GO !
2019.05.01
読みなおしをしまーす。
genuineも、Beもthinkも穂澄たちも鷹塚センセも、なんかそのへん全部。
時代にそった、ミニ修正をします(笑)
車も変えるかなー。どうしようかなー。
そんな、ミニ修正を今年やってみます。
それと、おかしなことになってた、ブログの記事の折りたたみを直しました。
タグの打ち方間違ってた(てへぺろ
あとは、100ちゃれ書いてて気づいたんですが、
think読みなおしたせいで、あっち熱がひどい。
とりあえず、孝之と葉月を出したくなる症候群なので、
thinkも整理しつつ、black honeyみたいに、完結後の小話形式でアップしようかなーと。
ネタ帳見つけて、書きたいのがあった(笑)
あとは、恭介と葉月の出会いとかそのへんを、修正して出そうかなぁと。
だいーーぶ昔、extraを出したときに、thinkのダウンロード版用にと書いたものなんですが、
時代の流れとともに法律も変わってて、変更しないとまずいまずい(笑)
あとは、ダウンロード版を出すつもりがなくなったので、そのまま公開します。
やりたいことやるー。
genuineも、Beもthinkも穂澄たちも鷹塚センセも、なんかそのへん全部。
時代にそった、ミニ修正をします(笑)
車も変えるかなー。どうしようかなー。
そんな、ミニ修正を今年やってみます。
それと、おかしなことになってた、ブログの記事の折りたたみを直しました。
タグの打ち方間違ってた(てへぺろ
あとは、100ちゃれ書いてて気づいたんですが、
think読みなおしたせいで、あっち熱がひどい。
とりあえず、孝之と葉月を出したくなる症候群なので、
thinkも整理しつつ、black honeyみたいに、完結後の小話形式でアップしようかなーと。
ネタ帳見つけて、書きたいのがあった(笑)
あとは、恭介と葉月の出会いとかそのへんを、修正して出そうかなぁと。
だいーーぶ昔、extraを出したときに、thinkのダウンロード版用にと書いたものなんですが、
時代の流れとともに法律も変わってて、変更しないとまずいまずい(笑)
あとは、ダウンロード版を出すつもりがなくなったので、そのまま公開します。
やりたいことやるー。
Be with 0話 公開
2019.05.01
令和元年おめでとうございます!
というわけで、0話公開。
「ーーだから、黒だっつってんだろ」
いつもより遅い時間というよりは、春休みのほぼ定刻となった10時少し過ぎ。
顔を洗ってからリビングへ行こうとしたら、お兄ちゃんの声が階段のほうから聞こえてきた。
と同時に聞こえるのは、複数っぽい足音。
「でもお前、この間白の86見て『白もいいよな』って言ってたじゃないか」
「言ったか? でもま、やっぱ乗るなら黒だろ。せっかくの後継機、ナンバーもベタに86にしてもいいけど、黒だな。黒」
ひとことだけ聞こえた、お兄ちゃんとは違う声に一瞬どきりとした。
女子校ということもあってか、男の人と接するのは先生くらい。
でも、そういえばお兄ちゃんくらいの若い先生って、すごく少ないんだよね。
もしかしたら、そのせいかもしれない。
そういえばお兄ちゃん、普段家に友達とかほとんど連れてこないし。
来るとしても、従兄弟の優くんくらいだもんなぁ。
「あら、あんた今起きたの?」
「おはよ」
「おはよじゃないわよ。何時だと思ってるの、まったく」
どこかへ出かけようとしていたらしき、お母さんがため息をついた。
ダイニングのテーブルには、朝ごはんだったとおぼしき、フレンチトーストのお皿。
いつものように、「適当」を彷彿とする姿そのもので、どーんとお皿にカットされないままの食パンフレンチトーストが乗っている。
「お客さん?」
「ああ、祐恭君でしょ。律儀にお土産持ってきてくれたのよ。おいしかったわよー、あれ」
ああ、なるほど。祐恭君という名前は、家でもよく聞くことはある。
お兄ちゃんの高校時代からの友達で、お父さんの教え子なんだよね。
でも、顔を見たことはないから、どんな人なのかは実は知らない。
お母さんが言うには、お兄ちゃんが高校時代には会ってるはずよって言われたけど、うーん、どうかなぁ。覚えてないんだよね。
だって、お兄ちゃんが高校生のころってことは、私は小学生なわけで。
そんな昔のことを覚えていられるほど、実は記憶力に自信がない。
「明日から3年生でしょ? 受験よ? 受験。もうちょっときちっとした生活リズムにしとかないと、あとあとつらいわよ?」
「う。わかってるもん」
「わかってない顔でしょ、それは」
「もぅ、お母さん朝から厳しい」
「朝じゃないでしょうが」
うぅ……それはそうなんだけど、だからってちょっと言い過ぎだと思うよ?
キッチンの冷蔵庫前へ逃げるように移動して、昨日買ってもらったレモンティーのペットボトルを取り出す。
この色、元気でるんだよね。
すでに日が高くなっているせいか、日差しを受けてきらりと光る。
「お母さん、出かけるんじゃないの?」
「あ、そうだったわ。今日、昼過ぎから天気悪くなるって言ってたから、洗濯物取り込んでおいてちょうだい」
「えぇ!? 私も、絵里と出かける約束……」
「いーじゃないの。もうとっくに乾いてるから、行く前に取り込みなさい」
「だったらお母さんがーー」
「つべこべ言わない。暇なんだから」
「うぅ……はっきりと……」
ずびし、とお兄ちゃんがやるみたいに人差し指を向けられ、ぐさりと心にダメージを負う。
暇っていうけど、休みの日に暇なのは、お兄ちゃんもお母さんもひょっとしたらお父さんもじゃないの?
