクラッチワークも丁寧なら、ギアもそう。
ああ、こうやって乗ってやったら車も喜ぶだろうな、なんて感じることは多々。
教習を重ねるごとに上手になっていく様は、見ていて楽しいし誇らしくも思う。
俺の指導の賜物、か。
いつだったか、彼女に言われたセリフ。
『教官がいいと、できない生徒も伸びるんですね』
冗談交じりだとわかってはいたが、それでも、かわいく笑いながら言われたセリフで一瞬言葉に詰まった。
いやいや、落ち着けよ俺。
どう考えたって社交辞令なら、こんな時間もあとちょっと。
卒業検定が終わってしまえば、公然としたこんな特別は回ってこない。
楽しいって思ったのも久しぶりなら、終わらせたくねぇなと思ったのは……不謹慎ながら初めてか。
タイプだからってだけじゃなく、彼女自身の反応も、飲み込みのよさも、そして短いながらも話しているうえで合致したいくつもの価値観も、惜しいと思った。
「瑞穂ちゃんてさ」
「っ……は、い」
「あー、ごめん。葉山さんのほうがいい? セクハラだもんな」
「そんな! あ、えと、そういうわけじゃなくて……全然、嬉しいです」
ドアへ頬杖をつきながら、ルームミラーを直すふりして彼女の表情をうかがうと、前を向いたままながらも、まんざらでもなさげに見えた。
間違いなく、自分の気持ちが大きく影響した結果だろうが、気持ちが緩む。
毎回、この50分間が終わってほしくないなと、彼女も感じてくれていればどれだけいいか、と薄い期待をしながら。
「…………」
彼氏は?
どこに住んでる?
休みの日は何してんの?
大学生なのは聞いたし、バイト先も自分の昔話にかこつけて聞き出してはいるが、聞けないことは多い。
セクハラまがいのことをしてきた自覚はあるが、それでも、にこにこと相槌をうってくれていながら次からぷっつり指名が途絶えた日には、心がへし折れるじゃ済まない怖さもあった。
年取ったんだろうな、間違いなく。
別にいいし、と思えなくなったのか……はたまた、この子ならって思ったのか、どっちかと言われたら俺はなんて答えるのか。
「鷹塚先生?」
「え?」
「えっと……しばらく道なりでいいですか?」
何を言おうとしてたのか、自分でも気づかないうちに景色が過ぎていた。
いつもなら、もっと手前の交差点で右折し、ぐるりと線路を超えるルートで教習所へ戻る。
線路、緩い登り坂、きつめのカーブに、幅の狭い路地。
いつもは、そこ。
だが、考え事をしていたのが功を奏してか——はたまた、無意識のうちにそうなればいいと考えていたのか、さてどっちだ。
この場所は、プライベート色のほうがずっと濃い。
「次の信号、右折ね」
「はい」
押しボタン式で変わる信号のある、横断歩道手前でウィンカーを出し、中央線へ寄る。
シフトダウンも、ブレーキングも、問題なし。
左手はシフトレバーに置かれているし、ギアチェンジも問題ないだろう。
「あそこ、右手にコンビニの看板見える?」
「はい」
いわゆる大手のコンビニ。
日用雑貨はもちろん、日ごろの俺の食生活やら何やらを細々と世話してくれる大事な店。
——であることを、彼女は知らない。
そして、よもやそんな超個人情報をさらけ出すとは、5分前の俺も考えてなかった。
「この2階が、俺んち」
「えっ」
「いつでも遊びに来ていいよ」
どう言えば、いつもみたいな冗談めいて聞こえただろう。
嘘だよ、冗談。
さすがに付け足すことはできず、一瞬の気まずさが車内に満ちる。
あー、言うんじゃなかった。
これで、次からは指名がぱたりと途絶える可能性大。
それでも、仕事柄いろんな出会いがあったにもかかわらず、今までは一線を引けてた自分が犯した、デカい判断ミスってことで片付けられればいいか。
残念だよ、お前。
若い子困らして、何したいんだか。
「あー、ぐるっと川沿いドライブして帰ろうぜ。3分前には戻れるだろ」
腕時計に視線を向け、教習日誌を開く。
そのとき、ギアに置かれた左手がハザードランプを押すのが見えたものの、一瞬何が起きたのかわからなかった。
「瑞穂ちゃん?」
「遠回りしたら、だめですか?」
「遠回り?」
カチカチとハザードの規則的な音が耳に届いているはずなのに、彼女の表情に視線が奪われたせいか、音が遠く消える。