すでに姿が見えないけれど、お父さんはお父さんできっと休日を満喫してるはず。多分。わかんないけど。
「で? 絵里ちゃんとどこ行くの?」
「え? モールとカラオケだよ?」
「………………」
「う、お、お母さんっ! 早く出かけないと、雨降るって!」
「……あんた、ほんとに……」
「あ! あー、私、夕飯いらないと思うから、気にしないでゆっくりしてきてねっ!」
「お風呂洗っておきなさいね」
「喜んでやっておきます」
一瞬『え!』と言いかけたけれど、飲み込んでこくこくとうなずく。
冷ややかな眼差しは、寝起きにはつらい。
うぅ、でもだって、春休み最終日なんだもん。
今年の春休みはまさかの宿題が出て、ひーひー言いながら今まで(というか正確には夜中まで)やってたんだもん、許してほしい。
まだまだ女子高生、楽しいことはしておきたい。
……ううん。
今年が、最後の女子高生だもん。
楽しいこと、めいっぱい経験して、次のステップへ進みたいと思うのは自然じゃないのかな。
「まったく。彼氏の一人でもいれば、さらに青春謳歌できるでしょーけどね」
「ごほ! お、おかあさっ……ごほごほ!」
レモンティーを飲んだ瞬間ため息をつかれ、気管に入ったせいで大きく咳き込む。
知ってるよ? そりゃあ、お母さんが何歳でお父さんと付き合ったのかってことは。
そしてそして、まさかの私と同じ学校が母校で、当時出会ったことは。
でも、若い先生なんていないし、いたとしても恋愛対象になるわけがない。
そりゃあーー絵里の場合は別だけど。
えへへ。仲いいんだよね、絵里。
みんなには内緒だけど、絵里の彼氏さんは特別な人。
私も何年もーーと言ったら言い過ぎだけど、2年ほど前からお世話になってる方だ。
とっても優しくて、明るくて、ユーモアもあって、そしてそして炊事洗濯裁縫までこなすエリート。
『アイツがなんでもかんでもやるから、私の出番がないだけよ』と絵里はよく言うけれど、そうじゃないことも知ってる。
「ま、いい出会いがあるといいわね。せめてこの最終学年くらいは」
「それは……私だって、あったらいいなとは思うけど」
「それじゃ努力しなさいね。寝癖ついてるような子じゃ、誰も振り返ってくれないわよ」
「え!? うそ!」
「うそ。それじゃ、行ってきまーす」
「っ……もぅ、お母さん!」
さっき洗面所で確認したはずなのに、と慌てたのがよほどおかしかったらしい。
けらけらと笑ったお母さんは、肩をすくめると玄関へ向かった。
もぅ、みんなで私をからかわなくてもいいのに。
おかしいなぁ。
私、別にそういうキャラじゃないはずなんだけど。
「……3年生かぁ」
ちょっぴり冷たいフレンチトーストを食べながら、カレンダーに目がいく。
今年で最後。
1年後の今日、私はどこで何をしているんだろう。
周りの子たちが進学するというのもあって、大学へ行こうとは思っている。
学部は教育学部。
でも理由は何かと言われると、小学5、6年生のときの担任の先生がすっごく面白い人で、楽しかったからというシンプルなものが理由。
私も、小学生と一緒に遊びたい。
って言ったら、違うって怒られちゃいそうだけど。
でも、大きな影響を受けたといえばそれで。
お父さんが高校の先生だからとか、お母さんが保育士さんだからとか、お兄ちゃんが中学の先生を目指してたからとか、理由を考えようとすればたくさんあるんだろうけれど、これ! というものは正直ないまま。
ただ、幸いなことに我が家には教育関係者が多くいる。
その点は、メリットもデメリットも聞くことができるって意味では、恵まれた環境なんだろうけれど。
そういえば、お兄ちゃんが先生をやめて司書さんになったのは、なんでなんだろう。
「………………」
中学生だった当時、まさかの教育実習でこられたときは、なんで私のクラスなのかと心底先生方を恨んだ。
あからさまに馬鹿にされた私は、かわいそうだと思う。
絵里は散々、『やー、孝之さんの授業受けられるだけじゃなくて、あの顔見てられるとかホント最高ね』って言ってたけど、私には試練というかある意味いじめでしかなかった。
「……ん?」
物音がしたと思ったら、階段を降りてくる音が聞こえ始めた。
話し声もするから、どうやらお兄ちゃんが降りてきたらしい。
えっと……あと、お兄ちゃんのお友達も。
「え?」
「お前、今起きたのか? だっせぇ」
「む。お兄ちゃんに言われたくない」
リビングを覗いたお兄ちゃんと目が合い、むっとして眉を寄せる。
ていうか、お兄ちゃんこそ普段私より遅いことだってあるじゃない。
……てまあ確かに、最近は私のほうがよっぽど遅いみたいだけど。
「お袋は?」
「お母さんなら、出かけたよ」
「あ、そ。多分、メシ食わねーから。伝えとけ」
「えーやだ。私も絵里と出かけちゃうもん。連絡しとけばいいでしょ?」
「ンだよ、使えねぇな。ならいい」
あからさまに舌打ちされ、もやもやした気持ちでいっぱいになる。
ーーけれど。
「お前、普段からそんな言葉遣いなのか?」
「あ? なんだよ。説教か? 俺に」
「説教じゃなくて、意見だろ? 年下の子相手に、そんなふうに言わなくてもいいのに」
「じゃあお前、紗那ちゃんにこーゆークチきかねーの?」
「…………」
「だろ?」
姿は見えないけれど、どうやら私を気遣ってくれたようなセリフが聞こえ、思わぬ展開にどきりとした。
きっと、あいさつされることはない。
でもーーうわわ、どうしよう。今覗かれたら、まだパジャマなんですけど!
うぅ、今日に限ってちゃんと着替えておくんだった。
慌てて手櫛で髪を直しーーたところで、玄関の開く音が聞こえた。
と同時に、『お邪魔しました』の声も。
「あ、はぁい」
なんと言っていいものか、間の抜けたセリフしか出せなかった。
うぅ。だって、『どういたしまして』も、『また来てくださいね』も、私が言うのはあってない気がするんだもん。
お母さんはしょっちゅう言ってるセリフだし、なんなら玄関まで姿を見せて、そこでひとことふたことおしゃべりをする。
でも、さすがにそんな関係じゃないし、どう言っていいのかわからなかった。
「…………」
接触と言っていいほどのものじゃない。
でも、すごくどきどきした。
……お兄ちゃんの友達、かぁ。
きっと同い年だろうから、6歳年上の男の人。
お兄ちゃんとは違う性格なんだろうけれど、イメージは湧かない。
「言い忘れた」
「わぁっ!?」
「……ンだよ」
「び、びっくりさせないでよ! 出かけたんじゃないの?」
ぬっとリビングを覗いたお兄ちゃんに、思わぬ声が出た。
心臓がばくばくして、すごく苦しい。
うぅ、なんて日なの。本当に。
でも、顔が赤くなっていたのはこれで誤魔化されたかもしれない。
「冷蔵庫に入ってるロールケーキ、勝手に食うなよ」
「ロールケーキ? え、食べていいの?」
「話聞いてたか? お前。食うなっつってんだろ」
「え、でもお母さんが『おいしかった』って言ってたよ」
「ッち、アイツ……!」
あからさまに嫌そうな顔をしたお兄ちゃんに肩をすくめ、とりあえずフレンチトーストを口へ運ぶ。
でも、口の中はロールケーキを歓迎していて、メープルシロップはちょっと違うかなと思った。
「あ? 今行くって!」
玄関へ顔を向けたお兄ちゃんは、それ以上なにかを言うことはなく、姿を消した。
鍵の閉まった音のあと、ほどなくしてエンジン音が聞こえてくる。
今度こそお出かけしたらしい。
でも、ロールケーキかぁ。ちょっぴりなら食べても怒られないかなぁ?
だって、お兄ちゃんが食べるとなると、ほんっっっっとうにくれないんだもん。
そりゃあ、お兄ちゃんのお友達がくれたものなんだから、権限はお兄ちゃんにあるのかもしれないけど。
「ちょっとだけーーって、わわっ! 遅刻!!」
立ち上がった拍子に壁時計が目に入り、絵里との約束まで30分を切ってるのに気づいた。
うわぁ怒られる!
待ち合わせは、近くのショッピングセンター。
絵里の家からは近いけれど、うちからはバス停まで歩いたあと、バスを待たなければならない。
って、今の時間バスあったよね?
何分だっけ……って、着替えるのが先!
「っ……!」
食べた食器を片付けて、慌てて階段へ向かう。
そのとき、一瞬だけお兄ちゃんとは違う香りがした気がして、ふいにどきりとした。
『彼氏の一人でもいればーー』
お母さんのセリフが蘇る。
そりゃあ、彼氏がいればきっと楽しいだろうなとも思うし、どきどきもするんだろうなとは思う。
でも、まだ自分にはいいかなって思うのも正直なところ。
彼氏ができたら、自分がどんなふうに変わるのかわからなくて、ちょっぴり怖い気もする。
でも、見てみたい気もする。
……今年、そんなチャンスができたらいいのになぁ。
階段の窓から空を見上げると、予想以上に青くて晴れやかな日だった。
というわけで、0話公開。
「ーーだから、黒だっつってんだろ」
いつもより遅い時間というよりは、春休みのほぼ定刻となった10時少し過ぎ。
顔を洗ってからリビングへ行こうとしたら、お兄ちゃんの声が階段のほうから聞こえてきた。
と同時に聞こえるのは、複数っぽい足音。
「でもお前、この間白の86見て『白もいいよな』って言ってたじゃないか」
「言ったか? でもま、やっぱ乗るなら黒だろ。せっかくの後継機、ナンバーもベタに86にしてもいいけど、黒だな。黒」
ひとことだけ聞こえた、お兄ちゃんとは違う声に一瞬どきりとした。
女子校ということもあってか、男の人と接するのは先生くらい。
でも、そういえばお兄ちゃんくらいの若い先生って、すごく少ないんだよね。
もしかしたら、そのせいかもしれない。
そういえばお兄ちゃん、普段家に友達とかほとんど連れてこないし。
来るとしても、従兄弟の優くんくらいだもんなぁ。
「あら、あんた今起きたの?」
「おはよ」
「おはよじゃないわよ。何時だと思ってるの、まったく」
どこかへ出かけようとしていたらしき、お母さんがため息をついた。
ダイニングのテーブルには、朝ごはんだったとおぼしき、フレンチトーストのお皿。
いつものように、「適当」を彷彿とする姿そのもので、どーんとお皿にカットされないままの食パンフレンチトーストが乗っている。
「お客さん?」
「ああ、祐恭君でしょ。律儀にお土産持ってきてくれたのよ。おいしかったわよー、あれ」
ああ、なるほど。祐恭君という名前は、家でもよく聞くことはある。
お兄ちゃんの高校時代からの友達で、お父さんの教え子なんだよね。
でも、顔を見たことはないから、どんな人なのかは実は知らない。
お母さんが言うには、お兄ちゃんが高校時代には会ってるはずよって言われたけど、うーん、どうかなぁ。覚えてないんだよね。
だって、お兄ちゃんが高校生のころってことは、私は小学生なわけで。
そんな昔のことを覚えていられるほど、実は記憶力に自信がない。
「明日から3年生でしょ? 受験よ? 受験。もうちょっときちっとした生活リズムにしとかないと、あとあとつらいわよ?」
「う。わかってるもん」
「わかってない顔でしょ、それは」
「もぅ、お母さん朝から厳しい」
「朝じゃないでしょうが」
うぅ……それはそうなんだけど、だからってちょっと言い過ぎだと思うよ?
キッチンの冷蔵庫前へ逃げるように移動して、昨日買ってもらったレモンティーのペットボトルを取り出す。
この色、元気でるんだよね。
すでに日が高くなっているせいか、日差しを受けてきらりと光る。
「お母さん、出かけるんじゃないの?」
「あ、そうだったわ。今日、昼過ぎから天気悪くなるって言ってたから、洗濯物取り込んでおいてちょうだい」
「えぇ!? 私も、絵里と出かける約束……」
「いーじゃないの。もうとっくに乾いてるから、行く前に取り込みなさい」
「だったらお母さんがーー」
「つべこべ言わない。暇なんだから」
「うぅ……はっきりと……」
ずびし、とお兄ちゃんがやるみたいに人差し指を向けられ、ぐさりと心にダメージを負う。
暇っていうけど、休みの日に暇なのは、お兄ちゃんもお母さんもひょっとしたらお父さんもじゃないの?
すでに姿が見えないけれど、お父さんはお父さんできっと休日を満喫してるはず。多分。わかんないけど。
「で? 絵里ちゃんとどこ行くの?」
「え? モールとカラオケだよ?」
「………………」
「う、お、お母さんっ! 早く出かけないと、雨降るって!」
「……あんた、ほんとに……」
「あ! あー、私、夕飯いらないと思うから、気にしないでゆっくりしてきてねっ!」
「お風呂洗っておきなさいね」
「喜んでやっておきます」
一瞬『え!』と言いかけたけれど、飲み込んでこくこくとうなずく。
冷ややかな眼差しは、寝起きにはつらい。
うぅ、でもだって、春休み最終日なんだもん。
今年の春休みはまさかの宿題が出て、ひーひー言いながら今まで(というか正確には夜中まで)やってたんだもん、許してほしい。
まだまだ女子高生、楽しいことはしておきたい。
……ううん。
今年が、最後の女子高生だもん。
楽しいこと、めいっぱい経験して、次のステップへ進みたいと思うのは自然じゃないのかな。
「まったく。彼氏の一人でもいれば、さらに青春謳歌できるでしょーけどね」
「ごほ! お、おかあさっ……ごほごほ!」
レモンティーを飲んだ瞬間ため息をつかれ、気管に入ったせいで大きく咳き込む。
知ってるよ? そりゃあ、お母さんが何歳でお父さんと付き合ったのかってことは。
そしてそして、まさかの私と同じ学校が母校で、当時出会ったことは。
でも、若い先生なんていないし、いたとしても恋愛対象になるわけがない。
そりゃあーー絵里の場合は別だけど。
えへへ。仲いいんだよね、絵里。
みんなには内緒だけど、絵里の彼氏さんは特別な人。
私も何年もーーと言ったら言い過ぎだけど、2年ほど前からお世話になってる方だ。
とっても優しくて、明るくて、ユーモアもあって、そしてそして炊事洗濯裁縫までこなすエリート。
『アイツがなんでもかんでもやるから、私の出番がないだけよ』と絵里はよく言うけれど、そうじゃないことも知ってる。
「ま、いい出会いがあるといいわね。せめてこの最終学年くらいは」
「それは……私だって、あったらいいなとは思うけど」
「それじゃ努力しなさいね。寝癖ついてるような子じゃ、誰も振り返ってくれないわよ」
「え!? うそ!」
「うそ。それじゃ、行ってきまーす」
「っ……もぅ、お母さん!」
さっき洗面所で確認したはずなのに、と慌てたのがよほどおかしかったらしい。
けらけらと笑ったお母さんは、肩をすくめると玄関へ向かった。
もぅ、みんなで私をからかわなくてもいいのに。
おかしいなぁ。
私、別にそういうキャラじゃないはずなんだけど。
「……3年生かぁ」
ちょっぴり冷たいフレンチトーストを食べながら、カレンダーに目がいく。
今年で最後。
1年後の今日、私はどこで何をしているんだろう。
周りの子たちが進学するというのもあって、大学へ行こうとは思っている。
学部は教育学部。
でも理由は何かと言われると、小学5、6年生のときの担任の先生がすっごく面白い人で、楽しかったからというシンプルなものが理由。
私も、小学生と一緒に遊びたい。
って言ったら、違うって怒られちゃいそうだけど。
でも、大きな影響を受けたといえばそれで。
お父さんが高校の先生だからとか、お母さんが保育士さんだからとか、お兄ちゃんが中学の先生を目指してたからとか、理由を考えようとすればたくさんあるんだろうけれど、これ! というものは正直ないまま。
ただ、幸いなことに我が家には教育関係者が多くいる。
その点は、メリットもデメリットも聞くことができるって意味では、恵まれた環境なんだろうけれど。
そういえば、お兄ちゃんが先生をやめて司書さんになったのは、なんでなんだろう。
「………………」
中学生だった当時、まさかの教育実習でこられたときは、なんで私のクラスなのかと心底先生方を恨んだ。
あからさまに馬鹿にされた私は、かわいそうだと思う。
絵里は散々、『やー、孝之さんの授業受けられるだけじゃなくて、あの顔見てられるとかホント最高ね』って言ってたけど、私には試練というかある意味いじめでしかなかった。
「……ん?」
物音がしたと思ったら、階段を降りてくる音が聞こえ始めた。
話し声もするから、どうやらお兄ちゃんが降りてきたらしい。
えっと……あと、お兄ちゃんのお友達も。
「え?」
「お前、今起きたのか? だっせぇ」
「む。お兄ちゃんに言われたくない」
リビングを覗いたお兄ちゃんと目が合い、むっとして眉を寄せる。
ていうか、お兄ちゃんこそ普段私より遅いことだってあるじゃない。
……てまあ確かに、最近は私のほうがよっぽど遅いみたいだけど。
「お袋は?」
「お母さんなら、出かけたよ」
「あ、そ。多分、メシ食わねーから。伝えとけ」
「えーやだ。私も絵里と出かけちゃうもん。連絡しとけばいいでしょ?」
「ンだよ、使えねぇな。ならいい」
あからさまに舌打ちされ、もやもやした気持ちでいっぱいになる。
ーーけれど。
「お前、普段からそんな言葉遣いなのか?」
「あ? なんだよ。説教か? 俺に」
「説教じゃなくて、意見だろ? 年下の子相手に、そんなふうに言わなくてもいいのに」
「じゃあお前、紗那ちゃんにこーゆークチきかねーの?」
「…………」
「だろ?」
姿は見えないけれど、どうやら私を気遣ってくれたようなセリフが聞こえ、思わぬ展開にどきりとした。
きっと、あいさつされることはない。
でもーーうわわ、どうしよう。今覗かれたら、まだパジャマなんですけど!