大通りからは1本入った道だけあって、対向車も後続もない平坦な道。
ハンドルとギアに置かれていた両手を軽く組んだ彼女は、俺に向き直るとまっすぐに見つめた。
「この先の道を曲がって、少し行った場所……私の家なんです」
事実かどうかはわからないものの、つい今しがたの自分と同じことを言われ、ガラにもなくどきりとした。
それは、彼女のこの真剣な眼差しゆえだろう。
「……あー、それはちょっとまずいかな」
カチリとボールペンのノックを押し込み、くるりと回す。
反応を伺うように彼女を見つめたまま口にすると、残念そうというよりも、傷ついたような表情が見え、罪悪感を覚えた。
「え?」
「代わりと言っちゃなんだけど、今度詳細聞けるように、ID教えてもらえる?」
差し出すのはボールペンと左の手のひら。
交互に見やった彼女は、今の今と違って目を丸くした。
「プライベートで迎えに行ってもいい?」
「っ……」
残念ながら、教習時はスマフォ持ち込み厳禁。
あいにくメモ用紙なんてものも置いてはないから、できることといえばこの程度か。
「書いちゃって、いいんですか?」
「忘れないようにするには、これが一番だろ?」
「……ふふ。小学生のころ、やってました」
「瑞穂ちゃんも? いや、意外。俺なんてしょっちゅうだったけど」
彼女の左手が、俺の左手を支えるように触れ、柔らかさと温かさに少しだけ身体が反応する。
ペンを走らされる感触はくすぐったいが、素直に従ってくれている彼女を見ているのは、なんともいえない気分だ。
「鷹塚先生、私にも……書いてもらえませんか?」
「いいの? なかなか落ちないかもよ?」
「そのほうが嬉しいです」
「っ……」
ペンを渡されると同時に手のひらを差し出されたとき。
真正面からにっこり微笑まれ、こくりと喉が鳴った。
そんなかわいく笑うなよ。
この距離でソレはアウトじゃねーの。
「……はー。カメラついてなきゃいいのに」
「え? あっ……ほんとですね」
「ま、さすがに音まで拾われることは稀だけどね。記録だけは保存されてくから、ヘタなことできないんだよな」
車載カメラが当たり前につくようになったのは、いいのか悪いのか。
普段はまったく気にも留めなかったが、今日ばかりは付いていることがひどく残念でしかなかった。
「っ……」
「あー、なんかいけないことしてる気分」
「あはは、くすぐったいです」
彼女がしたのよりも、あからさまな形で手をつかみペンをあてがうと、ぴくりと指を動かした。
たったそれだけのことなのに、反応そのものがどこかエロチックに見えるのは、ひょっとしなくても俺が欲求不満なんだろうな。
「ここで止まってくれたおかげで、ビデオチェックも回避できる口実ができたな」
「そうですか?」
「ああ。Uターンできる? 元来た道戻って、正規ルートで帰ろうぜ」
ギアを入れたのを見て、周囲確認を同時に行うと、右を向いた瞬間彼女と目があってどちらともなく笑っていた。
ほんと、未来はわかんねぇもんだな。
こんなことになるって、誰が予測したよ。
「あー、もっかいうちの前通るから、確実に覚えて帰って」
「あ……はいっ」
ほぼほぼ無意識で彼女の頭を撫でた瞬間、珍しくクラッチワークでミス。
かくんと車体が動き、小さく笑いが漏れた。
「セーフだな。今日もエンストなし」
「ありがとうございます」
炊いたままだったハザードを消し、元来た道へ。
そのとき、彼女の横顔を何気なく見ていたら、噛みしめるかのようにやたらかわいい笑顔が何度か見られて、これはこれで堪らない気持ちになった。
というわけで、小話シリーズ4話目。
ほんとは、この話を思いついたから書きたいなーと思ってネタを探してるうちに、あそこまで増えた感じで。
ただ、これだけはどーしても女の子が勇気出して言う形にならなくて困ったんですよ。
というのは、相手が鷹塚せんせーだからかもしんないですけど。
てなわけで、職権乱用シリーズ第4弾でした(笑)
B'zづくし
2019.07.31
ここ数日、HINOTORIをひたすらに観ております。
はーもーはーもーーー滾る。
そして、すっごい充実するわ、お肌つやつやになるわ、髪もつやつやになるわで、とてもよいです。
はーたまらんぬ!!!