うぅ、今日に限ってちゃんと着替えておくんだった。
慌てて手櫛で髪を直しーーたところで、玄関の開く音が聞こえた。
と同時に、『お邪魔しました』の声も。
「あ、はぁい」
なんと言っていいものか、間の抜けたセリフしか出せなかった。
うぅ。だって、『どういたしまして』も、『また来てくださいね』も、私が言うのはあってない気がするんだもん。
お母さんはしょっちゅう言ってるセリフだし、なんなら玄関まで姿を見せて、そこでひとことふたことおしゃべりをする。
でも、さすがにそんな関係じゃないし、どう言っていいのかわからなかった。
「…………」
接触と言っていいほどのものじゃない。
でも、すごくどきどきした。
……お兄ちゃんの友達、かぁ。
きっと同い年だろうから、6歳年上の男の人。
お兄ちゃんとは違う性格なんだろうけれど、イメージは湧かない。
「言い忘れた」
「わぁっ!?」
「……ンだよ」
「び、びっくりさせないでよ! 出かけたんじゃないの?」
ぬっとリビングを覗いたお兄ちゃんに、思わぬ声が出た。
心臓がばくばくして、すごく苦しい。
うぅ、なんて日なの。本当に。
でも、顔が赤くなっていたのはこれで誤魔化されたかもしれない。
「冷蔵庫に入ってるロールケーキ、勝手に食うなよ」
「ロールケーキ? え、食べていいの?」
「話聞いてたか? お前。食うなっつってんだろ」
「え、でもお母さんが『おいしかった』って言ってたよ」
「ッち、アイツ……!」
あからさまに嫌そうな顔をしたお兄ちゃんに肩をすくめ、とりあえずフレンチトーストを口へ運ぶ。
でも、口の中はロールケーキを歓迎していて、メープルシロップはちょっと違うかなと思った。
「あ? 今行くって!」
玄関へ顔を向けたお兄ちゃんは、それ以上なにかを言うことはなく、姿を消した。
鍵の閉まった音のあと、ほどなくしてエンジン音が聞こえてくる。
今度こそお出かけしたらしい。
でも、ロールケーキかぁ。ちょっぴりなら食べても怒られないかなぁ?
だって、お兄ちゃんが食べるとなると、ほんっっっっとうにくれないんだもん。
そりゃあ、お兄ちゃんのお友達がくれたものなんだから、権限はお兄ちゃんにあるのかもしれないけど。
「ちょっとだけーーって、わわっ! 遅刻!!」
立ち上がった拍子に壁時計が目に入り、絵里との約束まで30分を切ってるのに気づいた。
うわぁ怒られる!
待ち合わせは、近くのショッピングセンター。
絵里の家からは近いけれど、うちからはバス停まで歩いたあと、バスを待たなければならない。
って、今の時間バスあったよね?
何分だっけ……って、着替えるのが先!
「っ……!」
食べた食器を片付けて、慌てて階段へ向かう。
そのとき、一瞬だけお兄ちゃんとは違う香りがした気がして、ふいにどきりとした。
『彼氏の一人でもいればーー』
お母さんのセリフが蘇る。
そりゃあ、彼氏がいればきっと楽しいだろうなとも思うし、どきどきもするんだろうなとは思う。
でも、まだ自分にはいいかなって思うのも正直なところ。
彼氏ができたら、自分がどんなふうに変わるのかわからなくて、ちょっぴり怖い気もする。
でも、見てみたい気もする。
……今年、そんなチャンスができたらいいのになぁ。
階段の窓から空を見上げると、予想以上に青くて晴れやかな日だった。
Blinker time
2019.04.25
小話というより、もはや、職権乱用シリーズと言ったほうが適当な気がしてきた(笑)
命名者は、Dさま。
ありがたす……そして、勝手に拝借、失礼ー!
しかしまー、彼は思い通りにならないなぁ。
女の子からってのをシリーズの定番にしたかったんだけど、まとまりませんでした。
失敬!
「お前さー、もうちょっと髪伸びる前に来れないの?」
「来れないから、今日来たんだろ?」
「ったく。いくら俺の腕があるったって、男が伸びると全体的にもさっとすんだから、もーちょっと早く来いよ」
さらに続けてぶつくさ言っていたが、スルーで終了。
そもそも、一昨日電話したときは何も言ってなかったじゃないか。
しょうがないだろ? 俺だって忙しい。
ーーのもあるが、どちらかというと、面倒くさいのが正しい。
ちょくちょく美容院に来ることがでも、こうして自宅から実家方面まで車を走らせるのでもなく、単に、さほど興味がないゆえ。
俺が髪を切ろうと伸ばそうと、気にしてくれるやつなんて皆無。
というか、男が髪型を変えたところで、誰も反応しないだろう。
まあさすがに、月曜出勤したら同僚がゴリゴリのバリカンライン入れてたら言及するだろうけどな。
あとは、いっそスキンヘッドとか。
高校時代は、体育祭の色が決まった翌日その色に髪を染めた連中がぞろぞろいたが、さすがにやったことはない。
そういえば、当時からツルんでるヤツもそういうのはしなかったな。
馬鹿騒ぎが好きで、そっち系の連中としょっちゅういろんなことをしでかしてきたのに、乗らないときは乗らない。
根本的に、そういうところが真面目なんだと、そういえば知り合いも言ってたっけか。
……真面目なんて言葉、アイツからは相当縁遠いと思うけど。
「今日はお天気よくて、絶好のドライブ日和ですね」
鏡ごしに声をかけてきたのは、すっかり顔なじみになったスタッフの子。
車が好きということを知ってくれているので、目の前に置かれるのはほぼ車関係の雑誌。
……ああ、そういえばこの子がスタッフになったころから、ときどき雑誌読むようにはなったな。
置かれたうちの1冊に、先日発表された往年スポーツカーの後継機のコンセプトカーが写っており、つい手が伸びた。
「あー、確かにそうだね。ここに来るまでも空いてたし、海沿いは気持ちよかったよ」
「わぁ、いいなぁー! 晴れた日の海沿いドライブなんて、すてきですね」
「じゃあ今度乗ってみる?」
「っ……え」
だからつい、からかいたくなるんだけど。
普段の雑談でも思っていたけど、ころころ表情を変えるところが見ていて楽しい。
目を丸くしたのがわかり、だからこそ何も言わず見つめてみる。
困ってるのはわかるんだけど、どちらかというと『なんて答えればいいんだろう』みたいな顔。
肩より少し下の髪が揺れ、サイドが頰にかかる。
そういう顔すると、俺みたいなのがーー。
「はい終了ー。お前何しにきたの? うちは出会い系じゃないからダメです」
「ただの世間話だろ? そんな、保護者みたいな顔しなくても」
「保護者だし。うちのスタッフだし。お前にはまだ早いし!」
「なんだそれ」
彼は普段、もっとも空いている時間帯を指定してくる。
それがこの、日曜の12時。
もちろん週によって混み具合は違うらしいが、自分が普段くるのは大抵この時間帯。
前回来たときも、客はもちろんスタッフの姿も少なかったが、今日はさらにそうだな。
観葉植物で隔たれている窓際の列には、俺ともうひとりしか座っていない。
「コイツ、すぐこーやって声かけるから。ダメだよ? ついてっちゃ」
「あはは」
「失礼だぞ。誰かれ構わず声かけてるわけじゃない」
「もーいーからお前は黙っとけ!」
苦笑しながら彼女が下がり、かわいげの一切ない彼がハサミを手にする。
いつも思うが、カットに迷いがないのはすごいなと思う反面、ひょっとしていい加減にカットしてるんじゃないかという思いもある。
まあ別にいいんだけど。
短くなって、しばらく持つならそれがベスト。
時間もものすごく早いし、楽でいい。
「で? 今日も短くなりゃいいんだろ?」
「切り始めてから聞くなよ」
「それもそーか」
シャキシャキと響く音を止めずに言われ、思わず小さく噴き出した。
「お湯、熱くないですか?」
「大丈夫」
時計を見ていなかったが、15分かかったか、かかってないかじゃないか。ひょっとして。
そんな、ものすごく早いカットを終えた彼は、時間より少し早く来たらしい次の客へと移っていった。
席を移り、シャンプー台へ。
そういえば、いつのころからか髪を洗ってくれるのは彼女が担当になっていた。
別に指名したわけでもなければ、彼が告げたわけでもない。
……いや、そういえば途中から彼が言ったんだっけか。
『そいつ練習台と思って洗ってみな』って。
「かゆいところはないですか?」
「うん。それも平気」
シャンプー台で、大抵聞かれるセオリーの言葉。
別に気になる場所もなければ温度も問題ないから、通り一遍の返事しかしないが、実際、違う言葉を言う人間はどれくらいいるのか。
パーセンテージで表したら、そこそこ面白い統計が取れるんじゃないか。
などと、余計なことは思いつくが、もちろん口にはしない。
そんなこと言ったが最後、『じゃあうちの息子の自由研究にするから手伝え』と言われそうだしな。
「ドライブはよく行きます?」
「え? いや、どうかな。どっちかっていうと、休みは家でダラダラしてるほうが多いよ」
「そうなんですか? てっきり、お出かけされることが多いんだと思ってました」
「あんまり、自分から好んで外出するほうじゃないかな。誰かに誘われて、仕方なく出かけることのほうがあるかも」
目元には薄いガーゼがかけられているため、自然と目を閉じたままの会話。
それでも、彼女の声のトーンから表情が想像できる。
「ただ、車が好きなヤツが周りに多いから、遠出ってなると本当に遠くまで行くこともあるね。先月は、新潟まで行ったよ」
「え! 新潟ですか?」
「うん。といっても、群馬との県境程度だから、3時間かからないかな」
関越はいつも混む。
それでも、早朝だったのと普通の土曜日だったためか、交通量は『いつも』よりかは少なかったんだろう。
赤城SAに売ってる菓子がどうしても食べたいと言い出したヤツが、買ってすぐ食したのには呆れた。
そういや、食べる前にしっかり写真撮ってSNSに上げてたな。
そういうところは、マメだと思う。
「この時期、何か有名なんですか?」
「さあ……これといって目的があったわけじゃないからね。結局その日も、帰りは途中まで山道ルートだったし」
単純に、車を運転するのが楽しい。
好きな曲をかけて、好き勝手に乗るのがいい。
ああ、そういう意味では趣味がドライブと言って間違いないのかもしれない。
「乗れてたら、きっと楽しいだろうなぁって……」
「ん?」
きゅ、とシャワーの音がやんだせいか、ぽつりとした台詞が耳に届く
普段とは違う、尻切れの言葉。
「っあ……!」
思わずガーゼを外すと、予想以上の近さで彼女が目を丸くした。
「車に?」
「ぅ……あの……えっとですね」
「うん」
タオルを両手で握りながら、彼女が視線を逸らす。
そういう表情だったのか。
ほんのりと頰が染まって見えるのは、気のせいかはたまた俺の心持ちか。
「……えっと……ドライブ、行ってみたいなぁって」
「どこに?」
「え!? そうですね……うーん……目的のない、ドライブメインはだめですか?」
ああやっぱり、表情がころころ変わるのは見てて楽しい。
懸命にあれこれ考えてるのがわかるから、好感が持てる。
悪くない対応だと思うけど、でも残念。
できることなら、逆じゃなくてたとえ鏡ごしでも正面から見たかった。
「ひょっとして、誘ってくれてる?」
「う……すみません、車も持ってないのに」
「なるほど。じゃあ、俺の車で行こうか」
「え! ホントにですか?」
「冗談だった?」
「えぇ!? そんなこっ……! そ、んなことないです」
きゅう、と両手でタオルを握った彼女が、慌てたように首を振った。
さらりと髪が流れ、つい視線が引っ張られる。
そのうち言ってみるかと思ってたのに、まさかそっちから言ってくれるとはね。
思わぬ計算違い。
だが、だからこそお陰でいろいろなものが省かれた。
「じゃあ、席に戻ったらまず連絡先教えて」
ある意味、セオリー通りのセリフを口にすると、笑った彼女は『こちらこそお願いします』と丁寧な返事をくれた。
命名者は、Dさま。
ありがたす……そして、勝手に拝借、失礼ー!
しかしまー、彼は思い通りにならないなぁ。
女の子からってのをシリーズの定番にしたかったんだけど、まとまりませんでした。
失敬!
「お前さー、もうちょっと髪伸びる前に来れないの?」
「来れないから、今日来たんだろ?」
「ったく。いくら俺の腕があるったって、男が伸びると全体的にもさっとすんだから、もーちょっと早く来いよ」
さらに続けてぶつくさ言っていたが、スルーで終了。
そもそも、一昨日電話したときは何も言ってなかったじゃないか。
しょうがないだろ? 俺だって忙しい。
ーーのもあるが、どちらかというと、面倒くさいのが正しい。
ちょくちょく美容院に来ることがでも、こうして自宅から実家方面まで車を走らせるのでもなく、単に、さほど興味がないゆえ。
俺が髪を切ろうと伸ばそうと、気にしてくれるやつなんて皆無。
というか、男が髪型を変えたところで、誰も反応しないだろう。
まあさすがに、月曜出勤したら同僚がゴリゴリのバリカンライン入れてたら言及するだろうけどな。
あとは、いっそスキンヘッドとか。
高校時代は、体育祭の色が決まった翌日その色に髪を染めた連中がぞろぞろいたが、さすがにやったことはない。
そういえば、当時からツルんでるヤツもそういうのはしなかったな。
馬鹿騒ぎが好きで、そっち系の連中としょっちゅういろんなことをしでかしてきたのに、乗らないときは乗らない。
根本的に、そういうところが真面目なんだと、そういえば知り合いも言ってたっけか。
……真面目なんて言葉、アイツからは相当縁遠いと思うけど。
「今日はお天気よくて、絶好のドライブ日和ですね」
鏡ごしに声をかけてきたのは、すっかり顔なじみになったスタッフの子。
車が好きということを知ってくれているので、目の前に置かれるのはほぼ車関係の雑誌。
……ああ、そういえばこの子がスタッフになったころから、ときどき雑誌読むようにはなったな。
置かれたうちの1冊に、先日発表された往年スポーツカーの後継機のコンセプトカーが写っており、つい手が伸びた。
「あー、確かにそうだね。ここに来るまでも空いてたし、海沿いは気持ちよかったよ」
「わぁ、いいなぁー! 晴れた日の海沿いドライブなんて、すてきですね」
「じゃあ今度乗ってみる?」
「っ……え」
だからつい、からかいたくなるんだけど。
普段の雑談でも思っていたけど、ころころ表情を変えるところが見ていて楽しい。
目を丸くしたのがわかり、だからこそ何も言わず見つめてみる。
困ってるのはわかるんだけど、どちらかというと『なんて答えればいいんだろう』みたいな顔。
肩より少し下の髪が揺れ、サイドが頰にかかる。
そういう顔すると、俺みたいなのがーー。
「はい終了ー。お前何しにきたの? うちは出会い系じゃないからダメです」
「ただの世間話だろ? そんな、保護者みたいな顔しなくても」
「保護者だし。うちのスタッフだし。お前にはまだ早いし!」
「なんだそれ」
彼は普段、もっとも空いている時間帯を指定してくる。
それがこの、日曜の12時。
もちろん週によって混み具合は違うらしいが、自分が普段くるのは大抵この時間帯。
前回来たときも、客はもちろんスタッフの姿も少なかったが、今日はさらにそうだな。
観葉植物で隔たれている窓際の列には、俺ともうひとりしか座っていない。
「コイツ、すぐこーやって声かけるから。ダメだよ? ついてっちゃ」
「あはは」
「失礼だぞ。誰かれ構わず声かけてるわけじゃない」