稲葉さんかっこよすぎ。
松本さんかっこよすぎ。
総じて、かっこよすぎです。B'zほんと最高。
9月のライブビューイング、当たって欲しいなぁ。
なにがなんでも、仕事を定時で上がって走るわ。
観に行くんだ……そしてまた、来年までがんばれるように英気養うんだ……。
年に一度が、二度あるかもしれない今年。
どうか観にいけますようにと願いながら、仕事します。
この夏まではものっそい忙しくて、なかなか日記も結局書けず。
一時期はなんとか更新できたのに、やっぱり、気の持ちようなのか私のバランスの悪さなのか……。
9月前には、もうすこしなんとかしたい。
現在進行形でB eを読み直してますが、はー、かゆい!もうかゆいよ!!
こっぱずかしい気持ちでいっぱいです。
皆様には、心からの感謝しかありません。
本当にありがとうございます。
はーもーはーもーーー滾る。
そして、すっごい充実するわ、お肌つやつやになるわ、髪もつやつやになるわで、とてもよいです。
はーたまらんぬ!!!
稲葉さんかっこよすぎ。
松本さんかっこよすぎ。
総じて、かっこよすぎです。B'zほんと最高。
9月のライブビューイング、当たって欲しいなぁ。
なにがなんでも、仕事を定時で上がって走るわ。
観に行くんだ……そしてまた、来年までがんばれるように英気養うんだ……。
年に一度が、二度あるかもしれない今年。
どうか観にいけますようにと願いながら、仕事します。
この夏まではものっそい忙しくて、なかなか日記も結局書けず。
一時期はなんとか更新できたのに、やっぱり、気の持ちようなのか私のバランスの悪さなのか……。
9月前には、もうすこしなんとかしたい。
現在進行形でB eを読み直してますが、はー、かゆい!もうかゆいよ!!
こっぱずかしい気持ちでいっぱいです。
皆様には、心からの感謝しかありません。
本当にありがとうございます。
いただきもの。
2019.07.31
「おかえりなさい」
「ただいま。……って、またずいぶんデカい荷物だな」
玄関のドアを開けたら、デカイ箱を両手で抱えるように葉月が持っていた。
が、見覚えあるといえばある。
それも、決まって毎年この時期に。
「あ。あー、りかこさんか」
靴を脱ぎながら思い当たった人物の名を口にすると、葉月は意外そうに目を丸くしてからくすくす笑う。
なんだその反応。
そんなに意外か? 俺が、誰からのモンか聞く前に当てるのが。
「たーくん、おいしいものはちゃんと覚えてるんだね」
「なんだそれ」
「だって、普段フルーツなんてほとんど食べないのに、すぐわかったじゃない」
まあ、それは否定しない。
お袋やら羽織やら葉月やらは、夕食後であろうとなんだろうと甘い果物をよく食べてるのを見かけるが、俺にはさっぱりわからない習慣。
そういや、葉月と住むようになってからは、果物が朝食で出ることが多くなったな。
季節柄のモンが並ぶのは、こいつがちゃんとしてるってことなんだろ。
そういや今朝は、隣のおばちゃんにもらったとかって、カットスイカが並べられてたか。
「メシは?」