「もーいーからお前は黙っとけ!」
苦笑しながら彼女が下がり、かわいげの一切ない彼がハサミを手にする。
いつも思うが、カットに迷いがないのはすごいなと思う反面、ひょっとしていい加減にカットしてるんじゃないかという思いもある。
まあ別にいいんだけど。
短くなって、しばらく持つならそれがベスト。
時間もものすごく早いし、楽でいい。
「で? 今日も短くなりゃいいんだろ?」
「切り始めてから聞くなよ」
「それもそーか」
シャキシャキと響く音を止めずに言われ、思わず小さく噴き出した。
「お湯、熱くないですか?」
「大丈夫」
時計を見ていなかったが、15分かかったか、かかってないかじゃないか。ひょっとして。
そんな、ものすごく早いカットを終えた彼は、時間より少し早く来たらしい次の客へと移っていった。
席を移り、シャンプー台へ。
そういえば、いつのころからか髪を洗ってくれるのは彼女が担当になっていた。
別に指名したわけでもなければ、彼が告げたわけでもない。
……いや、そういえば途中から彼が言ったんだっけか。
『そいつ練習台と思って洗ってみな』って。
「かゆいところはないですか?」
「うん。それも平気」
シャンプー台で、大抵聞かれるセオリーの言葉。
別に気になる場所もなければ温度も問題ないから、通り一遍の返事しかしないが、実際、違う言葉を言う人間はどれくらいいるのか。
パーセンテージで表したら、そこそこ面白い統計が取れるんじゃないか。
などと、余計なことは思いつくが、もちろん口にはしない。
そんなこと言ったが最後、『じゃあうちの息子の自由研究にするから手伝え』と言われそうだしな。
「ドライブはよく行きます?」
「え? いや、どうかな。どっちかっていうと、休みは家でダラダラしてるほうが多いよ」
「そうなんですか? てっきり、お出かけされることが多いんだと思ってました」
「あんまり、自分から好んで外出するほうじゃないかな。誰かに誘われて、仕方なく出かけることのほうがあるかも」
目元には薄いガーゼがかけられているため、自然と目を閉じたままの会話。
それでも、彼女の声のトーンから表情が想像できる。
「ただ、車が好きなヤツが周りに多いから、遠出ってなると本当に遠くまで行くこともあるね。先月は、新潟まで行ったよ」
「え! 新潟ですか?」
「うん。といっても、群馬との県境程度だから、3時間かからないかな」
関越はいつも混む。
それでも、早朝だったのと普通の土曜日だったためか、交通量は『いつも』よりかは少なかったんだろう。
赤城SAに売ってる菓子がどうしても食べたいと言い出したヤツが、買ってすぐ食したのには呆れた。
そういや、食べる前にしっかり写真撮ってSNSに上げてたな。
そういうところは、マメだと思う。
「この時期、何か有名なんですか?」
「さあ……これといって目的があったわけじゃないからね。結局その日も、帰りは途中まで山道ルートだったし」
単純に、車を運転するのが楽しい。
好きな曲をかけて、好き勝手に乗るのがいい。
ああ、そういう意味では趣味がドライブと言って間違いないのかもしれない。
「乗れてたら、きっと楽しいだろうなぁって……」
「ん?」
きゅ、とシャワーの音がやんだせいか、ぽつりとした台詞が耳に届く
普段とは違う、尻切れの言葉。
「っあ……!」
思わずガーゼを外すと、予想以上の近さで彼女が目を丸くした。
「車に?」
「ぅ……あの……えっとですね」
「うん」
タオルを両手で握りながら、彼女が視線を逸らす。
そういう表情だったのか。
ほんのりと頰が染まって見えるのは、気のせいかはたまた俺の心持ちか。
「……えっと……ドライブ、行ってみたいなぁって」
「どこに?」
「え!? そうですね……うーん……目的のない、ドライブメインはだめですか?」
ああやっぱり、表情がころころ変わるのは見てて楽しい。
懸命にあれこれ考えてるのがわかるから、好感が持てる。
悪くない対応だと思うけど、でも残念。
できることなら、逆じゃなくてたとえ鏡ごしでも正面から見たかった。
「ひょっとして、誘ってくれてる?」
「う……すみません、車も持ってないのに」
「なるほど。じゃあ、俺の車で行こうか」
「え! ホントにですか?」
「冗談だった?」
「えぇ!? そんなこっ……! そ、んなことないです」
きゅう、と両手でタオルを握った彼女が、慌てたように首を振った。
さらりと髪が流れ、つい視線が引っ張られる。
そのうち言ってみるかと思ってたのに、まさかそっちから言ってくれるとはね。
思わぬ計算違い。
だが、だからこそお陰でいろいろなものが省かれた。
「じゃあ、席に戻ったらまず連絡先教えて」
ある意味、セオリー通りのセリフを口にすると、笑った彼女は『こちらこそお願いします』と丁寧な返事をくれた。
Take a guess
2019.04.21
んあーお昼休み。おいしいご飯食べて午後も仕事。
花といえばこの人。
というわけで、いつでもお使いにパシられるにーさん編。
「探しものですか?」
「あー、どんぴしゃ。明日、退職される先生がいるってんで、買ってこいと。でも、注文がイマイチなんだよ。2000円程度で、豪華になりすぎず、かといってショボくないやつ。ある?」
「ふふ。大変ですね」
「ま、いつものことだけど」
つっても、この花屋にくるのは年に何度もどころか先月も2回ほどきていることもあってか、スタッフの彼女とはほぼ顔なじみ。
初対面は半年前。
スーツ姿で、腕組んだまま花を眺めること10分なんて客、ほかにいねーってのもあってか、一度で記憶された。
花を選んでこいって時点で、そもそも間違ってるってことに上司は気づいてないんだろうな。
俺だって別に手が空いてるわけでもなければ、暇なわけでもない。
つーか、ほかの人間にも仕事振れっつーの。
これだから、毎年若手が入ってこない職場はツライ。
「今月退職なんですか?」
「4月なのに、って?まあ思うよな。実際は3月末で退職だったらしいけど、後任が見つからなくて4月にずれ込んだってのが正解。ホントなら、とっくに海外旅行に行ってたらしいぜ」
俺よりも年下なのは、見てわかる。
そのせいか、つい口調が砕けるんだが、彼女は気にもしない様子で手近にある何種類かの花を選んでは手に取った。
「っち……ンだよ」
着信音でスマフォを取ると、表示されているのは仕事中であろうアイツ。
私用電話がバレて困ればいいとは思うが、俺がいないとわかって電話してきてるとすると、そこそこ困ってるってやつか。
「お前な、困ってから俺に電話してくんなよ」
舌打ちとともに告げると、案の定4限目に使いたい書籍がないだのなんだのというセリフ。
言っとくけど、俺は職場の付属物じゃねぇっつーの。
いつでもそこにいる、と思うな。
つか、使う予定があンなら、暇な朝イチ来いよ。
「は? あー、無理。今俺、外だし。あ? ンなすぐ帰んねーっつの。ちが、馬鹿か! 誰がサボりだ! 聞いてみろよじゃあ、館長に! 俺がなんでソコにいねーのか!」
とんでもないセリフを告げられ、公衆ということも忘れてうっかりデカい声で素がでた。
ばっちり彼女と目が合い、乾いた笑いでごまかしつつ背中を向ける。
いや、別にどう思われよーと関係はねーけど。
ただ少なくとも今後多少は絡みのある相手だけに、社会人として一定レベルの対応は必要だよなと思い直しただけ。
「……ったく」
早く帰ってこいって、ンなこと俺だってわかってるっつの。
つか、帰ってきてくださいお願いしますだろ、そこは。
「人気者ですね」
「俺? あー、まあね。そーしといて」
くすくす笑った彼女が、いつの間にか小さなブーケを手にしていた。