「もうできてるよ。なす、たくさんいただいちゃった」
「……お前、ほんっとよく物をもらうよな」
「ご近所さんって、ありがたいね。なかなかお礼できなくて、申し訳ないんだけど」
「いーんじゃねーの? 向こうだって別に、ハナから礼期待してねーだろ」
「そうかもしれないけど……」
「今度会ったら俺も礼言っとく」
「ん、そうしてね」
これまでも何回か近所のばーちゃんたちへ礼を言ったことはあったが、そのたびに『あの子、よくできた子ね』とか『この間いただいたお菓子おいしかったわよ』なんてセリフをもらう。
葉月は葉月なりに近所へ溶け込んではいるし、ある意味ではもちつもたれつなんだろうな。
こないだは、抹茶のシフォンケーキをおすそわけしたとかって聞いた気もするし。
鞄を持ち直して部屋へ向かうと、どこからともなく吹いてきた風が、意外と冷たくて心地よかった。
「で?」
「え?」
「お前、もう食う気?」
「えっと……本当は、ちょっぴり冷やしたほうがいいのかもしれないけれど……」
「いや、別に冷たかろーが常温だろーがどっちでもいいけど」
メシを食う気満々でダイニングへきたら、ガラスの器へ白桃がカットされており、麻婆茄子の匂いよりも先に、桃の甘い香りが鼻へついた。
最近、葉月は夕飯を多少なりとは食うようになったが、今日はひょっとしなくても、これだけで済ませそうだな。
実際、俺の席には白米と味噌汁のセットがあったが、対面にはグラスに入った薄桃色の液体しかなかったし。
「それは?」
「ざくろのアイスティーなの。いい香りなんだよ」
「ふぅん」
相変わらず、知らないモンが我が家には存在するんだな。
そういう意味で言えば、見聞は広がったか。
椅子へ腰かけ、早速箸を手に——取りつつも、桃をひときれ。
すると、同じように座った葉月が小さく笑う。
「とってもいい香りで、食べたくなっちゃったの」
「珍しいな。お前がそんな風に言うとか」
「いい香りでしょう?」
「甘い」
「ふふ。冷えてないから、余計に甘みがわかるのかもしれないね」
頬張った途端、桃の香りと甘さが口の中へ広がる。
うまいとは、素直に思う。
が、そう言う前に目の前の葉月の顔を見て、小さく笑いが漏れた。
「なぁに?」
「いや、幸せそうに食うな、と思って」
「だって、おいしいんだもん」
「まぁな」
もうひとつつまんでから、ガラスの器を葉月へ押すと、意外そうな顔をして首をかしげた。
「もういい」
「おいしいのに?」
「いや、俺は普通にメシ食いたい」
口元へ手を当てて不思議そうに問われるも、茶碗を持って箸を振る。
と、『お行儀悪いよ?』と相変わらずなセリフがとんできた。
承知はしてるが、気にはしてない。
しばらく残っていた桃の香りも、味噌汁を飲んだらすぐに消えた。
……目の前で、自分以上にうまそうに食うヤツがいたら誰だって譲るだろ。
フォークを再度桃へ伸ばしたのがわかって視線を向けると、すぐにまた葉月は、それはそれは幸せそうな顔で笑い、噴き出しつつまた同じセリフを口にする羽目になった。
というわけで、ねこ♪さんにいただきものへのお礼です〜!
ありがとうございました( ´ ▽ ` )
「ただいま。……って、またずいぶんデカい荷物だな」
玄関のドアを開けたら、デカイ箱を両手で抱えるように葉月が持っていた。
が、見覚えあるといえばある。
それも、決まって毎年この時期に。
「あ。あー、りかこさんか」
靴を脱ぎながら思い当たった人物の名を口にすると、葉月は意外そうに目を丸くしてからくすくす笑う。
なんだその反応。
そんなに意外か? 俺が、誰からのモンか聞く前に当てるのが。
「たーくん、おいしいものはちゃんと覚えてるんだね」
「なんだそれ」
「だって、普段フルーツなんてほとんど食べないのに、すぐわかったじゃない」
まあ、それは否定しない。
お袋やら羽織やら葉月やらは、夕食後であろうとなんだろうと甘い果物をよく食べてるのを見かけるが、俺にはさっぱりわからない習慣。
そういや、葉月と住むようになってからは、果物が朝食で出ることが多くなったな。
季節柄のモンが並ぶのは、こいつがちゃんとしてるってことなんだろ。
そういや今朝は、隣のおばちゃんにもらったとかって、カットスイカが並べられてたか。
「メシは?」
「もうできてるよ。なす、たくさんいただいちゃった」
「……お前、ほんっとよく物をもらうよな」
「ご近所さんって、ありがたいね。なかなかお礼できなくて、申し訳ないんだけど」
「いーんじゃねーの? 向こうだって別に、ハナから礼期待してねーだろ」
「そうかもしれないけど……」
「今度会ったら俺も礼言っとく」
「ん、そうしてね」
これまでも何回か近所のばーちゃんたちへ礼を言ったことはあったが、そのたびに『あの子、よくできた子ね』とか『この間いただいたお菓子おいしかったわよ』なんてセリフをもらう。
葉月は葉月なりに近所へ溶け込んではいるし、ある意味ではもちつもたれつなんだろうな。
こないだは、抹茶のシフォンケーキをおすそわけしたとかって聞いた気もするし。
鞄を持ち直して部屋へ向かうと、どこからともなく吹いてきた風が、意外と冷たくて心地よかった。
「で?」
「え?」
「お前、もう食う気?」
「えっと……本当は、ちょっぴり冷やしたほうがいいのかもしれないけれど……」
「いや、別に冷たかろーが常温だろーがどっちでもいいけど」
メシを食う気満々でダイニングへきたら、ガラスの器へ白桃がカットされており、麻婆茄子の匂いよりも先に、桃の甘い香りが鼻へついた。
最近、葉月は夕飯を多少なりとは食うようになったが、今日はひょっとしなくても、これだけで済ませそうだな。
実際、俺の席には白米と味噌汁のセットがあったが、対面にはグラスに入った薄桃色の液体しかなかったし。
「それは?」
「ざくろのアイスティーなの。いい香りなんだよ」
「ふぅん」
相変わらず、知らないモンが我が家には存在するんだな。
そういう意味で言えば、見聞は広がったか。
椅子へ腰かけ、早速箸を手に——取りつつも、桃をひときれ。
すると、同じように座った葉月が小さく笑う。
「とってもいい香りで、食べたくなっちゃったの」
「珍しいな。お前がそんな風に言うとか」
「いい香りでしょう?」
「甘い」
「ふふ。冷えてないから、余計に甘みがわかるのかもしれないね」
頬張った途端、桃の香りと甘さが口の中へ広がる。
うまいとは、素直に思う。
が、そう言う前に目の前の葉月の顔を見て、小さく笑いが漏れた。
「なぁに?」
「いや、幸せそうに食うな、と思って」
「だって、おいしいんだもん」
「まぁな」
もうひとつつまんでから、ガラスの器を葉月へ押すと、意外そうな顔をして首をかしげた。
「もういい」
「おいしいのに?」
「いや、俺は普通にメシ食いたい」
口元へ手を当てて不思議そうに問われるも、茶碗を持って箸を振る。
と、『お行儀悪いよ?』と相変わらずなセリフがとんできた。
承知はしてるが、気にはしてない。
しばらく残っていた桃の香りも、味噌汁を飲んだらすぐに消えた。
……目の前で、自分以上にうまそうに食うヤツがいたら誰だって譲るだろ。
フォークを再度桃へ伸ばしたのがわかって視線を向けると、すぐにまた葉月は、それはそれは幸せそうな顔で笑い、噴き出しつつまた同じセリフを口にする羽目になった。
というわけで、ねこ♪さんにいただきものへのお礼です〜!
ありがとうございました( ´ ▽ ` )