かすみ草とピンクのバラは、まだわかる。
が、水色と紫の小ぶりの花の名前までは、さすがに出てこない。
「いかがですか?」
「相変わらず、センスいいよな。花の名前はさっぱりだけど、色の組み合わせなら俺もわかる」
手渡された瞬間、ふわりと甘い香りがした。
おそらくは花束。
だが、風が吹いて長い髪が揺れたこともあり、正直どちらかとは断言できない。
「それと、これは私から」
「え?」
紙袋へ入れてくれたブーケとは別に、2本のチューリップを差し出された。
ピンクと赤のチューリップ。
透明のフィルムに包まれていて、これだけでも十分プレゼント仕様だ。
「俺に?」
「よかったら、受け取ってください」
にっこり微笑まれ、一瞬手を伸ばすのが遅れた。
受け取るって言葉に、他意はないだろう。
が、これまで皆無だった展開に、頭がついてけなかったのもあったかもしれない。
「ガラじゃねーけど」
「ふふ。プレゼントですから」
「へぇ。じゃあもらっとく」
受け取る際、指先だけ触れた。
知ってか知らずか彼女はにこりと笑い、『ありがとうございます』と口にした。
代金を支払い、いつもと同じような挨拶をしながら車へ戻る。
助手席には、御使い物のブーケと、個人的な頂き物となったチューリップ。
花……つか、家に花瓶とかあんのかな。
なんの気なしに受け取ったものの、直後に何を返そうかと考えるあたり、マメだなとは思う。
とはいえ、仕事柄渡せるものなぞ皆無。
だからこそ、好きそうだろうと仮定した近所の洋菓子店が思い浮かんだ。
ーーが、それは束の間。
御使い物を上司へ渡したあと、持っていたチューリップの出所を聞いてきた同僚のセリフで、選択肢の幅がぐっと狭まる。
「そのチューリップの花言葉、知ってますか?」
赤とピンクのチューリップ。
季節柄だろと思ったものの、事実はとんでもなく奇なものらしく、結局仕事中ではないときに足を運ぶハメになった。
花といえばこの人。
というわけで、いつでもお使いにパシられるにーさん編。
「探しものですか?」
「あー、どんぴしゃ。明日、退職される先生がいるってんで、買ってこいと。でも、注文がイマイチなんだよ。2000円程度で、豪華になりすぎず、かといってショボくないやつ。ある?」
「ふふ。大変ですね」
「ま、いつものことだけど」
つっても、この花屋にくるのは年に何度もどころか先月も2回ほどきていることもあってか、スタッフの彼女とはほぼ顔なじみ。
初対面は半年前。
スーツ姿で、腕組んだまま花を眺めること10分なんて客、ほかにいねーってのもあってか、一度で記憶された。
花を選んでこいって時点で、そもそも間違ってるってことに上司は気づいてないんだろうな。
俺だって別に手が空いてるわけでもなければ、暇なわけでもない。
つーか、ほかの人間にも仕事振れっつーの。
これだから、毎年若手が入ってこない職場はツライ。
「今月退職なんですか?」
「4月なのに、って?まあ思うよな。実際は3月末で退職だったらしいけど、後任が見つからなくて4月にずれ込んだってのが正解。ホントなら、とっくに海外旅行に行ってたらしいぜ」
俺よりも年下なのは、見てわかる。
そのせいか、つい口調が砕けるんだが、彼女は気にもしない様子で手近にある何種類かの花を選んでは手に取った。
「っち……ンだよ」
着信音でスマフォを取ると、表示されているのは仕事中であろうアイツ。
私用電話がバレて困ればいいとは思うが、俺がいないとわかって電話してきてるとすると、そこそこ困ってるってやつか。
「お前な、困ってから俺に電話してくんなよ」
舌打ちとともに告げると、案の定4限目に使いたい書籍がないだのなんだのというセリフ。
言っとくけど、俺は職場の付属物じゃねぇっつーの。
いつでもそこにいる、と思うな。
つか、使う予定があンなら、暇な朝イチ来いよ。
「は? あー、無理。今俺、外だし。あ? ンなすぐ帰んねーっつの。ちが、馬鹿か! 誰がサボりだ! 聞いてみろよじゃあ、館長に! 俺がなんでソコにいねーのか!」
とんでもないセリフを告げられ、公衆ということも忘れてうっかりデカい声で素がでた。
ばっちり彼女と目が合い、乾いた笑いでごまかしつつ背中を向ける。
いや、別にどう思われよーと関係はねーけど。
ただ少なくとも今後多少は絡みのある相手だけに、社会人として一定レベルの対応は必要だよなと思い直しただけ。
「……ったく」
早く帰ってこいって、ンなこと俺だってわかってるっつの。
つか、帰ってきてくださいお願いしますだろ、そこは。
「人気者ですね」
「俺? あー、まあね。そーしといて」
くすくす笑った彼女が、いつの間にか小さなブーケを手にしていた。
かすみ草とピンクのバラは、まだわかる。
が、水色と紫の小ぶりの花の名前までは、さすがに出てこない。
「いかがですか?」
「相変わらず、センスいいよな。花の名前はさっぱりだけど、色の組み合わせなら俺もわかる」
手渡された瞬間、ふわりと甘い香りがした。
おそらくは花束。
だが、風が吹いて長い髪が揺れたこともあり、正直どちらかとは断言できない。
「それと、これは私から」
「え?」
紙袋へ入れてくれたブーケとは別に、2本のチューリップを差し出された。
ピンクと赤のチューリップ。
透明のフィルムに包まれていて、これだけでも十分プレゼント仕様だ。
「俺に?」
「よかったら、受け取ってください」
にっこり微笑まれ、一瞬手を伸ばすのが遅れた。
受け取るって言葉に、他意はないだろう。
が、これまで皆無だった展開に、頭がついてけなかったのもあったかもしれない。
「ガラじゃねーけど」
「ふふ。プレゼントですから」
「へぇ。じゃあもらっとく」
受け取る際、指先だけ触れた。
知ってか知らずか彼女はにこりと笑い、『ありがとうございます』と口にした。
代金を支払い、いつもと同じような挨拶をしながら車へ戻る。
助手席には、御使い物のブーケと、個人的な頂き物となったチューリップ。
花……つか、家に花瓶とかあんのかな。
なんの気なしに受け取ったものの、直後に何を返そうかと考えるあたり、マメだなとは思う。
とはいえ、仕事柄渡せるものなぞ皆無。
だからこそ、好きそうだろうと仮定した近所の洋菓子店が思い浮かんだ。
ーーが、それは束の間。
御使い物を上司へ渡したあと、持っていたチューリップの出所を聞いてきた同僚のセリフで、選択肢の幅がぐっと狭まる。
「そのチューリップの花言葉、知ってますか?」
赤とピンクのチューリップ。
季節柄だろと思ったものの、事実はとんでもなく奇なものらしく、結局仕事中ではないときに足を運ぶハメになった。
Morning coffee in the car
2019.04.19
折りたためるかの実践と、小話。置いておきまーす。
今朝の仕事前に、ふと思いついたネタ。
出てくるのは、里逸×穂澄。
「おはようございます。今日は暖かいですね」
「え? ああ、確かに」
いつもと同じ店、いつもと同じ店員。
ほぼ顔なじみともなったためか、レジ前に立った瞬間、彼女はにっこりと笑った。
いつ以来かは覚えていないが、出勤途中にあるこの店に寄るのはほぼ同じ時間。
平日の朝とあって人もまばらだが、店内で飲んで過ごすことはなく、テイクアウトですぐに出てしまうため、俺には関係ない場所か。
「季節のイチゴメニューもあるんですけれど……いつものでよろしいですか?」
「ええ、それで」
キャラメルマキアートの、クリーム少なめ、ショット追加。
そういえば、イチゴやらチョコレートやらは出るが、キャラメルはあまり出ないな。
季節には出てこないシロモノだからか、少しだけ残念ではある。
何年か前、一度だけキャラメルの季節コーヒーが出たが、そういえばあの時は飲んだな。
ホットもアイスも、なかなか美味かったのは覚えている。
「えっと、お名前うかがってもよろしいですか?」
「名前?」
「はい。間違えちゃうといけないので、ここに記載させてください」
にっこり笑った彼女は、俺がここに立つと大抵応対してくれるスタッフ。
おそらくかなり年下で、自分とは違うキラキラした世界を生きていそうな印象を初対面の時から受けている。
普段、街ですれ違う程度の関係なら、まず言葉を交わすこともなければ関係さえ持たないであろう相手。
大きな瞳でまっすぐ見つめられ、惜しげもなく笑顔を向けてくるあたり、接客という職業柄のものはあるのだろうが、それ以上に彼女自身の持っているものの影響が大きいように感じる。
「里逸です。読めるかな」
幼い頃から、名前を正確に呼んでもらったことはない。
苗字とて同じ。
どちらかが難解なら、もう一方は読みやすいものにしてもらいたいものだが、親の過度の期待か何かはわからないが、ここまで生きてきた。
大人になってからは、名前を覚えてもらいやすいという利点はあるが、おそらく子どもには付けないだろうな。
……と、こんな自分が結婚し家族を持つことなど遠いどころかありえないかもしれないが。
「里逸さん!すてきなお名前ですね」
カップとペンを手にした彼女が、まさに表情を輝かせた。
そんな笑顔をむけられたら、きっとどんな人間でも印象はよくなるもの。
思わず目を丸くすると、「ごめんなさい、嬉しくて」と意味深なセリフを言われ、何も言えなかった。
「ご用意しますね。あちらでお待ちください」
にっこり笑った彼女に曖昧な返事しかできず、普段と同じはずなのに違う気がしたまま移動する。
苦手なのはあるだろう。
幼い頃から、敬遠されることはあっても歓迎されることは少なかった。
性格であり、感情表現の乏しさであり、言い方や態度であり……といろいろ指摘されればうなずけるものばかり。
幼馴染は俺とまったく違い、今の彼女に似ている万人を受け入れるような人間なので、いつも言われたものだ。
『お前もう少し笑えば?』と。
「おまたせしました」
にっこり笑った彼女が、コーヒーを俺へ差し出した。
光沢のある、春らしい色味の爪に目が行き、さすがだなとある意味感心する。
「里逸さん、いってらっしゃい」
「っ……どうも」
まさか名前を呼ばれるなど思わず、喉が鳴る。
きっと、ヤツならそこで『名前は?』と聞くんだろうが、受け取って逃げるようにドアへ向かってしまった自分には、できないこと。
……なんだったんだ、今日のは。
これまでも何度となく訪れた店ながらも、同じようなことは一度もなかった。
応対してくれた彼女の笑顔がやけに目につき、車に戻った今も、なんとなく落ち着かなかった。
「ッ……な……!」
ドリンクホルダーへコーヒーを載せてすぐ、ありえないものに目が丸くなった。
『ご連絡お待ちしてます 穂澄』
はっきりと書かれている文字の下には、090で始まる携帯電話の番号。
名前といい番号といい、思い切り個人情報が記載されたカップを凝視したまま、喉が鳴った。
どう、いうことなのか。
何が起きているのか。
そしてーー意図は?
情けなくも早まった鼓動は、そう簡単に落ち着きそうにはなかった。
今朝の仕事前に、ふと思いついたネタ。
出てくるのは、里逸×穂澄。
「おはようございます。今日は暖かいですね」
「え? ああ、確かに」
いつもと同じ店、いつもと同じ店員。
ほぼ顔なじみともなったためか、レジ前に立った瞬間、彼女はにっこりと笑った。
いつ以来かは覚えていないが、出勤途中にあるこの店に寄るのはほぼ同じ時間。
平日の朝とあって人もまばらだが、店内で飲んで過ごすことはなく、テイクアウトですぐに出てしまうため、俺には関係ない場所か。
「季節のイチゴメニューもあるんですけれど……いつものでよろしいですか?」
「ええ、それで」
キャラメルマキアートの、クリーム少なめ、ショット追加。
そういえば、イチゴやらチョコレートやらは出るが、キャラメルはあまり出ないな。
季節には出てこないシロモノだからか、少しだけ残念ではある。
何年か前、一度だけキャラメルの季節コーヒーが出たが、そういえばあの時は飲んだな。
ホットもアイスも、なかなか美味かったのは覚えている。
「えっと、お名前うかがってもよろしいですか?」
「名前?」
「はい。間違えちゃうといけないので、ここに記載させてください」
にっこり笑った彼女は、俺がここに立つと大抵応対してくれるスタッフ。
おそらくかなり年下で、自分とは違うキラキラした世界を生きていそうな印象を初対面の時から受けている。
普段、街ですれ違う程度の関係なら、まず言葉を交わすこともなければ関係さえ持たないであろう相手。
大きな瞳でまっすぐ見つめられ、惜しげもなく笑顔を向けてくるあたり、接客という職業柄のものはあるのだろうが、それ以上に彼女自身の持っているものの影響が大きいように感じる。
「里逸です。読めるかな」
幼い頃から、名前を正確に呼んでもらったことはない。
苗字とて同じ。
どちらかが難解なら、もう一方は読みやすいものにしてもらいたいものだが、親の過度の期待か何かはわからないが、ここまで生きてきた。
大人になってからは、名前を覚えてもらいやすいという利点はあるが、おそらく子どもには付けないだろうな。
……と、こんな自分が結婚し家族を持つことなど遠いどころかありえないかもしれないが。
「里逸さん!すてきなお名前ですね」
カップとペンを手にした彼女が、まさに表情を輝かせた。
そんな笑顔をむけられたら、きっとどんな人間でも印象はよくなるもの。
思わず目を丸くすると、「ごめんなさい、嬉しくて」と意味深なセリフを言われ、何も言えなかった。
「ご用意しますね。あちらでお待ちください」
にっこり笑った彼女に曖昧な返事しかできず、普段と同じはずなのに違う気がしたまま移動する。
苦手なのはあるだろう。
幼い頃から、敬遠されることはあっても歓迎されることは少なかった。
性格であり、感情表現の乏しさであり、言い方や態度であり……といろいろ指摘されればうなずけるものばかり。
幼馴染は俺とまったく違い、今の彼女に似ている万人を受け入れるような人間なので、いつも言われたものだ。
『お前もう少し笑えば?』と。
「おまたせしました」
にっこり笑った彼女が、コーヒーを俺へ差し出した。
光沢のある、春らしい色味の爪に目が行き、さすがだなとある意味感心する。
「里逸さん、いってらっしゃい」
「っ……どうも」
まさか名前を呼ばれるなど思わず、喉が鳴る。
きっと、ヤツならそこで『名前は?』と聞くんだろうが、受け取って逃げるようにドアへ向かってしまった自分には、できないこと。
……なんだったんだ、今日のは。
これまでも何度となく訪れた店ながらも、同じようなことは一度もなかった。
応対してくれた彼女の笑顔がやけに目につき、車に戻った今も、なんとなく落ち着かなかった。
「ッ……な……!」
ドリンクホルダーへコーヒーを載せてすぐ、ありえないものに目が丸くなった。
『ご連絡お待ちしてます 穂澄』
はっきりと書かれている文字の下には、090で始まる携帯電話の番号。
名前といい番号といい、思い切り個人情報が記載されたカップを凝視したまま、喉が鳴った。
どう、いうことなのか。
何が起きているのか。
そしてーー意図は?
情けなくも早まった鼓動は、そう簡単に落ち着きそうにはなかった。
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